TOPに戻る
Check ツイート
佐藤栄佐久の冤罪事件まとめ Part2
※「佐藤栄佐久の冤罪事件まとめ Part1」からの続きです。まずはPart1からお読み下さい。

「佐藤栄佐久の冤罪事件まとめ Part1」


◇佐藤栄佐久が国と戦えた理由
そもそも佐藤栄佐久はなぜ、原発をめぐって国を相手に存分に戦う事が出来たのか。
栄佐久知事の出自を振り返ると、特定の政党や企業の支援に依存する事なく知事に当選したため、そういった組織からの束縛や圧力を受けにくかった事も少なからず強みとなっていたようだ。

'80年頃から栄佐久氏は、有力議員の支援を受ける事もなく、これといった資金力も持たない中、ほとんど選挙の素人と言っていい青年会議所の有志らと共に、選挙のノウハウを手探りで一から構築していった。
県内4000の集落を数年かけて自ら訪ね歩き、農村や山間部の有力者と交流を育み、時には農業について学び、時にはチェーンソーを手にして林業を体験し、県民たちの生活の実情を把握していった。
こうした姿勢や地元愛の強さが人々の共感を呼び、徐々に多くの支持者を集め、いつしか強力な後援会組織が形成されていく。

その後、栄佐久氏は自民党参議院議員を一期経験し、'88年には自民党員として福島県知事選挙に初出馬する。
この時の知事選には、同じ自民党から建設省出身の広瀬利雄も出馬しており、自民党員同士が争う異例の事態となっていた。
当時の日本の政界は、悪名高い金丸信副総裁を中心とした自民党主流派「経世会」が権勢を欲しいままにしていた。

経世会は利己的な都合で地方の政治にまで介入し、福島県知事選の候補に役人出身の広瀬利雄を担ぎ出し、他の候補者の出馬を妨害するなど、その圧政ぶりは横暴を極めていた。

こうした中央の身勝手さに憤りを感じ、党の主流派に反旗を翻す形で立候補したのが佐藤栄佐久だった。
栄佐久氏は当時の幹事長である安倍晋太郎に、「知事は県民が選ぶものです。もう、福島県のことは、福島に返してください」と啖呵を切ったという。
対立候補の広瀬利雄が県内の有力議員や建設業界のバックアップを一身に受けていたのに対し、佐藤栄佐久は看板も地盤も資金力も持たなかったが、県民の支持や後援会の支援によって広瀬候補に圧勝し、県知事に初当選した。


こうした経緯もあって栄佐久知事は、従来のような中央の顔色を伺わねばならない県政から脱却し、政治と企業の癒着や金権政治を堂々と批判する事もできたし、普段から自分はもちろん、周囲の職員たちにも金品の授受を厳しく戒めてきた。


◇原発に抗った知事の末路
栄佐久氏は'06年10月23日に不可解な収賄容疑で逮捕され、東京拘置所で連日に渡り、いつ終わるとも知れない取り調べを受ける事になった。
そして既に栄佐久氏が逮捕される前から、栄佐久氏の親族や数百人にのぼる支持者たちも軒並み東京地検に呼び出され、過酷な取り調べを受けている。その結果、前述したように入院者や自殺者も相次ぐようになっていた。
栄佐久氏は、長年に渡って自分を支え続け、深い信頼で通じ合ってきた多くの支持者たちが、このような迫害を受け続ける事に心を痛めるようになる。

東京地検は、平気で人を死に追いやる殺戮集団とも言える。実際に自殺者が出ても検察側は何ら反省するわけでもなく、むしろこれ幸いとばかりに、栄佐久氏を追い詰めるための材料にするというのだ。
例えば栄佐久氏と親しい三東スーツ総務部長の杉山造二氏が自殺未遂した事について、栄佐久氏の取り調べを担当した山上秀明検事は、したり顔で得意気にこう言い放ったという。
「杉山が自殺したという情報がインターネットで出ている。郡山に帰れなくなるよ」
さらに別な日の取り調べでは、山上検事はこうも言っている。
「早く認めないと、祐二や、まわりの親しい人たちが大変だ」
つまり東京地検は栄佐久氏の関係者たちを人質に取り、意図的に自殺や瀕死に追い込んだ上で、栄佐久氏に「自白しなければ、もっと多くの関係者を殺すぞ」と暗に脅しをかけているわけである。

また、「早く自白しないともっと罪を重くするぞ」といった恫喝は、他の関係者たち同様、栄佐久氏に対しても行われたようだ。山上検事はこのように不安を煽ったという。
「今は罪状が単純収賄だけど、否認していると受託収賄になるかもしれないよ」

そして取り調べ中には栄佐久氏を追い詰めるため、東京地検とマスコミとの連携が図られる事もあった。
東京地検は土木部長の坂本から得た偽りの供述を新聞社にリーク。読売新聞は一面トップの大見出しで、知事が坂本に前田建設への発注を命じたと報じた。
すると山上検事はこれ見よがしに、その新聞を栄佐久氏に見せつけたという。外界からの情報が閉ざされた容疑者に、こうした新聞や雑誌を突きつけて精神的揺さぶりをかけるのは、取り調べではよく用いられる手法なのだという。

他のマスコミもこぞって、検察の描くストーリーに沿った記事ばかり出したが、中でも読売新聞はその傾向が顕著だった。
この収賄事件にしろ'03年の原発停止にしろ、読売新聞は事あるごとに一貫して佐藤栄佐久への批判を続けてきたが、同新聞と原発との関係の深さを思えば、佐藤栄佐久を執拗に敵視するのも頷ける。

栄佐久氏は、長年に渡って自分を支え続けた多くの支持者、また苦楽を共にしてきた関係者、そして親族などが、東京地検の横暴な取り調べに苦しめ続けられる状況に耐えられず、ついに虚偽の自白を決意する。
この自白によって裁判は不利となり、有罪の判決が下る事となった。


◇不可解な判決
尤も、一審と二審ともに有罪とは言え執行猶予が付されており、実質的には無罪に近い判決となった。
そして二審においては、収賄額ゼロ円と認定されたにも関わらず有罪という、前例のない不可解な判決が下っている。収賄を証明できなくとも、とにかく何が何でも有罪にせねばならないという役人たちの必死さが伺える。

検察としてはこの事件によって、五期に渡って支持され続けた一県の知事を辞任にまで追い込んでいるが、「やっぱり無罪でした。冤罪でした。」となれば当然、世間からの批判は免れない。
刑罰の程度はどうあれ、とにかく形だけでも有罪の判決が欲しいというのが検察側の本音だろう。

実質的に無罪とは言え、形だけでも有罪の結果が出れば、検察側の大義名分が通り、知事には不名誉な記録が残る事になる。
栄佐久氏はこの判決を是とせず、最高裁に上告すると同時に、坂本を偽証罪で告発。無罪を勝ち取る望みはいまだ捨てていない。



◇どこまでが陰謀か
これまで述べたような強引な取り調べ、そして坂本らの不審な行動が事実とするなら、検察が実際にはありもしない収賄罪を捏造し、栄佐久氏の有罪を強引に成立させた可能性は非常に高い。
では検察は何のために栄佐久氏を罪人に仕立て上げる必要があったのか。それは原発や地方分権をめぐる方針で対立する知事を失脚させるためと見るのが自然だが、今のところそれを確実に裏付ける証拠があるわけでもない。

中には、東京地検の捜査と原発の問題には関連性がないとする説もある。
▼佐藤栄佐久前福島県知事は「反原発派」だったから逮捕されたのか(現代ビジネス)
ジャーナリストの伊藤博敏氏が書いたこの記事によると、水谷建設は福島県での贈賄事件と同時期に脱税事件も起こしている。東京地検は'05年7月に水谷建設の脱税事件の捜査を開始し、その関連先として三東スーツや栄佐久氏にも捜査が及んだのだという。つまり、まず最初に原発とは関係なく水谷建設脱税事件の捜査が始まっており、原発問題で国と対立する栄佐久氏に捜査が及んだのは単なる偶然に過ぎないというのだ。

しかしこの伊藤氏の推測にも不自然な点が多く、また決め手となる根拠が伴っているわけでもなく、説得力に欠けている。

伊藤氏は'05年7月に水谷建設脱税事件の捜査が先に始まっているというが、既にその2年半前の'03年1月には栄佐久氏の周辺で、弟の経営する三東スーツの土地取引について、ブラックジャーナルが嗅ぎ回っている事が噂されていた。
そして'05年1月には「アエラ」誌が、同年4月には「読売新聞」が、三東スーツの土地売買と双葉郡の木戸ダム工事発注について、賄賂を伺わせる記事を掲載。
'05年4月には東京地検がこの件に関して、双葉郡の調査を行っている。
つまり'05年7月に脱税事件の捜査が始まる以前から、東京地検は三東スーツや木戸ダムに目をつけており、栄佐久氏の逮捕を視野に入れていたとも考えられる。

仮に最初に原発問題と関係なく脱税事件の捜査が始まっていたとしても、捜査の途中で水谷建設と栄佐久氏の弟の関係を知った霞ヶ関が、これ幸いとばかりに栄佐久氏を貶めるいい機会と捉え、収賄罪の捏造に暴走していった可能性も考えられる。

何よりも伊藤氏の説では、なぜ検察が異常な執念を燃やして、栄佐久氏を有罪に持ち込もうとしたのかという点が説明できていない。
捜査を少し進めれば、栄佐久氏が賄賂を受け取っていない事、談合の主犯格が他にいる事、栄佐久氏を首謀者とするには無理がある事などをすぐに把握できるはずだ。
にも関わらず東京地検は、栄佐久氏の多くの関係者を執拗に恫喝して偽証させてまで、何が何でも有罪を成立させようという異常極まりない執念を見せている。
そこには、もはや収賄事件の真相の追求とは関係なしに、どうしても栄佐久氏の有罪を実現せねばならない何らかの動機や事情があったと考えるのが妥当ではないだろうか。
そしてその動機として最も自然に思い当たる節が、原発政策に抗った知事の抹殺なのだ。

森本検事は祐二氏にこう言った。
「知事は日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する」
これこそが霞ヶ関の本音ではないだろうか。


◇役人たちの損得勘定で動く捜査機関
福島原発の損傷隠しが発覚した'02年、市民団体「東電の原発不正事件を告発する会」が結成され、同団体は東電を偽計業務妨害、公正証書原本不実記載、詐欺、証拠隠滅、電気事業法違反などの容疑で刑事告発した。
しかしこの告発は不起訴処分としてあしらわれたため、団体側は846人の連名で東京第一検察審査会に対し不起訴処分への不服申し立てを行ったが、「不起訴は相当」としてまたも一蹴された。
▼東京検察審査会が東電不正隠しに18日意見聴取(脱原発福島ネットワーク)
▼東京検察審査会で意見を具申してきました。(脱原発福島ネットワーク)

このように国の捜査機関は、世の中でどんなに重大な犯罪が行われていようとも、その罪を裁く事が自分たち役人にとって不利益につながると見なせば、罪を見て見ぬふりして野放しにし、多くの住民の訴えにも耳を貸そうとしない。
逆に役人たちに利益をもたらすと見なせば、佐藤栄佐久氏を冤罪で陥れたように、ありもしない事件を捏造してまで懸命に逮捕や捜査を進める。

どの事件を捜査し、どの事件を捜査しないか、誰を逮捕し、誰を逮捕しないか、それら全てが役人たちの損得勘定に基づいて選別されている。
人権を守るためにあるはずの司法の強大な権力が、霞ヶ関の役人たちの私腹をこやすために行使されている。

佐藤栄佐久氏は、3.11の震災後にラジオのインタビューでこう語ったという。
「この国は民主主義だと皆さん思っているかも知れないけど、 民主主義でない部分もある。 その民主主義でない部分で今回の事故(福島原発事故)が起きた」


◇続発していた県への内部告発
'02年の隠蔽発覚は、福島原発の安全対策に最も真摯に取り組んでいるのは電力会社でも保安院でもなく、県知事の佐藤栄佐久であるという事実を如実に物語る出来事となった。
原発の作業員がトラブルや不正を保安院に告発しても、保安院はそれらの問題を追求するどころか、逆に隠蔽に協力する。
そこで'02年以降、福島原発のトラブルや不正を訴える内部告発者たちは、保安院よりも福島県を信頼するようになり、県の担当部署には電話やメール、ファックスなどによる内部告発が相次いで寄せられるようになった。
栄佐久知事は「絶対に県庁で会うな。人目につかない外で会え」と担当職員に秘匿を厳命し、喫茶店などで告発者と接触させ、情報の収集や分析に努めた。
その結果、相次ぐ内部告発者によって、おびただしい数のトラブルや不正、問題点などが次々と報告された。その一部を以下に列挙したい。

 ・定期検査の期間が短縮され、じゅうぶんなチェックが出来なくなっている。('03年2月)
 ・原発に長く携わってきた人間のノウハウが継承されず、初歩的なミスが増えている。('03年2月)
 ・タービンのローターにひび割れがある。('03年4月)
 ・タービン建屋のコンクリート壁が砕け、破片が発電機やその他の装置に被った状態で運転されている('03年9月)
 ・原発の仕事に入る際は、「守秘義務があるから外部に話してはならない」などと言われる。('03年10月)
 ・東電の社員が作業を監督していないため、東電の知らないところで様々な不正が行われている。('03年10月)
 ・各種点検で作業マニュアル通りにされていない事があった。('03年10月)
 ・高い被曝が予想される場所での作業では、線量計を外して数値を分からないようにしている事があった。('03年10月)
 ・放射線管理の責任者が同時に一階と二階の担当になっており、現場にいない事があった。('03年10月)
 ・'99年6月に第一原発3号機で爆発が起きているが、発表されていない。('04年8月)
 ・熟練した職人が少なくなり、現場の作業員のレベルは確実に低下している。('05年1月)
 ・現場は書類優先で、現場作業の質を重視しなくなった。('05年1月)
 ・東電は今後、原発の安全対策費のさらなるコストダウンを考えている。('05年1月)
 ・取締役クラスが現場にいないため、本社の机上論で物事が進む。('05年1月)
 ・現場の権限が弱いため、トラブル対応の遅れにつながる。('05年1月)
 ・第一原発2号基の定期検査が極めて短期間で、工程的に無理がある。('05年4月)
 ・工程期間が短すぎて作業員の過労が深刻。何らかの大きな人災や事故が起きそうなほど疲弊している。('05年4月)
 ・第二原発3号機の制御棒ハウジングにヒビがあり、専門家は応力腐食割れの可能性も否定していないが、東電はヒビではなく線状の傷跡だと言い張っている。('05年5月)
 ・第一原発6、3、5号機の点検中に湿分分離器の欠陥が発覚しており、2号機にも欠陥があるのは明らかだが、点検されなかった。('05年6月)
 ・制御棒駆動機構も点検されなかった。('05年6月)
 ・第一原発6号機の可燃性ガス濃度を制御するための換算式が、検査を合格しやすいように意図的に甘く出来ており、20年前からマニュアル化されている。いつもだまされ続ける県民が気の毒。('05年7月)
 ・長時間勤務の疲れでヒューマンエラーが心配される。('05年9月)
 ・原発テロへの警戒が不十分。('06年5月)
 ・定期検査終了後に行われる負荷検査において、記録および計器の不正があった。('06年5月)
 ・本社の意向に沿わぬ意見は却下され、現場の意見が聞き入れられない。('06年5月)

これらの内部告発については、佐藤栄佐久氏が福島原発事故について綴った著書 『福島原発の真実』第9章「止まらない内部告発」に詳しい。


告発が寄せられても、県には原発に立ち入り調査したり、運転を停める権限もなく、栄佐久氏は歯がゆい思いを禁じ得なかったという。
時には告発された情報を公表し、東電にしかるべき対応を求める事もあった。東電からは「寄せられた声を真剣に受け止め、再発防止のための取り組みを強化します」などの回答が得られるが、しばらくするとまた同様の問題が告発されるケースもあり、真剣に再発防止策が講じられていたとも思えない。

Check ツイート

◇そして福島原発事故へ
栄佐久氏は知事に就任した当初から原子力政策のずさんさや危険性を把握していたわけではなく、次々と明るみになる不正やトラブルに直面するうちに、問題意識を高めて厳しく追及するようになった。
長い時間をかけて国の原子力政策と対峙していく中で、官僚や電力会社の姑息な手口を知り、それに抗戦する術を模索していった。

その栄佐久氏が失脚すれば、これまで培われた原子力政策への問題意識や対抗するための知恵は失われ、新たに知事に就任した佐藤雄平氏は、また一から時間をかけて原子力政策の問題に気付き、渡り合う術を見いだしていかねばならない事になる。


しかし雄平氏が原子力政策に対峙する姿勢もじゅうぶんに整わないうちに、'11年3月の福島原発事故は起こった。
言い方を変えれば、栄佐久氏が原発の問題に強く気付くきっかけとなったのが'02年の隠蔽発覚であったとするなら、雄平氏が原子力政策の危険性やずさんさに気付くきっかけとなった出来事が、'11年の福島原発事故とも言える。

とどまる事を知らない霞ヶ関の横暴によって、ついに原発事故は引き起こされた。
福島県の知事のみならず、広大な土地と共に、多くの県民までもが抹殺されかけたのである。

→「福島原発と住民の関わり」

Check ツイート
TOPに戻る



※当サイトはリンクフリーです。
むしろ福島と原発についての真実を広めたいので、よければ拡散していただければ幸いです。
文章を引用する場合は、当URLへのリンクも貼るようにして下さい。
ただし、誹謗中傷を目的とした引用やリンクはお断りさせていただきます。
引用とリンクについて、詳しくはこちらをご覧下さい。






Amazonで売れている原発関連の書籍