ゲノム情報利用 提言を着実な実行に
人々の遺伝子情報を病気の診断や治療、予防に役立てるゲノム医療が世界的に進んでいる。日本はどのように取り組んでいくのか。政府は昨年11月、「健康・医療戦略推進会議」の下に有識者会議を設置して検討し、先月下旬に報告をまとめた。
これまで国としての動きがにぶく、環境整備も進めてこなかったことを思うと、論点整理と一定の提言がなされたことは評価できる。政府は、報告を土台に、法規制も視野に入れた体制整備に本腰を入れて取り組んでもらいたい。
ゲノム情報の基本的な扱いは昨年9月に成立した改正個人情報保護法と密接にかかわる。報告は、DNAの塩基配列に発病リスクなどの解釈を加えたゲノム情報について、病歴同様、同法の保護対象として特に慎重な取り扱いが必要との考えを示した。本人同意やプライバシー保護などの重要性は言うまでもない。一方で、規制によっては医療や研究を遅らせるとの懸念も示されている。バランスのとれた対応策が必要だ。
ゲノム情報を医療に役立てていくには、遺伝子検査の手法や精度が妥当であることに加え、分析結果の有用性が科学的に示されている必要もある。有識者会議では、遺伝子検査の科学的根拠を評価する仕組みを日本医学会に設けてはどうかとの提案があった。日本医学会に限らず、専門家集団が評価の基準や指針を示すことは、検査を行う側だけでなく、検査を受ける側にも意味がある。ぜひ、検討してほしい。
体質や生活習慣病の発病リスクなどを確率で示す消費者向け遺伝子ビジネスは、「医療の枠外」として行われているが、科学的根拠に疑問符がつく検査がある。医療との境目があいまいなケースもある。遺伝子ビジネスにも分析的妥当性や科学的根拠を確保する取り組みが必要、との報告の指摘は当然だ。厚生労働省はルール作りを主導してほしい。
ゲノム情報の利用をめぐっては、保険や雇用の場で差別が生じる恐れがある。報告は、差別防止のための社会環境の整備の必要性では一致したが、差別禁止法の制定までは盛り込まなかった。
これまで遺伝子差別について議論の積み重ねのない日本で、一朝一夕に禁止法を作るのは確かにむずかしい。ただ、人々が安心してゲノム医療を利用するためには、一定の法規制が必要であり、ここから検討を始めてもらいたい。
ゲノム情報を取り巻く社会的・倫理的・法的課題は遺伝子差別にとどまらない。研究・医療施設の倫理審査委員会の充実や、人々の遺伝子情報に対する理解度を高める方策など、幅広い課題について継続的に取り組む体制作りも欠かせない。