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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

コラム

一橋大ロースクール学生の自死事件に思う

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一橋大ロースクール学生の自死事件に思う

同性愛を「バラされ」て自死に追い込まれる

 一橋大学法科大学院の学生が、同性愛であることを同級生にLINEでバラされ、2か月後に自殺したことが報じられました。今回はこの事件についてコメントしてみたいと思います。

 ただ、私自身は直接取材を行っていません。事実関係については、新聞等での報道のほか、主に次の3つのネット記事に依拠しました。

 「BuzzFeed Japan(渡辺一樹記者)」8月5日公開
 「弁護士ドットコム ニュース」8月5日 公開
 「Letibee Life」8月8日 公開

 これらの記事によれば、事件の経緯はこうです。

 一橋大学法科大学院3年に在籍するA君(当時25歳、ゲイ)は、同級生の男子学生B君に恋愛感情を抱き、2015年4月に告白。B君は応じることはできないが、友人関係は継続すると伝えた。

 その2か月後、B君は同級生でつくるLINEグループで、A君がゲイであることを暴露。「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめん」。

 A君はB君と顔を合わせると、吐き気やパニック発作を起こすなど心身に不調を来すようになり、心療内科へ通院を始める。また、大学内のハラスメント相談室や教授らに事情を打ち明け、クラス替えや留年などB君と離れることができないかを話し合っていた。

 同年8月24日、必修の「模擬裁判」に出席するため登校。午前中、パニック発作を起こし、大学の保健センターで休養。午後3時過ぎ、校舎6階のベランダに手をかけてぶら下がっているところを発見されたが転落し、18時36分頃死亡が確認された。

 遺族がその後、暴露したB君と、適切な対応をとらなかったとして大学を提訴。8月5日の第1回口頭弁論後、原告と代理人弁護士が記者会見して事件が報道されました。

 代理人の南和行さんはゲイをオープンにする弁護士で、同性パートナーでやはり弁護士の吉田昌史さんとともに大阪で事務所を開き、著書もあります。法科大学院の教授がA君に、大阪にゲイであることをオープンにしている弁護士がいるので相談してみたら、と紹介し、同年7月ごろにメール等でやりとり。連絡が途絶えたあと、A君の両親から連絡が入ってA君が亡くなったことを知らされたといいます。

「人生が足元で崩れ落ちたような気がする」

 今回、B君によるLINE上での暴露がA君を追い込み、自死にまで至らせました。B君の投稿に対しA君は「たとえそうだとして何かある?笑」「これ憲法同性愛者の人権くるんじゃね笑」と軽いそぶりで返していますが、南弁護士はA君から「人生が足元で崩れ落ちたような気がする」というメールを受け取っています。

 なぜA君は、人生が足元で崩れ落ちたような気持ちにならなければならないのか。それはセクシュアリティーが知られることで現に、からかい、いじめ、迫害、 うわさ 話、あるいは逆に忌避や無視の対象となり、ついには社会的抹殺へと至るかもしれないからです。A君は「同級生たちが同性愛者を『生理的に受け付けない』などと話しているのを聞き、ゲイであることを秘密にしていた」といいます(BuzzFeed Japan)。学校で、職場で、家庭で、地域で、そんな事例は枚挙にいとまがありません。

 ネット等の反応では、「死ぬほどのことか?」「もっと強く生きて」などの声も散見されますが、それは差別を軽く見すぎています。現在でこそ、ゲイをオープンにして仕事をしている私ですが、それほどでもなかった学生時代、ゲイの友人たちと入った居酒屋で偶然、大学の知り合いと出くわし、「あ、バレる」「出よう」と汗の流れる思いで焦った記憶はいまも脳裏にこびりついています。そんな恐怖に永続的につきまとわれながら暮らしている人は、どれだけいらっしゃることでしょう。

 セクシュアリティーの秘密は、法的にも保護されるプライバシーです。プライバシーとはなんぞや、については、行政書士の受験でも勉強する有名な「宴のあと」事件判決(東京地裁判決昭和39年9月28日)が参考になるでしょう。

  1.  私生活上の事実または事実らしく受け取られる恐れのある事柄
  2.  一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄
  3.  一般の人びとにいまだ知られていない事柄

 2016年の日本においてもなおセクシュアリティーは、「一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろう」ことがらでしょう。プライバシー権は当然、勉強している人たちでしょうが、事件が法科大学院で起こったことに、なんともいえない皮肉を感じます。

 また、ゲイから愛情を打ち明けられパニックになった結果バラしてしまった、としてB君を擁護する意見もありますが(裁判で被告側はそう主張しているそうです)、プライバシー暴露を正当化する理由にはならないでしょう。そもそも将来は法曹を目指す人として守秘義務への耐性が弱いようでは、「向いてないのでは?」とも言いたくなります。

カウンセラーが性的指向と性自認を混同?

 大学の対応も、問われています。私が驚いたのは、A君に大学側が「性同一性障害」を専門とするクリニックへの受診を勧めていた、と報じられていることです(BuzzFeed Japan)。

 A君は南弁護士を紹介した教授にも、自身がゲイであることを含めて相談したようですから、自分がゲイであることは受け入れているようです。そんなA君になぜ性同一性障害を専門とするクリニックを紹介したのでしょう。畑違いとはいえ、なにかの橋渡しを期待したのでしょうか。

 この連載でも何度か触れていますが、同性愛は恋愛対象の性別にかかわる性的指向の問題であり、性同一性障害をふくむトランスジェンダーの問題は自分の性別をどう認識するかという性自認の問題です。しばしば混同されますが(男を好きになる男は、自分を女だと思っている、などなど)、保健センターや大学のカウンセラーがいまだにそんな誤解をしているというのでしょうか。

 私も 第42話 で、大学が変わりつつある、と紹介したこともある手前、保健センターのカウンセラーに最低限の知識が行き渡っていないのだとしたら、じつに 忸怩じくじ たる思いです。この機会を教訓に、全国の大学の保健センターやカウンセラーが、せめて性的マイノリティーについてとそのサポートのための知識を徹底し、自校で対応できないときはせめてよい相談先をお互いにシェアしておくなどの動きに踏み出してくれることを願うものです。

NHKニュースから消された「ゲイ」「同性愛」

 そのほかに、私の周辺では、この件を伝えるNHKニュースの見出しが話題になりました。

 LGBT男性自殺で大学を提訴(NHK首都圏NEWS WEB 8月5日)
  http://www.nhk.or.jp/shutoken-news/20160805/4602731.html

 LGBT男性とはなんなのでしょう? ゲイ男性、同性愛男性ではいけないのでしょうか? 

 本文には「いわゆる性的マイノリティー『LGBT』であることを友人たちに知られ」ともありますが、ゲイであることを知られ、ではなにか不都合なのでしょうか?

 LGBTは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を並べ、性的マイノリティーの総称として使われています。LGBT男性という言い方には、「全人類な男性」とでもいうような座りの悪さを感じます。また、性的マイノリティーになぜ「いわゆる」がつくのか? 性的マイノリティーとカッコつきLGBTとはどういう関係にあるのか?

 近年、企業社会へ性的マイノリティーの課題を訴えていく際に、耳にハレーションを起こしやすい「性的」とか社会運動を想起させるような「マイノリティー」「少数者」という言葉を避け、エルジービーティーという新しい響きが好まれてきたようです。海外渡りで先進的な雰囲気もあり、たしかに企業や社会に訴求するうえで一定の効果をあげたかもしれません。

 それが行き過ぎて、ゲイや同性愛は放送で視聴者の耳に入れてはいけない“放送禁止用語”になってしまったのでしょうか。局側は、ゲイ男性とその遺族への“配慮”と考えたのでしょうか。残念ながら私たちはそんな配慮をしてくれなくても、プライドをもってゲイと自称し、同性愛と言っているのですが……(これがもし女子学生なら、きちんとレズビアンの学生と言ってほしい)。

気づくべきは社会の「異性愛こそ正常」意識

 それにしても、今回、遺族が提訴に踏み切ったことで、セクシュアリティーの暴露が人を死に追いやるほどの凶器であることが社会的にも明らかにされました。これまでどれほど多くの死(肉体的死/社会的死)が、その本当の原因に気付かれることなく、闇から闇へと葬られていたことでしょう。

 死の背後には、当事者を孤立させ死へと至らしめる、性的マイノリティーへの誤解や偏見、無理解や黙殺、そして男女の異性愛こそが正常・正当という強固な社会通念が横たわっています。

 せめて読者のみなさまがそのことに気づき、なにかを考えてくださることが、失われてしまった命へのせめてもの慰めと思います。

 末尾ながら、自死したゲイ男子学生のご冥福を心からお祈りします。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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2件 のコメント

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哀しみ

圭二

今回、亡くなられた大学院生に心から哀悼の意を表します。 純粋な想いを信頼した人に打ち明け、言い触らされたこと、さそがし辛かっただろう。 私も今、...

今回、亡くなられた大学院生に心から哀悼の意を表します。
純粋な想いを信頼した人に打ち明け、言い触らされたこと、さそがし辛かっただろう。
私も今、同様の体験をし人生を彷徨っています。
同性に想いを伝えたところ、ひどい暴力、暴言を受けました。生きてきた尊厳を破壊される行為。
生きることとは何だろうと、毎晩問うている。
この大学院生の哀しみを知ることは第3者にはできない。けれど、余りにもがさつで鈍感な現代の日本に住む人間の、愚かさに一人でも多くの人が気づいて欲しい。
せめて、この大学院生の心が静かに眠れるような世の中に変わって欲しい。
ただ、静かに変わって欲しい。

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トランスパートナー

今回はこの事件をお取り上げになると思っていました。自殺された方と遺族の方々の悲しみに加えて、永易さんがコラムでお書きになっているとおりに幾つもの...

今回はこの事件をお取り上げになると思っていました。自殺された方と遺族の方々の悲しみに加えて、永易さんがコラムでお書きになっているとおりに幾つもの点で何重にも日本でのLGBT関連問題の認識の低さ(しかも法科学生、カウンセラー、マスコミにおよんで!)が露呈することとなり、事件の報道を読んでやりきれない思いになりました。

何かのきっかけで、世論が偏って展開してしまうことの少なくない日本社会において、コラムになかったことですが、カミングアウトに対する一般の捉え方がマイナスの方向に変わることがないか心配です。つまり、あとで変なことになると困るからカミングアウトなどしてくれるな、カミングアウトなんて性的マイノリティー当事者の自己満足だ、のような考え方が主流になり、ますます性的マイノリティーの人びとが「普通に」生きていくことが難しくなりはしないか、ということです。

いずれにせよ、”B”には弁護士になってほしくありません。依頼人のプライバシー保護ができないでしょうし。

(追記)社会の「異性愛こそ正常」意識についてですが、これまでゲイ男性が、ストレートの人のことを「ノーマル」と形容する場面に何度も遭遇しています。たんなる昔からの言い回し、あるいはノーマル(normal:正常な、正規な)の本来の意味を知らないだけ?かもしれませんが、ゲイ当事者のあいだにも「我々はノーマル(正常)ではない」という発想をもつ人もいるように感じ、これでは「異性愛こそ正常」意識がなかなか無くならないのでは、と感じました。

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