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転生しちゃったよ(いや、ごめん) 作者:ヘッドホン侍

◆ゆったり幼児期

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◆1.プロローグ 上は見といた方が良かったのかな

 その日は、梅雨の時期だというのに見事な快晴で、朝から気分がよかった。
 電車。一回乗り換え、都心から離れて、少し田舎という微妙に廃れた駅に、朝と夕方だけは人がわんさかいる。
 通学ラッシュというやつだが。
 大体の県立高校は土地の安さからか、そんなところに位置するだろう。
 まぁ、かくゆう俺もそんな県立高校の一員なわけだが、まだ幸いなことに、俺の学校は最寄り駅からバスを使うほどの距離はない。
 朝からそんな運動をさせられたら俺は切れる。
 ていうかそんな高校選ばないだろうが。うん。
 しかし、今日はすこぶる天気がいい。スキップしたくなるくらい。
 ちょっと汗ばんでしまうのが夏の知らせのようでまた、嬉しくなってしまう。
 ぼんやりしながら歩いていると、不意に肩をたたかれた。

「おはよー翔!」
「ん、ああ、おはよーさん、寺尾」

 なんだ、クラスの女子とかだったらよかったのに。……いや、別にそんなことは思っていない。思っていないぞっ! これっぽっちも。
 寺尾。
 親友だと俺は思っている。高校に入ってからの付き合いだが、ある一点を除いては凄く似ているからすぐに仲良くなった。

「なんだ、その顔は。どうせ、なんだ寺尾か、なんて失礼なことを
考えてんだろ」
「あ、バレた?」

 はは、と笑ってみたが、結構悲しい事実。
 奴は、モテる。
 所謂イケメンという奴なのだ、奴は。
 やつやつ煩いって? 仕方ないだろ、奴ってけなせる呼び方なんだから。

「はぁ……俺はお前のその顔がうらやましい」

 快晴の空に反して少し小糠雨な俺の心。

「なんだ、それ。全く……いっっっつーも言ってるけど、嫌みだぞそれ」

 真面目な顔して言う寺尾。
 日常のテンプレート的やりとりである。
 もはや、ここまで通して挨拶と言ってもいい。
 しかし……うぅ。
 いつもこう言ってくれる寺尾は優しいんだな、だからモテるんだ余計。
 教室でも楽しそうに女子と話してるし、ほら今も女子に挨拶されてたし。
 誰にでも分け隔てなくフレンドリーでそれでいてチャラくなくて優しいなんて、どこのどいつだ。……いや、寺尾だったな。
 対して、俺は。
 言いたくはないが婦女子の皆様に嫌われている。
 挨拶しようものなら小声で何か呟いて赤い顔して顔を背けて逃げちゃうし、教室で話しかけても1分たたずにみんな誰かしらに引き摺られながらどっか行っちゃうし。前者は怒っているに違いない。そして、後者はあんな奴に近付かないほうがいいよ! というあれだろう。くそっ。

 俺とアイツの何が違うんだよーー!

 ……世の中は不平等である。
 おっと。ひとり心の中で話を脱線させていたら寺尾に不思議そうな目を向けられてしまった。

「な、なんでもない」

 咄嗟に言ってしまったが、これじゃなんかありますと言っているようなものである。
 しかし寺尾は笑顔で「そうか」とだけ呟いた。
 そうか。この対応こそが紳士なのだな。見習おう。
 良い見本を友達に持てたと思うことにしようと一人勝手に納得させて頷いていると……。

 花瓶が降ってきました。
 ……え? アレ?






 花瓶が脳天に直撃した。

 世界が妙にスローモーションになって。
 頭のてっぺんに陶器のそれが触れて、徐々に重圧を加えながら、頭蓋骨を軋ませるような感覚。

 死んだ……!

 と思ったんだが、目を開ければ周りはお花畑。
どういうことだ? そこではっと気がつく。そうだ。俺の頭に花瓶が当たったんだ。それで気がつけばお花畑にいる、と。
うん。認めたくはないが、認めるしかないような状況である。俺は花瓶が原因で死んだ。そして、ここは天国だな?
 いや、しかし、それにしては輪廻転生の輪とか閻魔様とか最期の審判とか、そういうイベントが何一つ起こらなかった気がする。
 死ぬって意外と味気ないのな……。
しかし花瓶当たって死んだのに天国が花畑ってなんの嫌がらせだ。花だらけじゃないか。もしかして、俺の人生を示唆しているのか?
 俺の頭のなかはそんなお花畑じゃねぇぞ!
 と意味のないツッコミを一人脳内で再生……していると、唐突に花畑が消えた。視界には真っ白な空間だけが残る。

「誠に申し訳ありませんでしたー!」

 そして、目の前にいきなり現れたジャンピング土下座な……老人。
 えーと、……なんなんだろうこの状況。

「え、ちょっと、どうしたんですか、顔あげてくださいって」

 とりあえず今の事態が飲み込めない。何をやらかしたかは知らんけど、まずは説明より何より、説明が欲しいのです。状況を把握したい。

「許してくださるのかー?」

 そんな思いで必死に告げた俺の言葉に、ばっと顔をあげた老人が目をキラキラさせてすがりついてきた。……。
 ……嬉しくない。
 ここは天国なはずなのに嬉しくないぞ。花畑と言い、目の前で土下座している老人と言い、嫌がらせか? 俺をおちょくっているのか?
 地味に嫌なことばかり続く。そこである可能性に思い当たって、顔が青くなる。
いいことが起きないことと言い、嫌なことばかりが続くことと言い、――もしかして、ここは地獄だったりするんじゃ……。

「ここは天国でも地獄でもないですぞ」

 俺がそこまで考えたところで、地面に這いつくばっていた老人が立ち上がりそう言った。
 もう謝るのは止めたのか。謝られている理由も分からないが、あの必死な様子から見るに相当なことをしでかしたんじゃなかろうか。切り替え早くないか?
 そこではっとして老人の顔を見つめる。唇に指で触れて確かめてみるも、勝手に口が開いて何かを口走った様子もない。っていうことは、いまこの人、俺の心読んだ?

「儂は人ではない、神じゃ」

 ……まじか。

 俺はパカンと口を開いた。そして、周りの景色を見回して遠い目になる。視界に入るのは、白、白、白。白一面の空間。例え、雪国で吹雪に襲われたところで、ここまで白一色に染まるようなことはないだろう。現代の技術では人為的に作り出せる空間ではない。
 あぁ、マジなんだろうな……。
 そう確信させられる風景に、溜息を吐いてしまった。

「もしかして俺ー……アナタのミスで死んだ、とか……言いませんよね?」

 最近、ハマって読み漁っていたネット小説ではこんな状況では、大体そんな展開になっていたはずだ。そんなはずはないよな、と苦笑交じりにそう言えば。

「その通りじゃ」

 なぜか胸をはる老人。

 ……コイツ………絶対反省してねえ…。

「(言い)訳をききましょうか」

 副音声は伝わっているのだろうが、あえて声には出さない。溜息がさらに出てくる。

「えー……まぁ、儂のひげにちょっと知らぬ間に植物が引っかかっておってな」

 ……髭。

 俺の死因は髭か、そのやたら伸びた長い髭なのか。
死因に神が関わっているとか言われたらもっとこう、世界間のうんたらかんたらがどうとか壮大な何かがあるものだと思ってしまうだろ! それが、髭とか。
いくらなんでもしょぼすぎます、ええ。
 ちょっとうなだれてしまう。

「……で、俺はどうなるんでしょう」

 もうやるせなくて頭を抱えながら唸ってしまった。

「……ずいぶんあっさりしとるんじゃな」

 しかしそんな俺に神が驚いたように長い眉毛から目を覗かせた。

「ん、まぁ……ここでウダウダ言ってても。俺は殺されても笑顔で赦すようなことはできないし、怒ってはいるんですけどねぇ。……ここでわめき散らしたら元に戻してくれるわけですか?」

 一気に言うと、神はまた驚いた表情。神と名乗るような存在が土下座して謝っているのだ。元に戻すことができるのなら、最初から戻しているだろう。

「そうは言っても普通人間というものは足掻くものなんじゃが」

 ふーん、そうゆうもん?
 まぁ、俺が天涯孤独てのも理由なんだろうけどな……。

 ふーと息を吐いて神様を見た。

「で、どうなるんです俺」
「わしのミスが原因とは言え、死んでしまった者を生き返らせることは絶対にできない。これは世界の規則なのじゃ。すまんが転生か消滅かを選んでもらうことになる。輪廻転生は、知っておるかの?」
「知ってはいますけど……」

死んだ者の魂が輪廻の輪に導かれて、また違う命の魂として来世に生まれ変わる、というあれのことだろう。所謂、生まれ変わりというやつだ。
そう考えながら神を見てみれば満足げにうなずいている。大方俺の心を読んでいて、転生の意味がそれで正解だと言いたいのだろう。まあ転生という制度が本当にあったこと自体は驚きだが、いいとしよう。
 ……いやしかし、消滅はない! それはひどい!
転生という制度があると分かっている今この状況で消滅を選択肢に入れてくるってそれアンタ……。選択肢も何もないじゃないか。

「……転生します」

 俺がそう言うと、神様は深く頷いて「この度はほんとに…」とか言い出した。ほとんど聞き流してしまったが「さすがにお詫びというか、何か願いを叶えさせてくれ」と最後にそう結んだのが聞こえて俺は唸った。
 それは、つまりネットで流行っているところの『チート』とやらをくれるということだろう。魔力チート、体力チート、思い浮かぶチートはたくさんあるが、これだ、というのが思いつかない。それに、小説の主人公たちもたいていがその能力に振り回されたり、それが原因で厄介事に巻き込まれてしまっていた。
 それに何より、別に俺は無双がしたいわけじゃない。
 何がしたいかと問われたら、好かれたい。愛されたい。
望みが高すぎるか……そうだなー……まぁ、今みたいに嫌われたくはないわな……。
 それに人生でやっちまったなって失敗は結構あったりする。経験を、生かすか。

「前世の記憶をすべてそのままにして欲しいです」
「それだけでよいのか?」
「まぁ俺はあんま高望みするとあとが怖いので」

 苦笑しながら答えた。
 したきり雀は俺の幼児期最大のトラウマなのである。

「そうか」

 神様は優しそうに笑った。

「では、いってらっしゃいませじゃな」

 神様のその言葉とともに俺の身体は温かい光に包まれた。

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