リオ五輪:安昌林「自分が負ければ在日コリアンが悲しむ」

男子柔道73キロ級3回戦負け

 しかし在日コリアンとして日本で柔道選手を続けるのは簡単ではなかった。高校3年生だった2011年、在日韓国人代表として韓国の全国体育大会に出場したが、その時相手選手のコーチが「あのパンチョッパリ野郎(在日コリアンを侮辱する呼称)に負けるな」という言うのを聞いてショックを受けた。安昌林は柔道の名門である筑波大学に進学したが、国籍が韓国であるため日本の大きな大会に出場するときには常にさまざまな制約を受けた。安昌林に敗れた選手が選抜試合に出場するケースもあった。

 それでも安昌林は厳しい練習を続けた。最後に道場の照明を消すのはいつも安昌林だった。高校の時にはほぼ毎日A4用紙1枚分の練習日誌を書いていたが、3年分の日誌を集めると1000ページ近くになった。母のスンヒョンさんは「息子の昌林はつらいときにはよく家に電話をかけてきたが、一緒に練習する日本の選手たちに弱みを見せないため、夜になると寮を出てかなり遠くにあるコンビニの公衆電話を使っていた」と語る。

 安昌林は筑波大学2年生だった2013年、全日本学生選手権で優勝しその実力が認められた。大学のコーチは日本への帰化を勧めたが、安昌林はそれを拒否し、後に筑波大学を中退して14年2月に一人韓国に渡り竜仁大学に編入した。安昌林が初めて韓国代表に選ばれたのはそれから9カ月後だ。

 安昌林は中学生だった時の作文に「自分が敗れれば(在日コリアンである)家族が悲しむ。才能が足りなければ他人の3倍努力するしかない」と書いたことがある。

 安昌林の次の目標は2020年の東京オリンピックだ。安昌林は自分が生まれ育った日本の地で、韓国代表として改めてオリンピックの金メダルを目指す。その挑戦はもうすでに始まっている。

京都=チェ・インジュン特派員
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