新しい単純性とは、1970年代の前衛の停滞時に言及されたターム。1970年代に流行した
新ロマン主義音楽の項との重複は避けてある。
ドイツ[編集]
新しい単純性は、独訳するとNeue Einfachheit、英訳するとNew Simplicity
[1]で、語感以上に作風の差異が大きいとは松平頼暁
[2]ほかの音楽学者によって言及がなされてきたが、「前衛世代が前衛をやめて単純化した」人物にHans Otteがいる。彼は前衛のプロトタイプのような合唱作品を書いていたにもかかわらず、アメリカのミニマリズムの影響を受け「時の書」「響の書」などの長大な反復音型を伴うピアノ作品を自作自演し続けた。前衛世代ではないPeter Michael Hamelは当初Deutscher Musikratに吹き込んだヴァイオリン協奏曲のリリース時点ですでにVnソロに2音の反復を伴う調性的なパッセージを隠すことはなかったが、その後ピアノのペダルを開放したままの連続五度が臆面もなく続くピアノ作品で新しい単純性に転向、その後のオペラ作品もほぼ調性音楽である。彼らの「三和音解禁」というメッセージは1960年代生まれの
モーリッツ・エッゲルト(Moritz Eggert)にまでおよび、彼のオーケストラ作品も冒頭から調性+ノイズ+パフォーマンスといった「ナンバーナイン」を世に問うた。
コンスタンツィア・ゴルツィ(Konstanzia Gourzi)は現在ドイツから
ECMのリリースを行ったことで話題になった作曲家のひとりであるが、彼女の作品は調性や三和音を冒頭から伴うものではないにせよ、全体的に調性的なパッセージを解禁する瞬間がある
[3]など、新しい単純性の余波を大きく感じさせる作風である。Tobias PM Schneidも全体的には調性音楽の名残を多く含めているが、「現代音楽のイディオムとのアマルガム」を標榜してオペラ作品を作曲するあたりが単純性の名残ととらえられよう。
[4]彼らのように新しい単純性は終わってしまった潮流ではなく「ポスト・単純性」と呼びさえできる大きな派閥になってきている。現在のドイツにも言えるが、ドイツは国際音楽祭を開く一方で大学のアカデミズムは閉じており、
オランダや
ベルギーのように幅広く国際的な人材をバックアップする国家と違って、その閉じた潮流に対して賞が与えられることは全く珍しくないのである。
ミュンヘン音楽・演劇大学は、その潮流の一端であった。
オーストリア[編集]
Christoph GRUBER
[5]のように調性的ではあるが、極端にアグレッシブな楽句の迫力で押す作曲もクラーゲンフルトでは珍しくない。オーストリアは旧東ドイツの作風と多くリンクし全体的には保守的であったが、現代音楽の情報そのものは解禁されていたため、ヨーロッパの中でも異質の展開を迎えた。
イタリア[編集]
Ludovico Einaudiのような非常に親しみやすさを前面に押し出したピアノ作品を発表するものや、
ジョヴァンニ・ソッリマのような聴きやすいクラシック音楽であることを目標にするものなど、派閥を食うほどの運動ではないにせよ、単純性に触発された作曲家は存在する。イタリアの合唱音楽は日本やアメリカほど現代音楽との乖離を表明していないように思われる
[6]が、全体としては調性的であり、その傾向を
グイド・ダレッツォ国際合唱音楽作曲コンクールで支援し続けている。コンクールは現在も存続している。
リッカルド・ヴァリーニのToccatina Lentissimaはその傾向から離れているが、非常に簡素なピアノ曲である。彼の作品のピアノとテープのための「伴奏づけ」は、他人が演奏したショパンの夜想曲Con Gran Espressivoの演奏をテープで流し、その演奏を生ピアノで伴奏して改変する私小説的な試みがなされている。このようなタイプの単純化はドイツやオーストリアでは見られないものであった。
アメリカ[編集]
新しい単純性が流行した1970年代、アメリカの現代音楽は過激な前衛的傾向を推し進める一方で、「全国に音楽学部を備えた大学がどこにでもあること」から、現代音楽の先端に立ってない教職員も多数おり、彼らの音楽は「東海岸アカデミズム
[7]」や「中部アカデミズム
[8]」と呼称され大学のホールの中で生き残ってきた。Joan Tower
[9]の作品は一般的には「保守的」と評されるが、あのレヴェルの音楽密度を持った米国在住の作曲家はまだ多くいる。
Nick Vasalloはクレオール文化の背景を感じさせる作曲家だが、日本の和太鼓はアメリカではtaikoとよばれ、taiko ensembleという独自のジャンルをアメリカで生み出した流行に呼応した極端に単純な打楽器アンサンブルの作品を書いている。ケンジ・バンチの音楽も同様に単純ではあるが、彼はヴィオラ奏者としての経験を反映させて、演奏可能な密度へ収斂させている。日本と同じくアメリカも合唱業界の横のつながりは健在で、時代と完全に隔絶した調性音楽の合唱作品はおしなべて全員が単純である。彼らの音楽は米国を超えないものと思われていたが、近年Musica Sacra国際作曲コンクールの第一位になった作曲家が米国からでてくるなど、その作風が国際化しつつある。
ベルギー[編集]
ベルギーも欧州のなかでは随分と保守的な教育がなされていた
[10]、その当時の教育の中からJean Luc Fafchampsのオーケストラ作品では、アメリカのジョン・アダムズに似た反復が羅列される。彼はピアニストでもあり、そのレパートリーには反復の多いフェルドマンの作品も含まれている。
デンマーク[編集]
デンマークも新しい単純性に乗り換えるのが比較的早かった国家として知られている。 Hans Abrahamsen, Henning Christiansenそして Pelle Gudmundsen-Holmgreenの3人は(Beyer 2001; Jakobsen 2001)調性音楽の復活を一時期は目指していた。デンマーク風にDen Ny Enkelhedと呼ばれる。
イギリス[編集]
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Rainer Nonnenmann: Geliehenes Pathos. Kritische Gedanken zu einer „Zweiten Neuen Einfachheit“ am Beispiel von Matthias Pinscher. In: Die Musikforschung. Band 57, 2004, ISSN 0027-4801, S. 215–233
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現代音楽のパサージュ・青土社
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Samos Young Artists Festival 2012
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逆に吉松隆は朱鷺に寄せる哀歌に対して現代音楽の名残があることを恥じていた。
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Abstracts and Funnies,
グスタフ・マーラー国際作曲コンクール優勝
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その証拠としてイタリアの合唱国際作曲賞の受賞者名には多くの現代音楽作曲家が登場する。
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コロンビア楽派ほか
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エヴァンストンを中心に存在する作曲家はシカゴ楽派とも呼称される
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彼女の弦楽四重奏は、アメリカでは普通に弦楽四重奏の演奏会で古典と一緒にかかっている。
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2014年現在の教育はそうでもない
参考文献[編集]
- Andraschke, Peter. 1981. “Kompositorische Tendenzen bei Karlheinz Stockhausen seit 1965”. In Kolleritsch 1981, 126–43.
- Beyer, Anders. 2001. "Abrahamsen, Hans." The New Grove Dictionary of Music and Musicians, second edition, edited by Stanley Sadie and John Tyrrell. London: Macmillan Publishers.
- Blumröder, Christoph von. 1982. "Formel-Komposition—Minimal Music—Neue Einfachheit: Musikalische Konzeptionen der siebziger Jahre". In Neuland Jahrbuch 2 (1981/82), edited by Herbert Henck, 183–205. Bergisch Gladbach: Neuland Verlag.
- Burde, Wolfgang. 1984. "Junge Komponisten in der Bundesrepublik—auf der Suche nach einer neuen Identität". Universitas 39, no. 5 (May): 559–67.
- Dibelius, Ulrich. 1995. "Positions—Reactions—Confusions: The Second Wave of German Music After 1945." Contemporary Music Review 12:1, 13–24.
- Faltin, Peter. 1979. “Über den Verlust des Subjekts in der neuen Musik: Anmerkungen zum komponieren am Ausgang der 70er Jahre.” International Review of the Aesthetics and Sociology of Music 10, no. 2. (December): 181–98.
- Fisk, Josiah. 1994. "The New Simplicity: The Music of Górecki, Tavener and Pärt". Hudson Review 47, no. 3 (Fall): 394–412.
- Fox, Christopher. 2007. "Where the River Bends: The Cologne School in Retrospect". The Musical Times 148, no. 1901 (Winter): 27–42.
- Gruhn, Wilfried. 1981. "'Neue Einfachheit'? Zu Karlheinz Stockhausens Melodien des Tierkreis". Reflexionen uber Musik heute: Texte und Analysen, edited by Wilfried Gruhn, 185–202. Mainz, London, New York, and Tokyo: B. Schott's Söhne.
ISBN 3-7957-2648-4.
- Hentschel, Frank. 2006. "Wie neu war die 'Neue Einfachheit'?". Acta Musicologica 78, no. 1:111–31.
- Jakobsen, Erik H. A. 2001. "Gudmundsen-Holmgreen, Pelle". The New Grove Dictionary of Music and Musicians, second edition, edited by Stanley Sadie and John Tyrrell. London: Macmillan Publishers.
- Kapko-Foretić, Zdenka. 1980. "Kölnska škola avangarde". Zvuk: Jugoslavenska muzička revija, 1980 no. 2:50–55.
- Kolleritsch, Otto (ed.). 1981. Zur Neuen Einfachheit in der Musik. Studien zur Wertungsforschung 14. Vienna and Graz: Universal Edition (for the Institut für Wertungsforschung an der Hochschule für Musik und darstellende Kunst in Graz).
ISBN 3-7024-0153-9.
- Reimann, Aribert. 1979. "Salut für die junge Avantgarde." Neue Zeitschrift für Musik 140, no. 1:25.
- Reynolds, William H., and Thomas Michelsen. 2001. "Christiansen, Henning". The New Grove Dictionary of Music and Musicians, second edition, edited by Stanley Sadie and John Tyrrell. London: Macmillan Publishers.
- Rickards, Guy. 2002. "Christopher Fox: Straight Lines in Broken Times; Chant suspendu; Generic Compositions #3, #4, & #5; Inner. Andrew Keeling: Quickening the Dead; Unseen Shadows; In the Clear; One Flesh; Tjam; O Ignis Spiritus; Off the Beaten Track. George Nicholson: Spring Songs; Three Pieces from Mots justes; Nodus; Letters to the World. Geoffrey Poole: The Impersonal Touch; Septembral; String Quartet No. 3; Firefinch. Anthony Powers: Fast Colours; Double Sonata; In the Sunlight; Quintet; Another Part of the Island. David Stoll: Piano Quartet, Piano Sonata, Sonata for 2 Pianos, String Trio. 'Rush': Mackey: Feel so Baaad; Wesley-Smith: For Marimba and Tape; Glentworth: Blues for Gilbert; Instrall: Chasm, Relate; Horne: Rush; Hellawell: Let's Dance". Tempo, new series, no. 222 (October): 48–49+51–53.
- Schubert, Giselher. 2001. "Germany, Federal Republic of I: Art Music, §5: Since 1918". The New Grove Dictionary of Music and Musicians, second edition, edited by Stanley Sadie and John Tyrrell. London: Macmillan Publishers.
- Schweinitz, Wolfgang von. 1980. “Points of View” trans. Harriett Watts. Tempo new series, no. 132 (March): 12–14.
- Volans, Kevin. 1984. Summer Gardens: Conversations with Composers. Newer Music Edition.
ISBN 0-620-08530-5.. Includes interviews with various composers associated with the 'Cologne School'.
- Williams, Alastair. 2006. "Swaying with Schumann: Subjectivity and Tradition in Wolfgang Rihm's Fremde Szenen I–III and Related Scores". Music and Letters 87, no. 3:379–97.
外部リンク[編集]