たしかに、そこは町だった~広島平和公園の下に~<フジバラナイト FRI>
2016年8月12日(金) 27時20分~28時15分 の放送内容
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最終更新日:2016年8月6日(土) 10時35分
平和公園にかつてあった町「中島地区」の様子や人々の暮らしを描くとともに、原爆で失われたものの大きさや尊さに迫る。被爆者の高齢化が進む中“継承"についても考える。
番組内容
今年5月27日は広島にとって忘れられない1日となった。オバマ大統領が現職のアメリカ大統領として初めて被爆地・広島を訪問。その歴史的なスピーチの中で「ここには町があり、人々の暮らしがあった」と語り、想像することの大切さ、核兵器の悲惨さ、失われたものの尊さを訴えた。 現在の広島平和公園は原爆犠牲者への祈りと平和発信の場として世界中に知られているが、かつてこの場所に県内随一の繁華街があり、人々の生活があったことは、ほとんど知られていない。町の名は「中島地区」。当時、広島の人々に愛された町とはどんな町だったのだろうか…?原爆資料館では去年から地下の発掘調査が行われている。そこからは焦げたしゃもじや溶けた牛乳瓶など、当時の人々が生きた証が見つかっている。その発掘調査の様子を特別な思いで見つめる平野隆信さん(80)。平野さんの父は中島地区にあった実家で被爆死。平野さんは焼け跡にあったヤカンで父の遺骨を拾った。そんな形見のヤカンを手に話してくれたのは、中島地区で過ごした父との楽しい思い出、そして原爆が奪ったものの姿だった。 番組では、原爆で失われた「中島地区」で生まれ育った4人の被爆者の証言を通して、今の平和公園にかつてあった町の様子や人々の暮らしを描くとともに、原爆によって失われたものの大きさや尊さに迫る。そして、被爆者の高齢化が進む中、“継承"というこれからの課題についても考える。
出演者
- ナレーター
- 西田尚美(女優)
その他
- 属性情報?
-
- ジャンル
- ニュース/報道 - 特集・ドキュメント
人物情報
出典:日本タレント名鑑(VIPタイムズ社)(外部サイト)
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