今、その「ハオルシア」が盗まれる事件が全国で相次いでいます。愛好家の団体によると、被害は推定の時価で合わせて13億円に上るということです。警察が窃盗事件として捜査していますが、取材を進めると、事件前に現場で共通した不審な動きがあったことがわかってきました。
ハオルシアとは
「ハオルシア」は南アフリカが原産の多肉植物です。国内では、これまで一部の愛好家の中で見せ合ったり、売買されたりしてきました。
愛好家の団体によりますと、ハルオシアの評価は、肉厚の葉の部分の特徴で決まるということです。独特の形のほか、白く浮かび上がる線や模様、さらに、葉の透明度が高いと価値もより高くなります。美しい葉を作るには、1年に1度しかない開花の時期に花粉をとって交配を繰り返し、10年前後かけて育てなければなりません。このため、愛好家の間では、高値がつくこともあります。
一方、ここ2~3年は、中国をはじめタイや韓国など、アジアでも急激に人気が高まっています。日本で品種改良され、手間暇かけて育てられた作品が100万円単位で取り引きされることもあるということです。
価格も急騰 その背景は
和歌山市で園芸店を営む西雅基さんは、30年ほど前からハオルシアの取り引きを始めましたが、ここ数年、価格が驚くほど上がっていると感じています。
西さんによれば、2年ほど前に1株およそ30万円だったものが、今では150万円から200万円で譲ってほしいという外国人の客がいるということです。インターネットの販売でも海外からの注文が殺到し、供給が追いつかなくなって、今はネットでの販売は中止しています。
中国・上海でも店を営んでいる西さんは、特に中国人の購買意欲が旺盛になっているといいます。去年、上海でハオルシアのオークションを開いたところ、大勢の中国人客が詰めかけ、価格はどんどん上がり、日本で4万円程度で売っているハオルシアが、10倍の40万円で落札されました。
西さんは、観賞用としてではなく、転売が目的で買われていると見ていて、「栽培や観賞を楽しむものが、販売や利殖のために人気が異常になっている。怖いですし、こんな状態が続くわけがなく、早く終わってほしい」と話しています。
全国で盗難被害相次ぐ
人気が沸騰する中、今全国で盗難の被害が相次いでいます。去年8月には、静岡県富士宮市で、愛好家の男性のハウスからおよそ200株のハオルシアが盗まれました。
1株数十万円するものばかりで、被害にあった当日の防犯カメラの映像には男が次々と株を抜き取っていく様子が映っていました。
去年10月には、59歳の男性が埼玉県加須市のハウスから1600株を盗まれました。男性が育てていた株は、「玉扇」などという種類の品質の高いものがほとんどで、ハウスの壁の縦横50センチを切られて中に入られていました。
男性は「7年間かけて大切に育てた、ハオルシアの中でも、価値の高いものだけとられていて、頭が真っ白になった。毎週のように外国人が見学に訪れ写真を熱心に撮っていたので、その情報から目星を付けられたのではないか。愛好家は人に見せるのが一つの楽しみだが、知らない人に見せたことを悔やんでいる」と話していました。
日本ハオルシア協会のまとめによりますと、こうした被害は静岡県では合わせて3200株、埼玉県でも2900株、岡山県津山市でも540株が盗まれるなど、全国の1府5県で報告されていて、金額にすると推定の時価で合わせて13億円に上るということです。
警察は被害届を受けて捜査していて、このうち富士宮市の被害では防犯カメラの映像から、ことし4月、岡山市に住む中国人の男が窃盗の疑いで逮捕、起訴されました。男は裁判で事件への関与を否定し無罪を主張しています。
なぜ狙われるのか
盗難の被害が相次ぐハオルシア。別の愛好家の団体では、日本で独自の品種改良をしたものは品質が高いため、狙われているのではないかと見ています。
国際多肉植物協会の小林浩代表は「原種的なハオルシアは比較的地味だが、日本人特有の審美眼を生かして品種改良されたハオルシアは独特の形や模様があり、それに外国の人が目を付けて人気が爆発した。日本の愛好家はよいものは手元に置いておきたいと、譲ろうとしなかったり高値をつけたりしているので、狙われたのではないか」と話しています。
盗難被害の前に共通の不審な動きが
さらに取材を進めると、全国で起きている盗難には、いくつかの共通点があることがわかりました。
中国人だという人物が「作品を見学したい」と愛好家のハウスを訪れて見て回り、その数日後に被害のほとんどが起きていたといいます。
ことし1月に盗難の被害を受けた静岡市の男性の場合も、被害の数日前に中国人だという女性が現れ、「温室を見せてほしい」といってハオルシアを一つ一つ撮影していったといいます。盗難があったあと、女性が撮影したハオルシアの写真とほとんど同じ写真が、情報交換用のアプリに掲載され、中国語で「月曜なら出荷できます」「在庫を確認しています」などと書き込まれていました。
このため、女性に事実関係をただしましたが、「知らない」と関連を否定したということです。こうしたケースについて、被害者や愛好家の団体では、下見だったのではないかと考えています。警察は、中国の窃盗グループが関与している可能性もあると見て調べを進めています。
グローバル化の中で
ハオルシアはもともと、日本の愛好家の間で人気が広がり、みずから交配したものを鑑賞したり、愛好家どうしで作品を見せ合ったりして楽しむ「趣味の世界」のものでした。それが、海外での急激な人気の高まりで新たなビジネスへ発展したり、窃盗事件まで起きたりして、動揺する国内の愛好家は少なくありません。
趣味を楽しんでいた人たちが被害に遭い、自己防衛を余儀なくされている状況は、インターネットやスマートフォンの活用で、情報や物流のグローバル化が進んだことの一面だと、改めて気付かされた事件でした。
- 社会部ネットワーク
- 野田 綾 記者
- 静岡局
- 田村 佑輔 記者
- 岡山局
- 福田 陽平 記者