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310億円が宇宙に消えた歴史的背景

X線観測衛星喪失から考える組織文化と体制改革(その2)

2016年8月10日(水)

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 前回、宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)が、その前身の文部省・宇宙科学研究所(ISAS)の時代から、通称「宇宙研方式」という独自の計画管理手法を発達させてきたことを解説した。その上で、X線天文衛星「ひとみ」分解事故の背後には、ISASの工学系が弱体化したことにより宇宙研方式がうまく機能しなくなっていたこと、本質的に宇宙研方式が、ひとみのような大きな衛星を開発するのに向いていないことを指摘した。

今年3月28日に分解事故を起こしたX線天文衛星「ひとみ」(画像:JAXA)

 しかし、宇宙研方式には、単なる衛星・探査機の計画管理手法という以上の大きな意義があった。実は、宇宙研方式というプロジェクトマネジメントのやり方は、日本の技術開発と人材育成を根底から支えてきた。

 このため、ひとみの事故対策として、宇宙研方式を廃し、より厳密な方式に置き換えるだけでは、「技術開発と人材育成」を今後どうするのかという、一層やっかいな問題が発生する。

ISASで泣いてNASDAで売り上げを立てる技術開発

 ISASは、諸外国と比べるとずっと低コストで衛星・探査機を開発し、打ち上げ、成果を挙げることで世界的に有名だった。

 低コストの理由のひとつは、宇宙研方式の効率的な計画管理手法であることは間違いない。米国流の、山のように書類を積み上げるフェーズド・プロジェクト・プランニング(PPP、前回参照)に基づく計画管理では、書類の作成、オーソライズ、保管に多額のコストと時間がかかるのだ。

 が、それだけが低コストの理由ではなかった。JAXAになる前、1990年代から2000年代初頭にかけてISASを取材していると、「そこはメーカーに泣いてもらって」という言葉がぽろっと出ることがあった。赤字承知でメーカーに機器を発注し、それをメーカーも受けたというわけだ。しかし、営利企業が赤字で仕事をしていては、事業が立ち行かなくなる。

 この疑問をあるメーカーの事業部長クラスにぶつけたことがある。答えは「赤字でもISASの仕事は受ける価値がある」というものだった。

 ISASのロケットや衛星は、研究室のいわば“実験器具”である。ISASの宇宙工学系は、自分達が論文を書くために世界最先端レベルの技術研究に取り組み、開発し、打ち上げていた。そこに参加すれば、最先端の技術が手に入るというのだ。

 が、それだけでは赤字は解消出来ない。

 「ISASの研究に参加することで手に入れた技術を、宇宙開発事業団(NASDA)に持っていくと、売れるんですよ。このことを役所や政治は知らないでしょう。メーカーだけが知っている技術の流れです」

 これを聞いた時には本当にびっくりした。なぜなら建前上は、ISASは宇宙科学の研究所であり、NASDAは実利用のための技術開発を行う特殊法人だったからだ。裏で、「ISAS発、メーカー経由、NASDA行き」という研究開発の流れが、おそらくは自然発生的に出来上がっているのは、想像外だった。

 実際、ISASが日本ではじめて手を付けて、その後NASDAが展開し、実用化した宇宙技術はいくつもある。もっとも顕著な例が、液体水素を使うロケット技術だろう。

 我が国での、水素の燃焼を扱う技術については、第二次世界大戦前の海軍工廠での検討や、戦後の防衛庁での実験などがあったが、現在に続くルーツは1971年にISAS前身の東京大学・宇宙航空研究所が開始した水素液化の研究から。研究結果はメーカー経由で、科学技術庁・航空宇宙技術研究所(NAL)やNASDAに拡がり、やがて1986年初打ち上げのH-Iロケット第2段エンジン「LE-5」として結実した。その後、H-II/H-IIAロケット第1段エンジンの「LE-7/7A」、そして現在開発中の「H3」ロケットのための「LE-9」エンジンまでつながっている。

売り上げが立たねば、メーカーだって付き合いきれない

 ISASの工学系は、日本の宇宙技術の最初の種を宿す場所でもあったわけだ。
 そして種を苗に育てるにあたっては、「研究者もメーカー技術者も学生も分け隔てなく、一致して問題解決に取り組む」宇宙研方式の計画管理が大きな意味を持っていた。

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「310億円が宇宙に消えた歴史的背景」の著者

松浦 晋也

松浦 晋也(まつうら・しんや)

ノンフィクション作家

科学技術ジャーナリスト。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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