【世界から】仏でメールチェックしない権利

勤務時間外、来年実施

画像労働法改正案に対する反対運動(16年3月、パリ)画像労働法改正案に対する反対運動(16年3月、パリ)画像労働法典 フランスの労働モデルのイメージというと、週35時間労働、ワインを片手に2時間テラスで粘るランチタイム、金曜日の午後は誰も電話に出ないオフィス―だろうか。このような被雇用者の権利擁護に手厚い労働モデルが、経済停滞の主な要因と考えられるようになり、政府は今春、企業の裁量を大きくした労働法改正案を提案した。労働大臣の名前を冠した「エルコムリ労働法改正案」である。これに対し激しい反対運動が全国で起きたが、法案は7月21日、国民議会で強行採択され、来年1月から適用となる。労働時間が46時間まで延長可、工場閉鎖など深刻な理由がなくても発注数が減少するだけでリストラが可能になる競争力重視の新法だ。その中で一つだけ労使双方が賛成を示した項目がある。労働時間とプライベートな時間を明確に分ける「勤務時間外はメールチェックをしない」という権利だ。従業員50人以上の企業では、これに関する憲章を定めることになる。

 ▽1日平均5.6時間

 ではフランス人はこの権利にどう向き合うのだろう。コンピューター・ソフトウェア会社アドビシステムズが発表した2015年8月統計によると、管理職の人々がメールチェックに費やす平均時間は1日5.6時間に上る。

 今、フランスは夏のバカンス真っ盛りだが、一般的な長さの3週間連日の休暇ならば、5.6時間×21日=117時間余りのメールチェックが休暇明けに待っている計算。その処理に忙殺されることを恐れて、休暇中もメールチェックにいそしむ管理者は23%もいる。

 フランス最大手のテレビ局TF1が「メールから解放される権利、どう思う?」と題したルポ番組を放映した。「一刻も早く返事をしないと先方に失礼だと思うから、つい、家でもチェックしてしまう」「上司から『今朝のメール、見てないの?』と言われただけでビクッとする」との答えが目を引いた。

 ▽燃え尽き症候群も

 昨年9月、労働省の要請で、フランスの電気通信事業会社オランジュの人事ディレクター、ブリュノ・メトリング氏が「労働条件とデジタル化に関する報告書」を提出した。同書によると、「メールチェックに忙殺されることは非生産的。健康に害を与え、燃え尽き症候群に陥るリスクも高い」ということで、「労働者が自発的に勤務時間外にはメールをシャットアウトするように社員教育を」することが勧告されている。

 すでにこのような措置を実施している会社もある。フォルクスワーゲン・フランス社では平日の18時15分から翌朝7時まで業務用のスマートフォンは通じない。ミシュラン社では、週末と休暇中にメールチェックを頻繁にする社員は上司から注意を受ける。

 ▽メール禁止令

 面白いのは、フランス西部のロワール・アトランティック県サン・セバスチャン・ド・ロワール市役所の例だ。

 「不要なメールが多すぎる」と考えた市長(中道左派)が、仕事場の人間関係改善と効率アップのためのテストとして、590人の職員に、ある3日間メールを使用しないよう言い渡した。

 「おかげで効率よく仕事ができた」という人もいたが、職種によっては「電話が鳴りやまないし、じかに会いに来る人々に押し寄せられて、かえってヘトヘト」という人もいた。同市役所では、この経験をもとにして、来年から適用される「勤務時間外はメールチェックをしない権利」に関する憲章を定めるもようだ。

 ▽労働モデルのヒント

 今、フランス政府はイギリスのEU離脱でロンドンから撤退する各国企業誘致に必死だ。最大3万人の駐在員がパリに引っ越してくることが期待されており、雇用者税の引き下げ、子弟のために国際学級やビジネスマンのための英語クラスの増設、病院のスタッフにバイリンガルを増やすなどの措置がすでに検討されている。

 だがどうだろう、労働時間外にはメールチェックをしない権利が保障されるフランスに外国企業が進出することで、「パリ支店からのメールの返事は、いつも遅いなあ」というようなことになってしまうだろうか?それよりも、情報通信技術を使って在宅勤務するテレワークが広がる世界の中で、新たな労働モデルのヒントとなることを期待したい。(パリ在住ジャーナリスト、プラド夏樹=共同通信特約)

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