天皇陛下が生前退位の意向をにじませるお気持ちを表明された。超高齢社会への備えも怠ってきた。天皇制永続のための改革にも踏み込むべきときだ。
戦後の日本国憲法は、天皇を明治憲法下の「国家元首」「統治権の総攬(そうらん)者」から、「日本国、国民統合の象徴」へと大きく変えた。国政への権能はもたず、内閣の助言と承認のもとに国事行為を行う存在になった。それ故にこの日のお言葉でも、新しい象徴天皇としての望ましい在り方を模索し続けてきたことが語られた。
◆全身全霊の象徴の務め
天皇の務めとして何より大切なのは「国民の安寧と幸せを祈ること」と明かされ、皇后さまと共にした全国各地への旅も、国民との相互理解や国民と共にある自覚を育てる「天皇の象徴的行為」だったとも述べられている。
このほか両陛下の沖縄や広島・長崎、サイパン、南太平洋パラオなどへの戦没者慰霊の旅には三百万人を超える犠牲者を出した戦争への深い反省と平和への切実な願いがあるのだろう。陛下は外国訪問や賓客、各界の人々との面会など、象徴天皇の公的行為を積極的に受け入れ、広げられてきた。
しかし、宮中祭祀(さいし)に加え、昨年の公務は面会二百七十件、閣議決定書類などへの押印、署名千六十件、地方訪問は十五県四十市町に及び、過密過重。すでに八十二歳。二〇一二年二月には心臓の冠動脈バイパス手術なども受けられている。
それらを踏まえ、お言葉は「次第に進む身体の衰えを考慮する時、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが難しくなるのではないか」との率直な懸念表明と「象徴天皇の務めが途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」との強い希望表明の構成になっている。生前の退位と皇太子さまへの譲位のお気持ちは国民の理解と共感を得られたのではないか。
◆皇室の在り方を問題提起
ただ、皇室典範は天皇の生前退位を想定していない。お気持ちにそうには皇室典範改正や特別法、元号問題など多くの検討事項があり、早急に着手すべきだ。同時に天皇が国民に直接語りかける異例の形であえてお気持ちを表明した背景は、生前退位だけでなく、今後の天皇制や皇室の在り方についての問題提起とも考えるべきだろう。
もっとも、超高齢化社会到来や激変する時代と天皇制との関係などで政府がこれまで全く無策で、手をこまねいていたというわけではない。
小泉内閣時代の〇五年十一月には首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が、女性・女系天皇を容認する報告書をまとめ、改正案の国会提出寸前まで行った。野田内閣の一二年十月には女性宮家創設案などの論点整理が行われたが、〇六年九月の秋篠宮さまの長男悠仁さまの誕生などで法改正が見送られ、改正議論も沈静化してしまった。
もちろん天皇陛下の孫の世代では皇位継承資格者は悠仁さま一人という綱渡り状態が解消されたわけではなく、皇室や宮家の若き女性たちの結婚で、やがては皇族がいなくなってしまう「皇室の危機」が去ったわけではない。皇室典範論争の沈静化や論争の封印は法改正に断固反対する厳格保守派の存在で、そこに深刻、面倒な議論は避けるという関係者の無責任があったといえる。
厳格保守派は、男系男子の皇位継承を主張して、女性天皇・女系天皇を認めず、戦後皇籍離脱した十一宮家の復帰をも提言する。だが、男系男子の家系維持はたやすくはない。神武天皇以来今上の百二十五代天皇までの半数は皇后の嫡出以外の庶子。明治天皇も大正天皇も側室の生まれで、昭和天皇によって側室制度が廃止された現代での男系維持には無理がある。
旧宮家の皇族復帰といっても、天皇家とは六百年前に枝分かれした家系で臣籍降下からもすでに七十年、天皇一家のお気持ちを無視しての皇族復帰論は非情に過ぎないか。そもそも国民感情に合致するものだろうか。
日本の歴史には推古天皇はじめ八人十代の女性天皇が存在し、重要な役割を演じた。女性天皇はすでにあり、さらには女系天皇をも考慮していくことが、伝統を継承し、お言葉のいう「伝統を現代に生かす」「人々の期待に応える」ことになるのではないか。
◆男系、女系でなく一系こそ
万世一系の天皇家が千五百年、あるいは二千七百年にわたって統治者であり続けた歴史は世界に類がない。誇るべき内実は一系にあり、男系や女系ではないはずだ。
憲法は天皇の地位は国民の総意に基づくと定めている。天皇のお言葉にこたえ、国民の意思、意向を示し、声にすべきだ。
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