田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 もう10数年前のことになるが、『昭和恐慌の研究』(2004年、東洋経済新報社)の形になる共同研究を行った。この書籍は出版年度の日経・経済図書文化賞を受賞するなど一定の評価を得、今日でも増刷されて広く愛読されている。この本はいわゆるリフレ派(デフレを脱却して低インフレに移行することで経済を安定化させる政策を志向する集団)のマニフェスト的な位置にある。しばしば共同研究会の場で、エコノミストの故・岡田靖氏が、「中長期的には貨幣数量説が成立する。問題の核心は日本銀行の政策のあり方だ」という趣旨の発言をしていたことを思い出す。よくデフレ(物価の継続的下落)は貨幣的現象といわれるが、その特徴を明瞭に要約したものだといえる。『昭和恐慌の研究』はいわばその詳細な理論・歴史・実証の総括的な分析の本だった。

 岡田氏の要約のように、日本銀行がデフレを脱却し、低インフレにもっていくことにコミットすることがまずは重要だ。現実の政策手段では、現在の日本銀行のように2%のインフレ目標を採用することにある。
日本銀行本店(早坂洋祐撮影)
日本銀行本店(早坂洋祐撮影)
 それに加えて、中長期的に貨幣数量説が成立するような政策枠組みが必要になる。言い換えると「貨幣数量説が中長期的に成立することを市場が予想するような政策手段を考案する」ことがキーとなる。具体的にはなんだろうか?

 単純な貨幣数量説は、MV=PYという式で表現されることがある。Mは貨幣数量、Vは一定期間の取引回数(貨幣の流通速度)、Pは物価水準、Yは経済の取引量(GDPなど)である。PYは名目GDPとも解釈ができる。いまVをとりあえず一定とすれば、Mの増減はそのままPYや(Yを一定にすれば)Pの増減に対応する。物価はまさに貨幣的な現象となる。この関係が中長期的に成立することを、市場に存在するたいていの人が予想するような政策の枠組みが必要となる。岡田氏が研究会で話した発言はそう解釈できる。