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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第4章 花の谷の騒乱

18/196

第51~53話 騒乱の終わりと動き出す姉

本話は書籍化に伴う差し替え版になります。
ご了承ください。
 

 

 その時、変な話だが、一発で『夢』だとわかった。

 暗い森。
 日差しもほとんど届かない、うっそうとした森で……明らかに地球のものじゃない植物がそこら中に生えてる。

 これらには見覚えがある。だからわかった。

 この植生があるこの森は、僕が生まれ育った『樹海』だ、と。

 そして、今見てるこの景色は、多分……夢だ、と。

 もう結構前に、樹海からは出てきたはずなんだ。今更なんで目の前にこの景色が出てくるかっていったら、夢ぐらいのもんだろう。

 そして、
 もう1つ……僕の目の前に、違和感バリバリの光景が広がってる。

 それこそが、『ありえないだろこれ』ってことで、僕がこの状況を夢だと断定した材料。

 『……いや、夢にしてももうちょっといいチョイスあるだろ……』

 そこに立っているのは、2人の人物。
 それも、僕がよーく見覚えのある2人だ。

 1人は、僕。それも、今から少し昔……1、2年くらいの僕だと思う。

 そしてもう1人は……時間軸と場所と見事にマッチしてる、とでも評価すればいいんだろうか。母さんだった。もちろん、転生してからの。

 しかしもちろん、この人は僕の母さんであるからして、僕と母さんが一緒にいるのは、別に何にも不自然なことじゃない。
 夢の中なら、なおのこと。

 

 ……おかしいのは、どこかっていうと、

 そこに立ってる僕と母さんが2人とも、血まみれ&傷だらけの満身創痍で、肩で息をしてることだ。

 

 これじゃ、傍から見たらまるで……僕と母さんが血で血を洗う殺し合いを繰り広げた結果こうなったみたいな……

 

 「……どうせなら終わりまで見たかったようなそうでもないような」

 「起き抜けに何を言ってんのよあんたは」

 以上、
 悪夢……というか、意味不明夢にうなされて起き、早々にエルクから突っ込みを受けた僕でした。

 ちなみに、何で起きてすぐの所にエルクがいたのか、という質問は受け付けないのでよろしく。

 
 ☆☆☆

 
 「客が来てる?」

 「はい。女の方で……ミナト様の知り合いだと聞いておりますが?」

 朝、やや気分悪く起きて、エルク&アルバと一緒に食事を取りに階下に下りていったところ、宿屋の主人に呼び止められ、聞かされたのがそんな話。

 言葉通り、僕に女の子の客が来てるらしいんだけど……誰だろう?

 女の子の知り合いっていっても、シェリーさんはこの宿に泊まってるし……それ以外に知り合いって呼べるような人、いないけど……?

 するとエルクが、酔っ払って関係を持ったとか、そういう言いがかりつけて絡んでくる女もたまにいるから気をつけろ、って耳打ちしてくれた。うげ、そんなタチの悪いのもいるのか……さすがは異世界。色々無法地帯だ。

 その可能性を考え、やれやれ、と頭をかきながら、その女の人が待ってるっていうロビーへ向かう。

 そこにいたのは……ん?
 見覚えのあるような、無いような……何だかはっきりしない人だった。

 率直に言えば、かなりの美少女と言って差し支えない容姿だ。幼さの残るかわいらしい顔に、緑色だけど、エルクよりも薄く淡い色合いのそれは、肩にかかるくらいの長さ。
 上品な緑色のワンピースに身を包んで、胸には葉っぱのブローチ。同じデザインの葉っぱの髪飾りもつけてる。

 ちょっと恥ずかしそう……というか、困惑しているような顔のその娘は、もじもじした仕草も合わさって、かなりかわいい。

 ……隣にいるエルクから、割ときつい殺気のこもった目でにらまれるくらいには。

 えっと、ともかく……

 「あの~……どちら様? すいませんけど、ちょっと顔に見覚えが……」

 「えっ、あ、や……そうですよね、わからないですよね……」

 すると、一瞬ショックを受けたような顔になった後、何かを諦めたようにぽつりとつぶやく彼女。これも演技? やっぱり、エルクが言ってたパターンの?

 と、僕と彼女、そのどちらが口を再び開くより早く、横にいたエルクが、厳しい視線と共に、僕の前に出て彼女に問いかける。というか、畳み掛ける。

 「余計な前置きは要らないから、まず自己紹介から始めてくれないかしら? あんたはどこの誰? ミナトとどういう関係? 変なこと企んでたりしたら……承知しないわよ?」

 「べ、別に何も企んでなんて! 私はただ、その……あっ、そうだ、これなら……」

 すると、エルクに一気にまくし立てられてパニック気味だった彼女が、何を思ったか目をつぶった……その時、

 

 『こ、これならわかりますか? ミナトさん? エルクさん?』

 

 「「!!?」」

 ……あれ?
 これって……念話? しかも、この魔力の感じは……『ドライアド』の!?

 あ、いや、今のは御幣がある。
 ドライアドちゃんの念話を感知できるのは、エルクだけだ。多分、才能とかの問題で。あとは、盗聴アイテム使うザリーもだけど。

 僕が受信できる『念話』は、アルラウネのネールちゃんのものだけ。それも、けっこう近くにいるときだけだ。ドライアドの上位種であるアルラウネは、念話そのものが強力らしいから、才能がなくても何とかなるらしい。

 実際、この一件でのドライアド側からの連絡は、いつもネールちゃんの念話をエルクが受信するか、近くにいれば僕も受信する、って形でやって……って、待てよ?

 この念話を、僕に流してくるってことは、まさか、目の前にいる彼女は……

 いや、でもそんなはずは……だって、姿が、昨日は確かに……

 しかし、その心中を読み取ったかのように、目の前にいる彼女は深呼吸すると……まだ困惑中の僕とエルクの目を正面から見て、
 しかしわざわざ『念話』で、ズバリ言い切った。

 

 『信じてもらえないかもしれないですけど……私です! ネールなんです!』

 
 ☆☆☆

 
 僕の記憶にある、『アルラウネのネールちゃん』の姿は……赤い髪に赤い服の、中学入りたての女の子、って見た目。髪には、赤い花の髪飾りがあった。

 しかし、今目の前にいる『ネールちゃん』は……薄い緑色の髪に、同じ色のワンピース。髪飾りは葉っぱで、ブローチが追加されている。身長も、高校生ぐらいになってる。

 一晩で変わりすぎ、っていうか、そもそもネールちゃんだって信じられなかったんだけど……僕らのことや、彼女との間だけで話した、彼女しか知りえない話の内容、そして昨日の晩、僕がネールちゃんに『頼んだこと』と『やったこと』を、彼女は知ってて……

 あ、一応言っとくと、昨日僕が頼んだのは、別にやましいことじゃないからね、何も。詳しくは省くけど。

 ともかく、どうやらこの美少女は、正真正銘ネールちゃんのようだ。

 なんでも、寝て起きたらこうなってて、自分でも驚いてるらしい。何それ?

 どうしたらいいかわからないうちに、ドライアドちゃんたちも起きだして……しかし、彼女達はちょっとびっくりしただけで『ネールお姉ちゃんだー!』と普通に受け入れていたらしい。すごいな、それ。

 しかしやはり不安ではあるので、何でこうなったのか聞けないかという思いも胸に、信頼できる人間である僕とエルクに相談しに会いに来たんだとか。

 しかも、どうして僕らの宿の場所がわかったのか聞いたら、レーダーのごとく僕とエルクの魔力を感知して場所を特定できたらしい。
 この技能も、今朝急に出来るようになってたものだとか。重ね重ね、何だそれ?

 藁にもすがるような必死さで、それらを説明して僕らに『何かわかりませんか!?』って聞いてきてくれてるんだけど……ごめん、何もわからない。その変化(っていうかもはや変身)が何なのかも、どうしてそうなったのかも。

 しかしエルクは、そうなった原因はともかく、体の急激な変化に関しては、もしかしたらコレじゃないか、っていう知識を持っていた。

 精霊種やアンデッド種なんかの一部の魔物の中には、ごくまれに、ある一定の条件を満たすことによって、その上位の種族に『進化』するものがいるらしい。
 ドライアドがアルラウネになったりとか、そういう感じで。

 ネールちゃんは『アルラウネ』。精霊種だから、ひょっとしたら何かが原因でその『進化』ってやつが起こって、今の彼女は『アルラウネ』のさらに上位の種族なんじゃないか、ってエルクは仮説を立てる。

 ただし、しつこいようだが、理由はわからないままだ。そこに関しては、エルクも何も知らないらしい……っていうか、その『進化』のメカニズム自体、まだろくに解明されてないんだそうだ。

 と、エルクのプチ講義に僕とネールちゃんが「「ほぉ~」」と聞き入っていた……

 ……その時、

 

 「ミナトさん!? ミナトさんはいるかっ!?」

 

 ――ばたぁん、と、
 唐突に、乱暴に宿のドアが開けられて、男が1人、勢いよく飛び込んできた。

 見ると、自警団の制服だから、この町の自警団の人みたいだ。
 ここまで全力疾走してきたのか、肩で息してる。しかし、表情はそれ以上に余裕が無さそうな感じだ。何だ一体? 僕に何か用?

 そして、ちょうどロビーにいた僕(withエルク、アルバ、ネールちゃん)を見つけると、息を切らせたまま駆け寄ってきて、

 「ミナトさん、よかった、いてくれたか……頼む、一緒に来てくれ! できれば……そのフクロウ君と、シェリーの姐さんも一緒に!」

 「いや、ちょ……待って、落ち着いてくださいって。何かあったんですか? 何でシェリーさんも?」

 そして、なぜ呼び方が『姐さん』? ま、別にいいけど。

 「説明は後だ、とにかく頼む! 今、東の方の空から、魔物が……信じられねえ化け物がこっちに向かってきてるんだ!」

 「「「!?」」」

 そう利いた次の瞬間、
 肩に止まってるアルバが、ばっ、とものすごい勢いで振り向いた。その野生のセンサーに、何かを感知したかのように。

 それも気になって、急いで宿を出てみると、
 自警団がその姿を確認したっていう物見やぐらに行くまでもなく……もうすでに、その『化け物』の姿を、肉眼で確認できた。

 東の空から超高速で、真っ直ぐこの村に向かって飛んできているそれは、何と……

 

 「「「ドラゴン!?」」」

 

 RPGなんかでは、あまりにも有名すぎる……その魔物。その姿。

 漆黒の鱗に、コウモリのような翼。頭には角が生えてる、ってことくらいしか、この距離からじゃまだわからないけど……それでも、尋常じゃない迫力が伝わってくる。

 すでに、その姿を見た町の人達は、軽くパニックになりつつあった。

 その騒ぎを聞きつけて降りてきたシェリーさんとザリーも、遠目ながらその姿を見て驚いていた。

 「ね、ねえ、あれって……!?」

 「……いやあ、ちょっと洒落になってないね……。この町、呪われてるんじゃないの? こうもたて続けに、とんでもない魔物が襲ってくるとか……そしてミナト君、他力本願で悪いんだけど、あれ、どうにかなりそう?」

 「……いや、さすがにあんなのは見たこともないし、何とも……」

 距離と、今見える大きさからして……あれは大きさも相当なもんだと思われる。

 ろくな知識なくてもわかる。あんなのに襲われたら、この町とんでもないことになる。

 というか、防衛線はって戦うと仮定した場合、町の中に入られないようにしないといけないと思うんだけど、それ不可能だと思うし……っていうか、アレ相手に戦えるのか?
 どう見ても、ナーガとか鼻で笑えるレベルの戦闘力持ってそうだけど。

 そうなると、僕やシェリーさんでも戦えるかどうか……町の人達の安全を考えれば、いっせいに避難する以外に手は無さそうな……いや、それだって可能かどうか……

 ……と、僕らの間にもかなりヤバげな雰囲気が漂い始めた、次の瞬間、

 

 『あーあー、静粛に、『ミネット』の諸君。落ち着いてねー。大丈夫だよ、別にこいつは町を襲ったりしないから、安心して。体力のムダだから、慌てるのも逃げるのもやめな』

 

 「「「!?」」」

 いきなり、そんな念話が……いや、念話ってより、スピーカーであたり一帯に大音量で業務放送流したみたいに、声が響き渡った。ガツンと、頭の中に叩き込まれる感じで。

 その瞬間、パニックになりかけてた村の人達を含めた全員が、びくっとして動きを止めた。声も飲み込まれ、静寂が場を席巻する。

 恐怖とか戸惑いは全然消えてないんだけど、それを今の『無差別念話』が全部叩き落とした感じだ。音量以上に、なぜか有無を言わさずよく通った、威力のある声が。

 さっき以上にわけのわからない状況に、その場にいた全員がフリーズ中。僕含む。いや、今のホントに何だ!? まさか、あのドラゴンがしゃべったとか!? そんなことあるの!?

 ……いや、それに、今の声どこかで……

 と、色々な疑問に1つでも答えが出るより先に、上空から、ひゅうぅぅ……と、何かが落下してくるような音が聞こえた。

 そして次の瞬間、
 僕らの目の前……道の真ん中に、突如として空から人間が1人、舞い降りた。

 「「「!!?」」」

 「ふぅ、到着、と……いやいや諸君、ごめんね、驚かせちゃったみたいで」

 しゅたっ、とキレイに着地したその人物は……この状況に似つかわしくない、そんな軽口をさらりと言い放つと、その顔を僕らの方に向けて……

 その瞬間、ようやく僕らはその、今舞い降りた人が誰なのかを確認して……しかしやっぱり、むしろ余計に驚いた。

 何せ……

 

 「アイリーン……さん……!?」

 「やあミナト君、元気そうだね。怪我も治ったみたいで何よりだよ」

 

 神出鬼没の、生ける伝説だったのだから。

 
 ☆☆☆

 
 その数十秒後に町の広場に着陸した、あの黒いドラゴンは……アイリーンさんの乗り物だということが、本人の口から直接語られた。

 『デルタ』という名前らしいそいつは、アイリーンさんによると、ランクSの『ダークドラゴン』という魔物で……きちんとしつけられてるから、人を襲ったりはしない、安心していい、とのこと。

 今はその着陸した広場で、横になって翼を休めてるそうだ。

 そしてその主人はというと、町長さんに頼んで急遽、町の集会所の一室を貸してもらい……僕とエルク、シェリーさんとザリー、そして、一応当事者だってことで、元アルラウネのネールちゃんもそこに連れていった。アルバも一緒に。
 『ちょっと話があるから、来て』と、それだけ言って。

 今現在、僕ら5人と1羽は、町の集会所の1室にて、アイリーンさんと向かい合う形でソファに座っている。なお、何で呼び出されたのかは、まだ聞かされていない。

 そして、アイリーンさんの座る側には……もう1人、初めて見る男の人が座っている。

 この世界では珍しい黒い髪。顎にギリギリ届くくらいの長さ。
 顔つきは整っていて、イケメンと呼べる部類。そこに、メガネをかけてる。
 身長も高めで、170はありそうだ。コートのようにも、単に長い丈の上着のようにも見える……魔法使いか何かみたいに見える服を着て、ため息混じりにアイリーンさんに視線を飛ばしていた。

 「全く……今朝いきなりアポイントもなしにたずねてきたかと思えば、これから同行してほしいとは……あいも変わらずマイペースですね、アイリーン殿」

 「ごめんごめん、ウィル君。けど、ちょうど君、かかりきりになってた研究も終わって休暇の最中だって聞いたからさ、大丈夫かなと思って。一応、急ぎだったし」

 「休暇ということはつまり、ゆっくりと休んで疲れを取りたい時間だとご想像いただけると思うのですが……まあ、構いませんけどね? 魅力的なサンプルがあると聞きましたし、それに……」

 一拍、

 

 「……新しい弟にも会えるとあって、少し楽しみでしたしね」

 

 またしても、何の前触れもなく、なんだか知らないうちに、まだ見ぬ兄弟と邂逅したのだということを、その瞬間僕は悟った。

 「君がミナト君ですね? 初めまして。私はウィリアム・キッツ。キャドリーユ家十男。少々会話として形が変かもしれませんが……君の兄です。王都で生物学者をしています。よければ『ウィル』と呼んでください、皆そう呼びますから。よろしく」

 「あ、はい、えっと……ご丁寧にどうも」

 視線でも感じたのか、はたまたため息が聞こえたのか、目の前にいるメガネ男子は、僕の方に手を出して、握手を求めてきたので、応じつつこっちも自己紹介しておいた。

 生物学者であるらしい我が新たな兄・ウィリアムは、どうやら今朝突然アイリーンさんに家を訪ねてこられ、『ちょっと一緒に来て』と連れ出されて、王都とやらからここまで、あの龍に乗って連れて来られたらしい。

 ……アイリーンさん? やってることの唐突さとムチャクチャさ加減が、うちの母と変わらない気がしますが。

 「悪かったとは思うよ。けど、繰り返しになるけど本当に急ぎたくてね。今朝明け方、この町からの報告が早馬で届いたんだけど、その報告文に気になる点があってね。読んですぐ、デルタに乗って駆けつけたってわけさ」

 「……つまり、明け方に『ウォルカ』で手紙を読んで、そこから『王都』とやらまで飛んで、ウィル兄さんを連れ出して、そこからこの『花の谷』に来たんですね?」

 明け方に出発したって……今、まだ昼前なんですけど。

 ウォルカからここまで、馬車で片道数日かかったんだけど……それを、しかも途中で王都とやらに寄り道した上で、たったの数時間で飛来したのか。なんてデタラメな速さだ。

 「それだけ急ぎたかったんだよ。ってことで、早速本題に入らせてもらおうかな……ミナト君、エルクちゃん、ザリー君に……シェリーちゃんとネールちゃん、だったね。今回の一件と、戦った魔物について、なるべく詳しく聞かせてほしい」

 

 言われた通り、アイリーンさんには……今回の一件のことを事細かに話した。

 ドライアドとアルラウネの誘拐を狙って『北』が来て、そのために村長の娘さんを拉致して脅迫したり、僕とシェリーさんを同士討ちさせようとしたけど、失敗に終わったこと。

 その際使われた薬が、魔物たちが凶暴化して町を襲った理由だったこと。

 そんな中、森から植物怪獣――そいつの名が『トロピカルタイラント』だと、話した時にアイリーンさんに聞いた――が出てきて、そいつとも戦ったこと。

 そして、
 あの正体不明の、黒い恐竜人間のごとき魔物に出くわして、僕が1対1で戦ったこと。
 その戦いで、『奥の手』を使ってちょっと無理したけど、きっちりしとめたこと。

 ついでに、以前『樹海』でコイツと同じ、しかし体色が違う奴を見たことがある、ってとこまで話した。

 その際に回収した素材とかがあれば見せてほしい、と、横からウィル兄さんに言われたので、ザリーに頼んで、『トロピカルタイラント』が残した芋と、アンノウンの鱗と爪、それに牙を出した。

 するとウィル兄さんは、芋はちょっと見ただけで僕らに返すと、それよりもずっと少量の『アンノウン』の素材を手に取り、ルーペまで使ってじっくりと観察し始めた。

 時折、何かをメモ用らしい紙にさらさらと書きとめながら、見るからに入念に観察、というかむしろ『鑑定』していくその様子を……横からアイリーンさんが、笑みを浮かべつつも真剣な表情で見ていた。

 それを見て、なんとなくわかった。
 この2人がいきなり来たのは、あの『アンノウン』が理由なのか、と。

 たっぷり10分ほどもかけて、爪、牙、鱗を鑑定したウィル兄さんが、ふぅ、と息をついてその素材を置くと……アイリーンさんがすかさず『どう?』とたずねた。

 ウィル兄さんは、色々と書き留めていた紙(ざっとA4サイズ1枚分)を見ながら、

 「どうやら間違い無さそうですね。構造、魔力反応など調べてみましたが、大まかにですが、一致しています。ただ、色彩のほかにも密度や、魔力伝導性など、細部に色々と差が見られましたので、おそらく……」

 「……亜種、かい?」

 「はい。間違いないかと」

 「「「……?」」」

 何やら神妙な雰囲気で言葉を交わす、アイリーン団とウィル兄さん。
 そのまま少し考え込むと、

 「ミナト君、この素材だけど……全部、ボクに引き取らせてもらえないかな? もちろん、相応の対価で」

 「あー、やっぱりそう来ます?」

 正面から僕の目を見て、そう言ってきた。

 その顔には変わらず笑みが浮かんでるけども、眼差しはどこまでも真剣……を通り越して、飲まれてしまいそうな、ある種の圧迫感のような空気を醸し出していた。

 まるで、いや実際そうなのかもしれないが、承諾を前提とした『確認』であるかのような、そうさせんとしているかのような雰囲気だ。

 狙ってるのか、結果的にそうなってるのかはともかく、目線ひとつでこんなことができるとは……つくづくこの人はとんでもないんだな、と思う。

 まあ、この人がそこまで本気で言ってくるってことは、それ相応の事情があるんだろうし……それを承諾するのは、僕としてもやぶさかではない。回収したのはザリーだけど。

 そのザリーも……見ると、視線で『任せる』と言ってきた。
 情報屋としては興味深くはあるけども、さすがにギルドマスター直々の要求を突っぱねてまで手に入れたくは無い、と。

 それなら、問題ないか。でも……

 「それはまあ、アイリーンさんがそういうなら構いませんけど……その代わりってわけじゃないですけど、1つ聞いてもいいですか?」

 「何だい? まあ、予想つくけど」

 まあ、つくだろうね、この流れなら。

 「あのトカゲ、一体どういう魔物なんでしょうか? 誰も何も知らなかった上に、何もかもがとにかく異質で……。やっぱり、珍しい魔物なんですか?」

 あの後聞いて回ったけど、
 博識なエルクや、情報屋のザリー、ダークエルフとして独特の知識を持ってるシェリーさんに、アルラウネとして(今は多分違うけど)このあたりの生態には精通してるネールちゃん、その他、町や『北』の人達も、誰一人あいつの情報は持ってなかった。

 加えて、4年前にも体験した、あのとんでもない戦闘力。
 攻撃力、防御力、持久力に敏捷性……どれを取っても、今まで出会ってきた魔物たちの中に、比較できるような奴がいない(母さんのペット除いて)。

 自画自賛は好きじゃないんだけど、僕が本気で殴っても普通に殴り返してくるわ、人の技真似するくらいに知能高いわ……あの時間的には短い戦いの中で、何度驚いたか。

 知名度の低さから考えても、そうそう出会うような奴じゃないとは思うけど……やっぱり気になる。出来るものなら、情報は知っておきたい。

 そう話すと、アイリーンさんは少し考えた後、『まあいいか』とつぶやいて、口を開いた。

 「最初に言っておくと、あの魔物に関してはボクの方も知ってることは少ないよ? 数十年前からギルドでも存在が認知されて依頼、細々と目撃例が上がる程度の魔物だから」

 そう前置きをして、アイリーンさんの話は始まった。

 
 「その魔物の名は……『ディアボロス』。魔物の、全9系統に区分されるうちの最強区分……デルタと同じ『龍族』に区分される怪物だ」

 
 ☆☆☆

 
 『ディアボロス』。
 それが、僕が樹海で、そしてこの『花の谷』で戦った魔物の正体。

 龍のような風貌と人間のような骨格を持ち、長く強靭な尻尾が特徴。しかし、似たような特徴を持つトカゲ人間『リザードマン』などとは……別格どころじゃない存在。
 緑色の鱗で全身を覆われ、爪と角は血のように赤い。

 個体数は少ないようで、年間で数えるほどしか目撃情報が挙がらない。そのため、その生態がろくに判明していない。一定の縄張りを持たずに放浪しながら生きるという習性もそれに拍車をかけている。

 目撃されるようになったのは数十年前からだが、古代の文献や一部の遺跡の壁画などにその姿が描かれていたり、地中から化石が発掘されたなどという報告もあり……この種族が実際いつから存在していたのかは定かでは無い。

 アイリーンさんは、たった一度だけ、40年ほど前に出くわしたことがあったが……やはり相当強力だったそうだ。その際は、死骸を丸ごと一匹分回収し、ギルドなどの施設で研究したらしい。そしてその際の研究チームの筆頭が、ウィル兄さんだったそうだ。

 しかし、その時の状況から、さほど原型が残るほど加減する余裕がなかったらしく……死骸の保存状態はちょっとダメな感じで、やはりわかったことは少なかった、と。

 母さんが知らなかった理由もこれでわかった。やっぱり、相当珍しい……っていうか、ある意味『新しい』魔物だったんだ。

 そんな感じで、わかっていることが極端に少ない『ディアボロス』だが……今現在判明しているのは、3つ。

 脅威の身体能力や生命力、そこからくる尋常じゃない戦闘力を持っていること。

 人語を理解するほどに知能が高く、その学習能力は人間にも匹敵するものであること。

 そして、一定以上の年齢にまで成熟した個体は、どうもある種の『武士道精神』のようなものを備えるらしく……極端な空腹時などの例外を除き、自分と戦おうとするもの以外を殺傷することは無い、ということだ。

 今まで上がった目撃情報のうち、アイリーンさんや僕などの、戦ってなお生き残ったという『例外』以外は全て……目撃したのが子供や老人といった非力な存在であったため、相手にされずに生還できたことによるもの。

 それ以外の、冒険者や傭兵など……立ち向かった者達は、戦うなら容赦しないとばかりに片っ端から薙ぎ倒され、切り刻まれ、殺されている……と『思われる』。

 何せ、被害者の『それっぽい』死体しか見つからないので、周辺での目撃情報と照らし合わせて推測しての結論しか出せないから、断定が出来ないのだ。

 ……とまあ、このくらいしか、『ディアボロス』に関してわかっていることはない。

 そしてアイリーンさんからは、今の情報に加えて、若干とんでもない……というか、恐ろしいと言っていい部類に入る話を、さらに3つ聞かされた。

 1つ目は、今まで目撃された『ディアボロス』は全て鱗が緑色であり、僕が戦った黒い『ディアボロス』は、より強力な力を持つ『亜種』である可能性が高いという事。

 で、2つ目が、

 「さてミナト君、君が戦った、その、体長2m弱の『ディアボロス』だけど、そいつ多分……まだ『子供』だ」

 「「「……は!?」」」

 ……こ・ど・も?

 子供? Child? ガキ? ショタ?(違)

 え、何、あいつも4年前の奴も、成体じゃなかったってこと!? あの強さで!?

 「ああ。各所で目撃されたり、僕が戦った『ディアボロス』は……大体、身長3~4mの個体がほとんどだからね。2mなら多分、まだ成長途中のやつだと思うよ」

 「……え~……」

 あんなに強かったのに? いや、冗談抜きで割とやばかったんですけど……。
 使った後は早かったとはいえ、切り札の『ダークジョーカー』まで使ったんだけど……なんか、自信なくすなあ……。

 「いやいや、そんな風に考えることはないさ。『ディアボロス』って言ったら、ギルド他の見立てでは、危険度はSランク以上。子供でも相当なもんだろう……それをしかも、より強力な『亜種』を相手に戦えたんだから、十分立派だよ、ミナト君」

 「「「S!?」」」

 「ああ。ざっと……どう思う、ウィル君?」

 「そうですね、未成熟な点と、亜種であることによる細胞活動の活性を考慮して、おそらく実力は……Sに近いAAA、といったところでは?」

 「「「AAA!?」」」

 「十分に成熟した個体なら……SSかそれ以上にもなるかもしれませんね」

 「「「SS!?」」」

 さっきからとんでもない情報が多すぎて困る今日この頃。

 まさか、ランクSだのSSだの……そんな次元の奴だったとは。

 相手が『子供』で助かった、って考えるべきなのか……もし成体と、しかも『亜種』のそんなのと戦ってたら、最大出力の『ダークジョーカー』でも死んでたかも。

 そんな感じでちょっと戦慄してる僕らに、アイリーンさんがトドメの一言をぶつけようとしていた。

 「それとミナト君、話を聞いてて気になったんだけど、君、谷に転落した『ディアボロス』の死亡をきちんと確認してはいないんだよね?」

 「え? あ、はい……その後すぐ戻ったんで……」

 「そうか。……さて、果たしてそのまま、ホントに死んだかどうか……」

 「「「え?」」」

 ……なんですと?

 「『ディアボロス』の生命力は尋常じゃなくてね……ホントに、ちょっとやそっとじゃ死なないんだよ。加えて、再生能力は爬虫類型のそれを踏襲してるから、回復も早い」

 「確か、アイリーン殿の戦った個体は、腰から下を魔法で消し飛ばされたにも関わらず、変わらぬ烈昂の勢いで向かってきたと聞いていますね」

 「ああ。その後片腕斬り落として、残る胴体は、きっちり内臓ごと貫いて魔力の槍で地面に縫いつけたんだけど、それでも死ななくてね……しかも今度は、口から衝撃波つきの超大声出して周りの一般人ごと攻撃してきたから、やむなく頭潰したらようやく黙ったよ」

 ……何それ。ゾンビ映画の真っ青のスプラッタで戦闘継続って。

 どうしよう、内蔵潰して骨砕いたくらいじゃ、全然安心できないじゃん。

 恐る恐る聞いたら、

 「そう、ですね……何ぶん、前例もデータもないので、推測もしづらいのですが……私の見解では、心臓が潰れていなければ、おそらく骨や内臓ぐらいは再生できるかと……」

 「その谷がどれくらいの深さなのかは知らないけど、大怪我してたとはいえ、落下くらいで死ぬかどうか……もし下が川とかで水でもあれば、余裕でセーフになる連中だし」

 それつまり、全然安心できないってことですよね? またあいつがここに来るかもしれない、ってことですよね?

 ちょっとちょっと……マジですか……!?

 思いもかけない事実(まだ可能性だけど)に、その場にいたメンバーが息を呑む。この『花の谷』の騒乱、ひょっとしたらこの先も続くかもしれない……だと……!?

 ……と思ったらアイリーンさんが、

 「あ、多分それは無いと思うから、安心して」

 とのこと。え、何で?

 そう聞くと、『ディアボロス』には過去に2例ほど、戦って倒したものの、命は奪わずにそのまま逃がしたという前例があるらしいのだが……

 その2例とも、潔く、とでも言えばいいのか、倒したディアボロスは、その戦った場所から人1人襲わずに去ったらしい。
 まるで、決闘に敗れた武士が、相手の力を認めて領地を空け渡すように。

 さらには、それと似たような事例の記述が、太古のの古文書の中にも何箇所か見つかっており……さっき話された、ある種の『武士道精神』との関連が疑われている。

 だから、多分、もうこの町どころか、ドライアド達の森にすら舞い戻ってくることはないだろう、というのがアイリーンさんの見立てだった。

 「まあ、一応警戒はするよ。事後調査も兼ねて、王都とギルドから人員を派遣するつもりだから……しばらくの間は彼らにこの町や周辺の警備をさせればいい。いずれにしても、状況を聞く限り、君の行動に別に落ち度は無いさ。確認のしようもなかっただろうしね。安心していいし、自分を責める必要もない」

 「はあ……」

 「……っていっても無理だろうから、まあ存分に考えて自分で結論出しな」

 「はあ!?」

 「いやあ、いちいち面白いね、君の反応は」

 「……アイリーン殿、弟は割と真剣に悩んでいるようですので、そのへんで……」

 ……もう、何から悩めばいいのやら。

 割と大変な話をしているはずなのに、空気がシリアスにならないうちに――もしかしたら、狙ってそうしてくれた可能性もあるけど――そのまま、アイリーンさんと僕らの面談は終わってしまった。

 去り際にアイリーンさんから『依頼、最後まできちんと頑張ってね』との激励までもらって。それだけいうと、アイリーンさんはウィル兄さんを連れて、ダークドラゴンのデルタに乗ってあっという間に飛び去った。

 やれやれ……色々と衝撃の事実が発覚したな、この1時間弱で……。
 どうやら、冒険者として……まだまだ僕は未熟で、先は長そうだ。

 これからも色々あるんだろうな……もっと気合入れていかないと。

 

 ちなみに、
 アイリーンさんとウィル兄さんに、ネールちゃんの『進化』について聞いたところ……アイリーンさんがその正体を知っていた。

 植物精霊の上位種族。『アルラウネ』の1つ上。
 その名も『フェスペリデス』。一応、ランクにしてAA相当の存在。

 まあ、まだ進化したてで力を使いこなせそうにはないとはいえ、ネールちゃん、一気に大出世だな……ホント、何がこんな結果を招いたのやら。

 
 ☆☆☆

 
 アイリーンさんの突然の訪問の翌日。

 予定を少々遅らせたけども、マルラスの商隊はようやく『花の谷』を離れ、仕入れたいっぱいの花と共に『ウォルカ』を目指して出発した。護衛である、僕らと共に。

 町の人達に感謝されながら見送られ、そしてドライアドちゃんたちにもひそかに見送られつつ、『花の谷』を後にした僕らは……馬車馬に足を任せた、時々盗賊や魔物が襲ってくる程度の、とても平和な旅路を満喫していた。

 あ、ちなみに今のセリフに、何も言語的な用法ミスなんかは存在しないのでよろしく。僕の心からの本音です。

 そんな、帰還途中のある日のこと。

 ぽかぽかと春の(ような)陽気に包まれながら、だが何もすることがなくて暇なので、馬車の幌の上で日向ぼっこしていると、馬車からシェリーさんが出てきて、『ん♪』と酒瓶とコップを差し出してきた。ああ、付き合えと?

 まあ、いいけど。ちょうど小腹もすいてたし。

 コップを受け取り、酒を注いでもらって、味わいつつゆったりと飲む。
 同時に、いいおつまみがあるのを思い出したので、バッグの中からネールちゃんに貰ったドライフルーツを出して、シェリーさんにおすそ分けしつつ食べた。

 「何もなくて暇よねー……盗賊も出ないし、魔物も襲ってこないし」

 「いやぁ、結構じゃないですか、暇。平和サイコー」

 『谷』ではあんだけ大変な戦いに巻き込まれたってのに、また刺激が足りないとかぼやいてるシェリーさんに若干呆れつつ、酒をおかわり。

 この酒は『谷』で作ってる銘柄で、ウイスキーとかみたいなキツい感じじゃなく、カクテルみたいなフルーティーで甘い味だ。酒っていうよりジュースに近い感じだから、キツい酒が好きな人達には不評らしいけど、僕は結構好きである。

 そのまま、世間話なんかしつつ、ゆったりと時が流れていく。

 するとそんな会話の中で、ふと思いついたように、シェリーさんが聞いてきた。

 「ねえ、ミナト君ってさ、何で冒険者になったの? ミナト君、あんまり欲とか無さそうだし、荒事も嫌いみたいだし……冒険者志した理由がどうしてもわかんないんだけど」

 「あー……それは確かに……」

 エルクにも言われたな、前に。『冒険者っぽくない』って。

 しかし、『何で』、か。

 何でって聞かれると……うーん、答えづらいっていうか、答えがない気がするな。
 何せ、母さんから勧められて、面白そうだったからやろうと思っただけだし……何か理由があって志した、ってわけじゃないな、そういえば。

 まあ後付けするなら、普通の仕事よりも自由だし、楽だし、企業とか軍隊とかで平からひいこらいやってくよりは気楽でいいと思ったから、とも言えるかな? 実際僕、興味があること以外は面倒くさがりで、好きにやって生きていきたいタイプだし。

 とりあえず、そんな感じの無難な答えで返しておくと、シェリーさんは今度は、自分が冒険者になった理由を話してくれた。

 といっても、正直予想はついた。
 彼女のこの性格だから……多分、もっと強い奴と戦いたいとか、自由に生きてみたいとか、そういう奔放かつ戦闘狂な理由だろうな、と。

 そして実際に聞いてみると、予想はおおむね当たってたんだけど……それに加えて、彼女のお家事情みたいなのも絡んでいたということを聞かされた。

 

 シェリーさんやその一族は、山奥にあって外界との交流を極力絶った、いわゆる『隠れ里』みたいな所で暮らしていたらしい。独自の文化と風習を大切にして。

 その隠れ里には、なんだか古風と言うか古臭い『掟』なるものがあり、里に暮らす者たちには、生まれた瞬間から、色々と厳しい制約が課せられていた。

 その1つであり、もっとも基本的な掟が、外界との交流の断絶。

 外から里に入ることも、逆に里の者が外に出て行くことも禁じられていた。里に生まれた者は、一生をその里の中と、その周辺の山だけで過ごすそうだ。獣の狩猟や山菜・果実の採集を行い、自給自足に近い形で生活をしていたという。

 その立地条件のよさなんかから、周辺の部族から公益の使者が来たりしたが、例外なく門前払い。時には戦いになったりすることもあったらしいが、頑なに掟は守られ続けた。

 しかし、当事からバトルマニアの気があり、そもそも根っこの性格が自由奔放だったシェリーさんは、次第にそんな環境に反発を覚えていき、外の世界に旅立ちたいと主張しては、里の他の人達と衝突することが多くなった。

 そしてある日、とうとう我慢の限界に達した彼女は、掟を破って外の世界に飛び出した。

 当然それに気付いた里の者達は、力ずくででも止めようとしたが、里でも最強クラスの実力を誇っていたシェリーさんは包囲網を力技で突破し、見事出奔を成功させた。

 そして、夢にまで見た外の世界で、苦難もありつつも、冒険者としての自由な毎日を送り始めて……現在に至るんだそうだ。

 

 「あるんですねー……そういう古臭い、ムダに重たい風習律儀に守ってる村」

 「でしょー? そう思うでしょ? 里の連中ってば、本ッ当に頭固くて、正直やってらんなかったのよね。村の外への外出は許可制、ケンカも禁止、挙句の果てに結婚相手まで家で決められたくないっての。つくづく飛び出してきてよかったと思ってるわ」

 ケンカ云々はまあともかくとしても、確かにシェリーさんが反発しそうな内容の掟ばっかりだな。そりゃ我慢できなくもなるだろう。

 実際、僕でもそういうのを押し付けられるのは不快だ。そういう、いかにも正しいかのように飾りつけられた、結局は勝手な『価値観』でしかないそれを。

 前に、シェリーさんとの演技の戦いで言った『価値観を押し付けられるのが嫌い』っていうアレ、アレ自体は別に演技じゃなくて、本心だから。

 「まあ、噂でしか聞いたことなかったんですけど、ホントなんですね。エルフとかって、選民意識が強かったりで、他の種族と隔絶して暮らしてることが多いって。ダークエルフもそうなんですか?」

 「あーまあ、一部ね。けど私のは、それとちょっと違うっていうか、特殊っていうか……むしろ、『ダークエルフ』は本来、エルフとかよりよっぽど奔放な種族なんだけどね」

 「え、そうなんですか?」

 聞くと、『ウォルカ』とかこのあたりには少ないけど、もっと大陸の北の方とかに行くと、ダークエルフの冒険者とか、商人とかも、多くは無いけどちらほら見られるらしい。けっして、そこまで珍しい種族じゃないという。

 あれ? じゃあ、シェリーさんの村が特別っていうか、特殊なのかな? その村に住むダークエルフの間にだけ、古臭い掟があるっていう……

 「……あーごめん、実は私、本当はダークエルフじゃないのよね」

 「え? そうなんですか?」

 「うん……本当は『ネガエルフ』。聞いたことない?」

 唐突なカミングアウト。彼女は本当は『ネガエルフ』という種族であるという。

 『ネガエルフ』は、簡単に言えば、『ダークエルフ』のさらに上位の種族。『エルフ』にとっての上位種『ハイエルフ』のようなもの。

 一般的に、『エルフ』が光なら『ダークエルフ』は影、といった具合に表裏一体の表現がなされているけども、その理屈で説明すると、『ネガエルフ』はそんな感じで『ハイエルフ』と対になる種族だそうだ。つまり、相当強力なエルフ系種族だと。

 そして、『ダークエルフ』が奔放なことに対しての反発なのかわからないが、『ハイエルフ』以上かもしれないというその選民意識は、この世界でも有数のもので、それゆえに隠れ里を作って外界から隔絶し、厳しい『掟』を定めて暮らしているんだそうだ。

 しかし、その種族に生まれながらも、自由を求めたシェリーさんは、さっきも言った通り出奔し、種族を『ダークエルフ』と偽って冒険者をしているらしい。

 もっとも、『ネガエルフ』っていう種族自体知名度低いし、広義には『ネガエルフ』と『ダークエルフ』はさして違いのない種族だから、あながち嘘でもないらしいけど。

 「でも、何でいきなりそれを僕に? よかったんですか話して、秘密なんでしょ?」

 「いいのいいの。ミナト君、それ知ったからって態度変えそうでもなかったし、周りに言いふらしたりもしないでしょ?」

 「まあ、そりゃしませんけど」

 「じゃあいいじゃない。私が問題ない、って判断したんだもの。そもそも、これから冒険者仲間として付き合っていく仲間相手に隠し事とかしたくないしね」

 「はあ……ん? 『これから』?」

 「えー、だめ? 私達、結構相性いいと思うんだけど……冒険者としてさ、お互い協力しつつ、切磋琢磨していけると思わない?」

 シェリーさん、返答が予想外だったのか、ちょっと不満そうな顔に。

 あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……ほら、あまりに話がいきなりだったもんだから。
 突然そんな風なこと言われるなんて、思ってなかったし。

 けっこう密度の濃い事件に巻き込まれたのはともかくとして、あくまで一回一緒に依頼こなした程度の関係では?

 「何言ってんの、だからこそじゃない。冒険者の出会いは一期一会、ちょっとでも気になる人に出会えたなら、積極的に声をかけないとダメってもんでしょ! 特に今回みたいに、これだと思う人が目の前にいるのに誘わない理由がある? いや、ない!」

 ぐっと拳を握って掲げ、逆接で強調するシェリーさん、なんか熱い。

 その熱さにちょっと僕が気圧されてる所に、ずずいっ、前に出てきて、僕の顔を覗き込みながら言ってくるシェリーさん。近い近い、顔近い。

 思わずのけぞってしまった僕にニヤリと笑みを返すと、そのままの姿勢で、

 「っていうかぶっちゃけ、この先、ミナト君以上によさそうな相手と巡り会えるとも思えないのよねー。スケベな目で見てくるくせに、器や実力が伴ってなかったり、大層なこと言うのはいいけど、発想や心情がお子ちゃまだったり……今までそんなんばっかだったもの。ルックス・中身・実力、三拍子そろってる優良株って、ホント中々いないのよ」

 「いや、それにしたって……冒険者が仲間を選ぶ時って、エルクも言ってましたけど、もっと慎重になるもんじゃないですか? ましてや、シェリーさんみたいに、隠し事っていうか、身の上に事情があるような人は」

 さっき言ってたけど、『ネガエルフ』ってすごく珍しい種族で、それを知られるといろいろ厄介ごととかも降りかかってきかねないみたいだし。人攫いとか。

 まあ、彼女の実力なら、奴隷商人とかに襲われたところで返り討ちだろうけど。

 「それに関してはむしろ微塵も心配してないわ。谷での共同戦線や、演技や訓練とはいえ実際に戦ってみて、あなたの人となりはわかってるから」

 「いや、戦っただけでわかるもんじゃないでしょ、人となりなんて……」

 「わかる人もいるのよ、そういうのの感じ取り方なんて人それぞれだもの。私の場合は、戦場での戦いが一番手っ取り早い相互理解」

 なんちゅう物騒な……分かり合うためにあなたといちいち戦ってたら、興味もたれた人はたまったもんじゃないでしょうに。

 戦いなんて、大多数の人にとっては『分かり合えないがゆえの結果』だと思うし。

 「もちろんそれはわかってるわよ。私だって、自分が特別変わり者だっていう自覚あるし。けどそれなら……ミナト君の『相互理解』はどんな感じなの?」

 「え、僕?」

 「ええ。人それぞれって言うなら、君の基準で私を測ってくれればいいわ。最初に模擬戦を申し込んだのは私の方からなんだし、喜んでつきあうわよ? 一緒に依頼でも受ける? それとも喫茶店でおしゃべり? 食べ歩き? それとも……ベッドの上とか?」

 「あのね……」

 『ずずいっ』の体勢のままで、しかもにやりと笑ってそういうこと言うもんだから、ちょっとドキッとしたけど……戸惑うより先に、ふと、僕の頭に疑問がよぎる。

 そういや僕……そういう基準とか価値観みたいなの、持ってないかも……?

 誰かの人となりを見定める時に、何を基準にして考えて、どんな感じなら信用できるとかできないとか……そういうの特にないままに、今までやってきたな。
 正直言って、考えたことも無かった。

 シェリーさんみたいに、自分の好きなことを通して理解しあうにしても、そもそも僕、そういう趣味みたいなの持ってないし……

 強いて言えば……新しいオリジナル魔法の研究? いや、そんなのについて語り合った所で地味なだけだし、勉強が好きなわけじゃないんだから。

 ちょっと間の抜けた表情になってるであろう僕の顔色から、僕の脳内で何が起こってるのか大体把握したらしいシェリーさんは、『あ、なるほど』とでも言いたげな顔で、『ずずいっ』の体勢から引っ込んだ。

 「ふーん、なるほど……でもならミナト君、エルクちゃんの時はどうだったの? 随分と信頼してるみたいだけど、どうして信頼するようになったの?」

 「エルクの時ですか? ああ、確か……」

 ああ、エルクね……あれはでも、何かきっかけがあったとかじゃないしなあ。

 むしろ、出会いとしては悪印象になりかねない展開で始まって……その後、色々とあった後に、何度かエルクの本当の本音や、心根の潔さなんかに触れる機会が多かったから、その過程でお互いに分かり合えた感じ。

 だとするとやっぱり、僕に基準は無いのか。エルクとのやり取りの中で、どこで真情が変化したとか、エルクを心のそこから信頼するようになったとか、そういう明確な分岐点みたいなのなかったしなあ。

 「……成り行き?」

 「あらま……またあいまいというか、なんというか」

 一瞬『晩御飯何がいい?』って夫に聞いたら『何でもいい』って返された結婚3年目の妻みたいな顔になったシェリーさんだけども、その次の一瞬で気を取り直して、

 「だったら、今からでも見つけてみれば? この際だし、私それに協力しちゃうけど。何でも言ってみて? 何なら、ホントにベッドに連れ込んでもらってもいいけど」

 「いや、だからちょっと、何言ってるんですか?」

 「お、もしかして興味アリ~? いいのよ~遠慮しなくて、男と女なんて、そうやって下手に遠慮とかしない方が分かりあえる部分もあるしね~♪ どうする、ん? まあ別に、これから一緒にいる中で考えてくれればいいか、チャンスはいくらでもあるでしょうし」

 「いや、だから……って、いつの間にか一緒にやっていくこと前提になってる気が」

 「あ、ばれた? うふふっ」

 

 「鼻の下伸ばしてるところに悪いんだけど、ちょっといいかしら」

 

 「おわ!?」

 「あら、エルクちゃん」

 突然の声。
 その方向を見ると、馬車の屋根に今正に登ってきたエルクが、そのメガネの向こうから、いつもながらキュートなジト目を送ってきていた。

 なんでか、僕とシェリーさんに交互に視線が向けられているような。

 「どうかした? ひょっとして混ざりたい? これから結構過激なトークになる予定なんだけど……」

 「なりません」

 「えー、ミナト君つれなーい」

 「別に混ざりたくもないから安心してちょうだい。ミナト、先行して偵察に出てたザリーから伝言よ。ちょっと来てって」

 「? 何かあったの?」

 「魔物とかじゃないんだけど、落石で道がふさがってるらしいのよ。魔法使い系の冒険者を集めて魔法で破壊する手が提案されたらしいんだけど、その衝撃でまた崩れたりしたら危ないからって、ザリーが別な提案して……」

 「……僕なら1人で、手作業ですぐ片付けられるとか言ってた?」

 「みたい」

 「……OK、わかった、行ってくる」

 やれやれ、人をブルドーザー代わりにしなさんな、あんにゃろう。
 まあ、やるけどさ。 わざわざ時間かけさせることもないし。

 
 ☆☆☆

 
 「……ふふっ」

 「……何よ、その何か言いたそうな目は?」

 ミナトを見送ったエルクに注がれる、意味ありげな笑みを浮かべるシェリーの視線。擬音をつけるなら、『ニヤニヤ』とでもつけられそうなそれだ。

 それに気付いたエルクが、こちらは毎度ミナトを笑顔にさせる(本人は不本意)ジト目で睨み返す。

 「別に~? ただ、苦労しそうだな~……と思って」

 「苦労? まあ、あの気分屋と一緒にいるのは確かに疲れるけど……」

 「そうじゃなくて、私が」

 「?」

 「うーん……なんて言うのかしら? 姑との不仲を心配するお嫁さんの気持ちがわかる……みたいな?」

 「……どういう意味よ、それ?」

 ぴくっ、と、
 何かに気付いたように、エルクは眉毛を動かし、『ジト目』を少しだけ鋭くして、

 しかしそれほど過敏に反応するでもなく、静かにシェリーに問いかけた。

 そのシェリーの方もまた、何やらそのエルクの反応は予想外なものがあったらしく、少し意外そうな表情を浮かべていた。

 「あら? その目は聞かなくても答えがわかってる目じゃない? ふーん……なんだ、エルクちゃんもけっこう隙なさそうな感じなのかしら? 一緒にいる影響?」

 「質問に質問で返されるのは好きじゃないんだけど?」

 「あら、そう? じゃ遠慮なく言うけど……私、ミナト君の愛人になってもいい?」

 「あいゴホッ!?」

 聴いた瞬間、それまでのぴりぴりとしたシリアスな雰囲気とは180度違う慌て方でむせるエルク。すっ転ばなかっただけ上出来かもしれないが。

 その反応にまたしても、今度は少し大きく――今のエルクのリアクションに比較すればちょうどいいレベルかもしれないが――ぎょっとした感じの驚きを見せるシェリー。

 「……あら? てっきり予想ついてたもんだと思ったんだけど……?」

 「なっ、だっ……あっ!? で、出来るわけないでしょそんな予想!? わ、私はてっきりその、冒険者としてミナトと組みたいとか、そのために実力不足の私が邪魔だから手を切れとか言い出すんだとばっかり……」

 「いやいやいや……そんなこと言わないって別に。私、エルクちゃんのこと嫌いじゃないし。それに……そこまで足手まといだとも思ってないわよ? 私の方こそ、エルクちゃんてっきり『私とミナトの間に入ってこないでよこの泥棒猫!!』とか言うもんだと……」

 「誰が言うかぁっ!? わ、私とミナトはそんな、そのっ! えっと……あの、アレだけどアレじゃなくて、その、あれっていうかアレなんだから違うわよっ!」

 「ごめんエルクちゃん、何一つわかんなかった」

 人間の顔色としては見るのが初めてなほどに、エルクの顔は赤く染まっており……慌てるその姿を『あ、かわいい』と感じてしまう思いを、シェリーは禁じえなかった。

 もっとも、言葉に内容がなかったとしても、その慌てっぷりは、シェリーが知りたかったことを言葉以上にわかりやすく語ってくれたようなものだったが。

 十数秒待って、ようやくろれつが回るようになってきたエルクは、無理矢理心を落ち着かせてシルクに聞き返した。

 「じ、じゃああんた、その……ミナトとそういう付き合いをしたいって考えてるわけ?」

 「もちろん、冒険者としても一緒に活動したいとは思ってるわよ? 彼、すごく強いし、まじめで誠実だし。でも、それはエルクちゃんとも一緒がいいなとは思ってるし……彼を独占しようとも思ってないわ。でも……」

 そこでわざと思わせぶりに一拍置くシェリー。にたっとした笑みを浮かべてわざと見せ付けるのも忘れない。

 「男と女……っていう観点から見ても、逃がしたくない獲物だとは思うわね。少なくとも、これから先、ミナト君より理想的な男性に出会えるかって言われると、ないと思う」

 「どうして? あんた……ミナトとはまだ出会って数日でしょ?」

 「あら、別に何もおかしくないわよ。さっきミナト君にも言ったけど、誰がいつ死ぬかもわからない冒険者業界、人と人との出会いは一期一会よ。『これだ!』と感じた異性との出会いを大切にするのは当然じゃない」

 そもそも、と順序だてるようにして、シェリーは1つ1つ解説していく。

 「礼儀正しくて、冒険者としては珍しいくらいに謙虚で誠実。でも心根はしっかり強い。ルックスも好みで、おまけに戦闘力は推定AAA。惚れない理由なかった感じ。もうちょっとお酒や戦いが好きだったら、趣味嗜好も合って文句なしだったんだけどね」

 「だったらその『もうちょっと』を補填してくれる人材を探せばいいじゃない」

 「それがいなそうなんだって言ってるでしょ? そもそも私、そんな都合のいい人なんてこの世に存在しないだろうなと思ってたもの。冒険者でお酒が好きで戦いも好きなのに、誠実で謙虚で礼儀正しい人って……想像しづらいでしょ?」

 「……まあ、確かにそれはそうかもね」

 冒険者というのは、誰も彼もがこうだと一律に尺度が決まっているようなことは別にないが、それでも、大体の傾向というものは性格の中に見て取れる。

 戦いが好きな冒険者の中には、総じて自分勝手な者も多い。極端な例ではあるが、中には強敵と見るや、魔物だろうと人間だろうと一方的に勝負したがる者も少なくない。

 さらに、我が強い者が多い冒険者の中には、誠実さや謙虚さをある程度置き去りにしていたりする者も多い。全員が全員、我侭な荒くれ者というわけではないとはいえ、素直に他人の言うことを聞ける者が大多数というわけでも決してない。

 その中には、高いランクや強い力を持つに従い、それが助長される傾向が見られてくる者も少なくない数いる。

 しかしそれは、一定の秩序の中でもあくまで実力主義であり、何かと大雑把な部分が大きいと言っていいこの世界では、別段おかしいことではない。
 それらも全て含めて『個性』。それだけで片付いてしまう問題なのだ。

 また、それに伴って冒険者の間では……恋愛の価値観や異性との付き合い方などにも、やや独特のものが存在することがある。

 無論、普通の恋愛のように、クエストなどで会う機会が多かったり、一緒にチームを組んでいる異性と仲良くなって恋愛関係になり……という形がないわけではない。

 しかしそれとほぼ変わらない数、公然と不特定多数同士の恋愛関係を持っていたり、何人かいる愛人の中から伴侶を選んだりといったケースもある。

 前世が現代日本のミナトは今でもそれに戸惑っている部分が大きいが、そのくらいには普通にモラルハザードな世界なのである。

 そしてそのことは、当然エルクやシェリーも理解しているわけだが……彼女達の場合は、そうなる前にこれと感じる異性を見つけることができた、むしろ希な例だった。

 そして、もちろん本人の性格のせいもあるだろうが……だからこそ、シェリーはここまで積極的にアプローチを、本人のみならず周囲にまで広く行っていた。

 そして同時に、シェリーの中では、自分が納まりたい位置にすでにいるのがエルクである……という見識が成り立っている。しかしだからといって諦めると言う結論に至ることなく、『愛人』という、いささか刺激的な立場を堂々と主張する現状に行き着いた。

 「ま、そういうわけだからさ。私としても多分、一生に一度級の出会いだと思ってるし……どっちの意味でも諦める気にはなれないのよね~。で、これから仲良くさせてもらおうと思ったんだけど、やっぱ先輩には挨拶しときたいじゃない?」

 「せ、先輩って……」

 「そうなんでしょ?」

 にやにやと笑みを崩さずに言うシェリー。傍目にもからかう気満々である。

 だがしかし、エルクはそれに反論できなかった。
 口調にこめられた悪意はともかくとして、何せ、否定できる部分がないのだ。

 「そのへんに敬意は払わせてもらうけど……正真正銘、私、本気だからね。唐突は百も承知、だけど……絶対に逃がさないつもりで行くから。あ、でも別にエルクちゃんのこと、排除したりするつもりはないから安心してね。押しのけはするかもしれないけど♪」

 「……あっそ」

 そして、シェリーは『様子見てくる』と言い残し、エルクに後ろ手を振りつつ、ミナトが走っていった商隊の前方へと、自分も走っていった。

 その場に残されたエルクは、何も言う気がないのか、はたまたちょうどいい言葉が出てこないのか……ジト目で睨み返すだけだった。

 わずかに……その顔に、不満や不安を浮かばせて。

 
 ☆☆☆

 
 一方その頃、噂の種になっている当人はというと、

 「せい、せい、せい、せいせいせいせいせいせぇーいっ!!」

 ――ぴーっ!

 「ははは……わかっちゃいたけど、実際に目の前でやられると言葉もないな」

 たらりと額に汗を浮かべて言うザリー。呆れと感心の混じった笑顔が特徴的である。

 その視線の先で、ミナトはアルバとの共同作業で、着々と落石をどけて道を作っていた。

 やり方はいたって単純。
 ミナトが収納ベルトから、あの物干し竿のような『棒』を出し、それを振り回して片っ端から岩を細かく砕いていく。

 そして、細かくなって軽くなったそれを、アルバが魔法で暴風を起こして吹き飛ばし、道の端に押しのけていっている、といった感じだ。

 実にアナログながら、非常にスピーディで豪快な作業により、瞬く間に進行方向の邪魔な岩はなくなった。

 「ふぅ……こんなもん?」

 「うん、十分だね。お疲れ様ミナト君、はいこれ、飲み物」

 ザリーの手には、分厚いガラスのコップが握られていた。
 中身は、ドライアドちゃん達におすそわけで貰ったジュースだ。これは素直に嬉しい。

 「ありがと。全くもう、人をブルドーザー代わりにして……」

 「その『ぶるどーざー』ってのが何かはわかんないけど、ホントに助かったよ。いやあやっぱり、君っていると便利だね」

 「だから人を便利グッズみたいに言うなっての」

 「ごめんごめん。そだ、そのお礼ってわけじゃないけど、1つ面白い話を教えようか? ついこの間……出発の前日に入った情報なんだけどさ、ウォルカの方で、軍の人事異動があったらしいよ?」

 「うん? 人事異動?」

 気になって聞き返すと、ザリーはいつもの流暢なしゃべり口で話してくれた。

 それによると、その人事異動、どうも今回の『北』の一件に絡んでるらしい。

 

 まず、今回その悪事が摘発された『北』だけど、色々ひっくるめて、哀れというかなんというか……な末路をたどることになった。

 生活が苦しくなり始めた数十年前から、どうも『北』の連中は、色々と人様にいえないような悪事をちまちまと働いていたらしいのだ。

 ザリーが軽く調べた結果、この付近で起こった追いはぎや盗賊の類の事件の中で、『北』が絡んでると見られる余罪がいくつか出てきてるとのこと。

 これはザリーの予想だが、おそらく『北』の猟師の一部は、生きるためって大義名分で、盗賊を装って近くを通る旅人や商隊を襲ったりするのを繰り返してたんだろう。
 それも、金じゃなく、資材や食料をメインに狙って。

 しかも今回、人攫いの連中との繋がりまであったらしいから……そっち方向の色々な黒い関係とかもあったのかもしれない。

 そんな商売に手を染めながら、意地になってかたくなに外交を拒み、自給自足で閉鎖的な集落だった『北』。その実態は、とっくの昔に限界が見え始めてたわけだ。

 それを、自分達はあくまで伝統的かつストイックな生活をしてたんだから悪くないとか、90年前に別れた『南』の連中を無理矢理敵にして連帯感を作ってごまかしてるうちに、そのごまかしすらも効かないところまで破綻してしまった。

 ま、今更外の連中とかかわりを持とうとしても、外交のやり方も金の使い方もわからなかっただろう連中だし、無理ない……とか言うのは不謹慎か。

 そして、その『北』の猟師連中+『北』の住民達だけども、すでに処分の方向は決定してるらしい。

 猟師連中は、普通に軍に連行され、裁判後に刑が執行されるそうだ。

 罪状は主に、危険薬物の使用による魔物の暴走と、それによる『ノネット』への被害。それに、村長の娘さんの誘拐と脅迫……ってとこだ。

 ああ、あとは過去数十年間分の、歴史の闇に隠れた『北』の悪事の数々。それらに関しても、裁判などの際に考慮されることになったらしい。

 ただ、ドライアドちゃんたちの拉致事件(未遂)については、あくまで彼女達が『魔物』なので、立件はできないらしい。悪質性は考慮するそうだけど。

 ちょっと納得いかないけど、まあ、そんなもんかと諦める。

 「ま、僕の見通しだと……実行犯はほぼ全員処刑だろうねえ。今回のケース、そもそもの責任転嫁もはなはだしい上に、『命令されただけ』って人、基本いないし」

 「言ってみれば、船員が主犯ってわけね。処刑されない残りは?」

 「収容所で強制労働か、犯罪奴隷……ってとこじゃないかな? どっちにしろ、ろくな末路は待ってないだろうけど……まあでも、むしろそれはそれでよかったんじゃないかな」

 「……っていうと?」

 「さっき話に挙がったけど、彼ら、外に出て生きてくための『常識』ないからね。エルクちゃんがことあるごとに、、ミナト君のこと常識知らずだって言うらしいけど、それとは別ベクトルで、それでいて致命的なレベルでの欠落だ、多分」

 「勉強無しに社会には出られない、ってわけね。なるほど確かに。けど、皮肉だねそれも」

 「まね。それに、今回の作戦に加担しなかった『北』の人達も、どうやら他の場所に連れて行かれる見通しだよ」

 「? そりゃまたどうして?」

 別にかばうつもりもないけど……今回の一件と無関係な人だっているだろうに。

 集落である以上、猟師だけじゃなく、非力な女子供や老人だっていると思うし……それら全員が引っ張られるってのは、どういうことだろう? すごい連帯責任?

 「んー、罰ってわけじゃないんだよね。ま、一言で言えば、保護みたいなもんかな」

 「保護?」

 「そ。ほら、彼らの村、色々と破綻してるから」

 これもあくまで、似たようなケースを参考にしたザリーの推測なんだけども。

 そんな風に、経営や食糧難が酷い状態の村は、その村が属する国や地域が対策に乗り出すことがあるらしい。

 理由は簡単。行き詰ったその村の人達に、盗賊にでも成り下がられて回りに迷惑がかかると困るから。

 経営改善でどうにかなるならまだいいけど、住んでる土地の環境まできっちり悪かったりすると、半強制的にそこから移住することになる。それも、難民扱いで。

 住み慣れた土地から連れ出され、行政の管理下に置かれて生活しなきゃいけなくなるわけだけど、生活のサポートもそれなりに受けられるから、さほど悪い条件じゃない。

 もっとも、強く望めば残ることも出来るけど、そうなったら完全に行政からのサポートはなくなるし、その後になって危惧してた問題行動を起こしでもしたら、即アウト。強制連行され、今度は『処罰』の対象になる。行き着く先は、奴隷か収容所。

 もちろん今回の『北』はそれに当てはまる。
 一般常識なし。経済状態、論外。環境、最悪。おまけに前科あり。もはや議論するまでもないだろう、ってのがザリーとそのお仲間の見立てだ。

 「彼らの暮らし方は環境破壊に直結するやり方だから、見過ごすのは無理だろうなあ。余所行って森焼かれたらたまったもんじゃないから、集落ごとまとめて移住させられるだろうね。その後は、社会勉強の名目で労働力として仕事をさせて……って感じかな」

 「実質『北』の村は解体されてなくなっちゃうわけね、何か哀れ」

 「ま、仕方ないでしょ。素行不良は本当だし、働き手の男連中は……ほら、ね?」

 うん、奴隷か労役か処刑だもんね。

 っていうかもうすでに何人、いや十何人……魔物にやられたり、シェリーさんにやられたり、色んな要因でこの世からいなくなってるし……そもそも村の存続無理っぽかった。

 「で、ここでようやく、軍の人事異動の話になるんだけどさ」

 「ん? ああ、そういやそういう話題だったね」

 「その『北』の処理のために、ウォルカの軍から部隊が派遣されてくるらしいんだけどさ……そのトップが、こないだお世話になったスウラさんらしいんだよ」

 「え? そうなの?」

 おー、こりゃまたなじみのある名前が。

 スウラさんって言えば、こないだの『ブラッドメイプル』の一件で世話になった人だ。

 主に新人から構成される部隊で、『真紅の森』に救出任務に出て、そこで僕やエルク、ザリー、あとアルバと、すでに顔を思い出せるか怪しい不良冒険者2人と出会って、

 その後いろいろあって、死にそうになりつつも全員で一緒に変えることが出来て、それ以来けっこう仲良くなった軍人さんだ。そーか、あの人がこの事件担当するんだ?

 「しかも彼女、どうも今度昇進するらしいんだよね。今回の、行政とか村との交渉とか色々絡んでくるこの一件は、彼女の昇進試験的な意味合いになってるのかも」

 「試験? この一件を無事に処理できたら、昇進できるってこと?」

 「まあ、なくても昇進はしたんだろうけどね。事件が起こったのは偶然だろうけど、上手くいけば彼女のお手柄にもなるから、新中隊長の就任に箔がつくとか考えたんじゃないかな、お偉いさんは。階級も大尉になるらしいし」

 「へー……ってかスウラさん、そんなに出世するんだ? すごいな」

 中隊長ってたしか、小隊長の1こ上だったっけ。
 そして大尉って……あー、これは忘れた。どれくらい偉いんだっけ?

 っていうかよく考えたら、この世界の軍の階級とかのシステム、僕知らないや。てっきり、その『小隊長』ってのがそのまま階級なのかと思ってたし。

 けど、確かにそれ『階級』じゃなくて『役職』だよなあ。今度勉強しよう。

 そんでもってそのスウラさんの部隊は、僕らとは別のルートで『ミネット』と『北』に行くらしいから、僕らとすれ違ったりすることは無いらしい。残念。

 そんなことを話してると、進むから馬車に乗ってくれって声が飛んできたので、引き続き足を馬達に任せて、僕らは休むことにした。

 ☆☆☆

 道中、何度か盗賊や魔物の襲撃にさらされつつも、無事に僕らはウォルカの町に到着した。

 そこで解散し、各自ギルドに達成報告をして報酬を受け取った後……エルクとアルバを先に宿に返して、僕はある場所に向かった。

 アイリーンさんの指示通り……ある人に会うために。

 
 少し前にさかのぼった話になるんだけど、

 アイリーンさんがウィル兄さんと一緒に『花の谷』に来て、僕らから色々と事情を聞き、そして帰っていったその日……僕はあの会談の後、1つ言われていたことがあった。

 『……ところでミナト君、さっきも話してたけど……なんだかまた随分と妙な力を使ったそうだね? 冒険者達の間でも噂になっていたそうだけど……』

 『ああ……『ダークジョーカー』ですか? まあ確かに、母さんにも禁止に近い制限受けてる魔法ですけど……あの場は、アレ使わないとさすがに危なかった気もするので……』

 『ああいや、別に攻めてるわけじゃないんだ。ただ……君がそこまで強力な魔法を使えるっていうのに、驚いてね。魔法の扱いはまだまだだ、ってリリンに聞いてたから』

 『確かに僕、才能とか色々な問題でそういうの苦手ですけど、その分、自分の手が出る範囲の技術は徹底的に訓練しましたから。もっとも……』

 『もっとも?』

 『……一部、予想外の手助けが入りまして。そのせいで、普段より上手いこと使えましたけどね』

 そう言って僕は、懐からあるものを取り出し……アイリーンさんに見せた。

 少し驚いた様子だったけど、彼女は一瞬でそれが何を意味するのか把握したらしい。
 なるほど、この人もグル……っていうよりは、事情を把握してたのかな?

 おそらくは本人であろう僕も、ほとんど把握してないのに。

 『……そうか。なら、もう隠しておく必要は無さそうだね。ボクも、彼女も』

 『じゃあ、この依頼の後で聞きに行っても問題ないですかね? さすがに、変なたくらみを疑ってはいないですけど……やっぱり気になるんで』

 『むしろ聞きに行くべきだろうね。色々と手遅れになってからじゃ遅いから。アポイントなら、ボクの方から話は通しておくよ』

 

 とまあ、
 こんな会話が、アイリーンさんと僕の間で交わされたわけだけど……

 
 ☆☆☆

 
 「で、帰ってきてから真っ直ぐウチんとこに来た、っちゅうわけか」

 「うん。コレのことと、あとは……アイリーンさんから『聞いといた方がいいことがある』って言われて」

 毎度おなじみマルラス商会。
 我が姉(の1人)であり、今回のクエストの依頼主でもある彼女、ノエル・コ・マルラス。僕は、帰ってきてすぐ彼女に会いに来た。

 待ち受けていた姉さんは、事前に話の内容は予想というか把握できていたようなので、不要な前置きは飛ばして、僕も本題に入ることにした。

 懐から、彼女に貰った……この問題のキーアイテムの一つである、『ブラックパス』を取り出し、テーブルに置く。

 「コレなんだけど、色々と聞かされてない機能があってびっくりしたよ。でも、おかげで助かった。ありがと」

 ナーガ事件の時、『処分にこまるからあげる』ってもらったこのパスケース、どうやらそんな単純な理由で僕に回ってきたものじゃないようだ。
 詳しくはわかんないけど……ただの便利アイテムじゃないのは確かだ。

 

 僕が『ダークジョーカー』を使った後……病棟で療養してた時のこと。

 訓練当初から、アレは問題ありの能力だった。負担は大きいし、加減難しいし……その他色々、多用できない理由があった。だからこそ、母さんに禁止された。

 その1つに、僕の体内魔力および魔粒子のよどみがある。
 『ダークジョーカー』を使うと、しばらくの間、僕は体内の魔力が少しだけ制御困難になるのだ。別に暴発こそしないものの、いつもほどには力を発揮できなくなる。

 要は『エレメンタルブラッド』の動作不良ってことなんだけど、そのせいで怪我や病気なんかの回復も普段より遅くなる。

 ベストコンディション(魔力的に)の僕なら、粉砕骨折だろうと数日で完治するんだけど、この状態になると、回復効率がかなり悪くなるのだ。

 だから、まずこの状態が治るのを待つことも、僕にとっては『療養』の持つ意味の1つなんだけど、この症状、治まるのにだいたい数時間から数日かかる。『ダークジョーカー』を使った時間と、その際にどのくらい体を酷使したかで変わる。

 全力で長時間使うと、最大で1週間以上『よどみ』が直らなかった。
 ちなみに、母さんがハイになって森を一部消し飛ばしたあの時である。

 魔力を体の中で扱って戦うのがメインの僕にとっては、それはかなり致命的に弱体化する時間となる。

 もちろん、魔力が使えないわけじゃないんだから、一応戦えるけど……普段の実力を発揮できるかっていわれると、無理だろう。

 だからこそ、『ダークジョーカー』は禁じ手になった。

 今回はそこそこ短時間で決着つけたから、大体半日から1日くらいで直るかな、と思ってたんだけど……予想外なことに、この魔力のよどみは、戦いが終わってからベッドに入って休む頃にはもう半分ほど治っていた。

 そして、その際に気付いたことがあった。

 それが……この『パス』を持っていると、魔力のよどみが浄化されていくスピードが桁違いに速いことだった。

 ベルトに収納していたこいつが、僕の近くにあるほど、回復は体感できるほど早く進み……ためしに離して置いてみると、体感的な回復速度はどんどん遅くなり、やがていつも通りの遅さに戻った。

 もしかしたらと思って、ベルトからこいつを出して直接握ったままベッドで寝ていると……1時間後には、もうすでに魔力のよどみはほぼ直っていた。

 僕はこの現象には見覚えがある。修行時代、母さんが倉庫の奥から引っ張り出してきたよくわからないマジックアイテムで、修行で『ダークジョーカー』を使った後の僕の魔力のよどみを治してくれた時と同じだ。

 あれと似た何かが、この『パス』には内蔵されている、ということになる。
 そしてそれは……偶然なんかじゃおそらくありえない。

 つまり、この『パス』は……単に余り物が僕に回ってきたわけじゃなく、もともと僕に渡すことを……『ダークジョーカー』からの回復を補助するシステムを持ち、僕を助けることを前提にして作られたものだ、ってことだ。

 

 そのことを、アイリーンさんに『君の姉さんに話を聴け』っていわれたことを含めて話したところ、ノエル姉さんはしばらく黙って、

 「……なるほどな。まさか、短期間の回復速度の差にまで体感的に気付けるとは……そらさすがに、ウチもオカンも予想外やったわ」

 「あ、やっぱり母さんも一枚噛んでたんだ」

 「……アイリーンはんが言ってはったんやったら、話しても問題あらへんか。ええよ、話したる。どの道、きちんと理解してもらわんと……この先、その『パス』持っといてもらえるかすら危うくなってもーたからな」

 
 ☆☆☆

 
 結論から言うと、この『パス』は、僕を監視するためのものらしい。

 どういう仕組みかはよくわかんないけど、このパスには僕の魔力その他の情報を記録する機能があって……この『商会』に来るたびに、そこから取り出したデータをノエル姉さんが分析してたんだそうだ。

 そんな、この世界においてもけっこうな規格外アイテム(開発費が金貨200枚を超えたらしい。マジか……)をわざわざ作ってまで僕に持たせ、監視していたのはなぜかと言うと……どうも母さんに、僕の将来がちょっと危うげだと判断されてたらしい。

 ノエル姉さんのいわくところによると、

 僕は、樹海での修行の日々の中で、色々と規格外の成長過程をたどった。
 自分で言うのもなんだが、7歳から10歳でだいたい『マジックアーツ』を形にして、12歳で樹海の魔物たち相手にはほぼ敵無しになった。つまり、その時点で僕の実力は、AAに近いAだったと言っていい。

 まずそれだけでも、普通に考えれば十分に警戒対象になるだろう。
 しかし、あの母さんは『まあ私の息子だし』と、多めに見ていた部分もあった。

 そんな母さんでも警戒視せざるを得なかった僕の特徴、それは……他でもない、僕が、前世の記憶を持つことによる異常性だった。

 4歳で魔法の開発を始め、同年のうちに初めてオリジナルの魔法を完成。確か初めて作った魔法は……あの、『指パッチン発火』だったはず。まあ、ネタ魔法だな。

 それを皮切りに面白くなった僕は、自分が使えるかどうかは度外視した上で、母さんの協力&管理の元、思いつく限りのオリジナル魔法を開発していった。

 16歳になって独り立ちするまでの間、作った魔法は……自分じゃ使えないのも合わせれば、100や200じゃなく……うち1割ほどは、母さんに禁止指定されてたり。

 ここが何よりもまず異常だと、姉さんは言う。

 普通、魔法の研究者が新しく魔法を作るとなれば……数ヶ月から数年、場合によっては数十年単位で研究・開発につぎ込んで1つの魔法を作るらしい。新魔法1つの開発に、一生を捧げる研究者も珍しくないそうだ。

 まあ、前世での科学者や研究者と同じように、過去の例や論文から理論を構築し、慎重に考察や小規模な実験を重ねて……という膨大な作業を積み重ねて開発を行う。

 しかも、現代日本と違ってパソコンも電子実験機器も論文検索ソフトもないんだから、そこに割かれる労力は現代の研究者の比じゃない。

 自動で作業をやってくれる機械なんてないから、全部人の手でやる必要があるし……当然そうなれば、機械がやるよりもミスとかは多く、大きくなる。

 論文やその他の研究記録だっていつでもどこでも見れるわけじゃない。その論文、もしくはその写しが所蔵されてる場所までいって閲覧するか、取り寄せる。どっちにしても、労力も時間もそれなりにかかる。宅配便やメール便だってないんだから。

 そして使い終わったら返して、必要になったらまた借りて……って感じ。

 他にも色々とあるけど、まあざっくり言ってまとめれば、この世界での『研究』には、現代日本の何百何千、いや何万倍もの時間と労力が普通にかかる、ってことだ。

 が、修行時代の僕は、それを全部無視していた。

 研究作業は人力だけど、普通は実験で効果を確かめる『不確か』な部分を、前世の知識を引っ張ってきてカバーし、そこにかかる時間と労力を当然のごとくカット。

 過去のデータも何も参考にしてない。強いて言うなら、洋館にあった本くらい。
 データも何も当てにせず、理論から何から一から自分で考えて作ったから、そのへんにかかる時間・労力も当然、全カットだ。

 おまけに、前世でゲームやアニメ大好きっ子だった僕には、老練の研究者にも無い『発想力』がある。それを武器に、他にも色々と常識にケンカ売りつつ開発を進めた。

 この世界において、1年間に生み出される新しい魔法の数は数えるほど。
 大国のかなり大きな研究機関でも、年に2、3個も確立されれば豊作らしい。

 まあ、完全な『新魔法』じゃなく、今ある魔法の改良版って意味の、新『っぽい』魔法なら、年にもうちょっと開発されてるし、裏社会では非合法な魔法が研究されたりもするらしいから、実際にはもうちょっとだけ多いらしいけど。

 そんな、一国で開発される新魔法が年1、2個がせいぜい、っていうこの世界で、

 僕が修行中の12年間のうちで、母さんに『形になった』と認められた『新魔法』の数は、禁止魔法も合わせれば、ざっと……600を超える。

 単純計算で、国単位で数百年分の研究成果を僕は10年ちょっとで上げた。それも、まだ20にもなっていない、樹海の中っていう閉鎖環境下で育った子供が、だ。
 これはさすがに母さんも、『私の息子だから』理論でも看過できなかったらしい。

 ……母さん自身も途中から楽しくなって、一緒になって夢中で開発しちゃった結果、気がついたらとんでもないことになってた、って感じで説明されたらしいノエル姉さんは、ため息をついていた。

 さすがに、僕が前世の記憶を持っていることまでは露見しなかったらしいけど……この異常な才能が、いつか暴走して悪い方に進みやしないか、という懸念を抱かずにはいられなかったんだそうだ。一緒にいる間、きちんと教育は施したとしても。

 しかし、いつまでも自分の手元に置いておくわけにもいかないと考えた母さんは、冒険者として独り立ちした後の世話と監視を、ノエル姉さんに依頼した。

 その際、それに役立つように……母さんが資金を出して、監視&戦闘補助用のアイテムである『改造パス』を作らせ、僕に持たせた。

 
 そして、そこから採取される観測結果を見て、僕が何か無茶やって魔力や体に異常が出てないかとかを観測していた、と。

 また無断で――っていうか母さんと別れた今、相談できる相手がいない――何か新しい危険な魔法開発してないか監視するために。

 

 まあ、ざっとこんなとこらしい。僕に接触してきたノエル姉さんが、その裏側に抱え込んでた事情っていうのは。

 それを聞いて僕はしかし、別になんとも思わなかった。

 監視機能がついてたことは、信用されてなかったみたいでちょっと残念だったけど……聞いてるとそれ全部、僕を心配してのことだったらしいし。

 それに、そうなっても仕方ないほどの異常な結果(?)を上げてしまってることも事実だ。まあ、無自覚だったけど。

 母さんや姉さんだけじゃなく、そう見える人には見えるだろうな、っていう危険さが僕にはもともとあることに関しては自覚はあったので、そこまで気にはならない。

 だから僕は、それ全部姉さんから聴いた上で、別に責めるようなこともせず、『パス』も今まで通り、監視されつつ使わせてもらうことにした。『ブラックパス』としての割引・優待機能は本当にあるのは実証済みだから。

 それを聞いて、姉さんはやっぱりというか驚いてたけど、ややこしい問題にならないんならそれにこしたことは無いと思ったのか、『……そか』と受け止めてた。

 そして、少し黙って何か考えて、

 「……ほな、ミナト……姉さんから最後に1つ、特別に教えとくわ」

 「? 何を?」

 「オカンから『デイドリーマー』って単語、1回くらい聞いたことあらへんか?」

 ああ、ある。
 たしか、母さんが昔の仲間からつけられたっていう、夢見がちで現実が見えない奴っていうやや不名誉なあだ名。

 少し前の僕がまさにそんな感じで――今はもうそうじゃないとも言い切れないが――現実を上手く現実として認識できてないことに対しての呆れと非難の意味もある。

 しかし、ノエル姉さんによると……どうもその『デイドリーマー』、他に隠された意味がある……というか、アイリーンさんが名づけた際の元々の意味は、また別のものらしい。

 「夢見がちで現実を空想と同一視したり、空想でしかないような甘い考えを現実に抱いたりする……っていう、その意味は間違ってへんねん。ただ……」

 名づけたのアイリーンさんだったのか、と別な所に感心している僕に、神妙そうに話すノエル姉さんは……そこで一拍置いて、

 

 「アイリーンはんがオカンのことを呼んだ『デイドリーマー』っちゅうんは、正確にはな……ただの夢見がちな奴のことやなしに……なまじ規格外の力がありすぎるせいで、本来は不可能なはずの甘い空想、全部力ずくで現実にしてまえる奴のこと言うねん……200年前、当事仲よかった友達1人助けるために、島一つ海に沈めよったオカンみたいにな」

 

 搾り出すようにそういった後、ノエル姉さんは僕に、何とも言えないような視線を向けた上で……『頼むから、あんたはそうはならんでな……』と、ぽつりと付け足した。

 
 ☆☆☆

 
 「それはそうとノエル姉さん、僕、もうちょっと修行して強くなりたいなとか思ってるんでだけど……どこかいい修行場所とか知らない? 出来れば、新しい魔法の開発実験とかしても周りに被害が出ないようなとこがいいんだけど」

 「……ウチの話聞いてへんかったん?」

 「いや、きっちり聞いた上であえて相談させていただいてます」

 「さよかい」

 まあ、姉さんの『暴走しすぎるなよ』な懸念や、戒めのお言葉は、それはそれで重く受けとめさせていただきますけども、それとこれとは別。

 花の谷での、『ディアボロス』との戦いで……まだまだ世界には強い魔物がわんさかいて、まだまだ強くなる必要がある、と痛感した。

 だからこそ、いざって時に困らないように、野心とか危険思想はないにしても、『強さ』には貪欲でありたいと思ってるわけなんですよ。

 「……いや、AAAの実力でまだ足らへんような相手なんて、そうそう出会うもんやあらへんやろ」

 「そうだけど、実際にアレディアボロスに会っちゃうとね……。しかも、何かここ数ヶ月……っていうか、冒険者デビューしてからずっと僕、何かしらのトラブルに定期的に巻き込まれてヤバいのと戦ってる実感あるし……」

 「……たしかに、そう言われるとそやね」

 えーと……ランクAの『ナーガ』に『エクシード亜種』、んで今回、AAの『トロピカルタイラント』と、推定AAAの『ディアボロス亜種』……僕、まだ冒険者になって半年たってないんだけどな。

 転生した時に、トラブルメーカーの星の下にでも生まれちゃったんだろうか?

 まあ、予感と直感、そして好奇心が主な理由ではあるけど……今より強くなって損は無いと思うし。いざという時、一緒にいる誰かを守れるって意味でも。
 その時になって『もっと力があったら』なんて後悔したくないから。

 その思いは嘘でもなんでもないので、正面切ってはっきりそう言ったところ……姉さんは、なんとも複雑そうな表情をしていた。
 わからないでもないけど、よりによってこの流れで今言うか、とでも言いたげな。

 ごめん、僕、必要に応じてKYになることにしてるから。

 ノエル姉さんは、僕に発言を撤回するつもりが無さそうだということを悟ると、はぁ、とため息をついて考え込んだ。

 「まあ、別にそれも心がけとしては間違っとらんけど……いやそもそも、それ抜きにして考えてもやな……。AAAのミナトがこれ以上強くなれるような修行場所なんて、このへんどころか、この大陸そのものにもそうあらへんで?」

 「あー、やっぱり?」

 まあ、この返答も予想しないではなかった。というか、だろうな、とむしろ思った。

 だって、軍隊も近づけない超無法地帯の『グラドエルの樹海』で修行しつくした結果が今の僕なんだから。これ以上強くなりたきゃ、単純に考えてあの樹海より危険な区域に行く必要がある。
 ランクにしてAやAA以上の魔物が出てこなきゃ話にならないし。

 そんな都合のいい場所が、こんな人里の近くにあるわけ無いだろうね。

 「今のミナトにちょうどいい修行場所なんて、それこそ探索で行った先の『現地』ぐらいしかあらへんやろ。それこそ、野営続けて何日もかけて探索するような類の、秘境みたいなとこ行かんと」

 「そういう条件なら心当たりあるの?」

 「せやからあっても行けへんっちゅーに。ちゅーかミナト、方向音痴やろ?」

 そうでした。

 まさかそんな、『樹海』以上に危険な区域に、エルクに『修行したいからついてきて』なんて言える筈もないし……八方塞がり、か。

 「そもそもやな、あんた、具体的にどう強くなりたいかビジョンあらへんやろ?」

 「ああ、まあ……そういわれれば、たしかに」

 「『確かに』やあらへんよ。そんな漠然と『強くなりたい』とか、10かそこらのガキやあらへんねんから……いや、あんたの場合はそのころにはすでにAやったな……まあともかく、方向性もしっかり定めんと修行したって、効果なんてろくに出ぇへんよ? 樹海の時は、あらかじめオカンがそのへん見極めて方針やら何やら決めとったみたいやし」

 「……ごもっともです」

 確かに……発想がそもそも幼すぎた。

 漠然とじゃなく、『どんな風に』強くなりたいのか、きっちりビジョンをもっとかないとダメだろうな、これから先は。自分の弱点を適確に潰していく訓練が必要だ。

 そのためには、自分の弱点や欠点をまず把握する必要が当然あるんだけど、これがなかなか上手くいかないんだよなあ。

 大弱点といえば、才能の問題で一定規模以上の魔法が苦手ってのが真っ先に浮かぶけど……潰すことで状況が改善しそうな、それでいて潰せそうな僕の弱点って……

 樹海で、なまじ『そういうのが残らないように』母さんに鍛え上げられたせいもあって……すぐには出てこないな。

 けど、そもそもの方針を決めるのに、そういうのをきっちり把握するのは欠かせないプロセスだし……できる保障ないけど、時間かけて自分で探すかしかないかな。

 そういう方針で行きたいと思う、と、一応姉さんに報告すると、ふと、姉さんが何かを思い出したように『あぁ』とつぶやいて、

 「……せや、それやったらいっそのこと……うん、それがええわ。もうこの際。ミナト、その弱点発見やけど、何とかなるかもわからんで?」

 「え、ホントに? どうやって?」

 思いもかけない好答の気配がしたので、つい身を乗り出してたずねてしまう。けど、それも気にしない様子で、姉さんは続ける。

 「実はな、毎年のことなんやけど……年に2回、冒険者ギルド主催で、新人冒険者相手に合同訓練みたいなイベントやっとんねん。合宿形式で、熟練冒険者が直々に色んな技術のコーチしてくれたり、欠点克服のアドバイスまでしてくれる充実のサービスでな」

 「ほうほう」

 「まあ正直言って、探索技術とかならともかく、戦闘能力的な意味じゃ、ミナトはそんなとこで学ぶことは一個もあらへん。講師の冒険者のランクも、せいぜいCかB、よくてAやからな。けど、単に自分の欠点だけを見つける目的なら……」

 「……参加する意義があるかもしれない、か」

 「ま、せんよりマシ、ってレベルやけどな。それでも、1回でも一応他の人に見てもろた方がええやろ? 自分で16年かけて発見できんかったんなら、ちょい言い方悪いけど、この先もアレやろし……エルクちゃんの修行にもええんちゃう?」

 「確かに……。申し込みってギルドで出来るの?」

 「だったはずや。ただ、開催は一ヶ月ちょい後やから、それまで何かして時間つぶしとき」

 「なるほど。情報ありがと、姉さん」

 合同訓練……そんなイベントもあったのか、知らなかった。
 確かに、本職に近い指導能力がある人が来そうなそういう場所なら、僕の短所を見つけて指摘してもらえるかもしれない。自分じゃ見つけられない部分を。

 ただ、あの母さんも見つけられなかった部分がそうあるのか、そしてそれをBやCの人が見つけられるのかってのはやっぱり不安な部分があるけど……まあ、ダメで元々だ。

 どの道自分じゃ出来そうにないことだし、行ってみよう。その『合同訓練』とやらに。

 姉さんが言ってたとおり、エルクのいい特訓にもなるし……特訓の成果を本職の人にも評価してもらういいチャンスだ。やっぱり、出て損は無い。

 すると、姉さんがふと思い出したような顔になって、

 「ああ、そういえば……エルクちゃんのことやけど、最近ぐんぐん強くなっとるんやて?」

 「うん、リトルビースト程度ならもうソロで倒せるレベル。ランクもCになったよ。それに、魔法の扱いも達者になってきたみたい」

 「そらまた、えらい成長スピードやな。2ヶ月前までEランクちゃうかった?」

 「最近はアルバともども、こっちがびっくりするくらいの成長見せ付けてくれてるよ。この前なんか、ドライアドやアルラウネの『念話』をキャッチしてたしね。何ていうか、可能性の塊って感じ。今まで死蔵されてた才能がここに来て……どしたの姉さん?」

 そこまで言って僕は、

 さっきから姉さんが、きょとんとしてこっちを見返してきていることに気付いた。

 何かに驚いて……というより、唖然としているような顔。ちょっとかわいい。

 「……念話を聞いてた? 『ドライアド』の?」

 「うん。どうも、エルクにはそういう才能があるみたい。すごく珍しいんだってね」

 「……さよか。そらびっくりや」

 ……?
 何だろう、何か引っかかる物言いと言うか何と言うか……。何か気になることでもあったのかな?

 けど、たずねてみたら『何でもない』とのことだった。
 その真贋はともかく、これ以上別に何も話すことは無さそうだったので、今日はこれで失礼することにした。

 まあ、気にはなるけど、何かヤバい類の問題があったんっていうんなら、姉さんならきちんと教えてくれるだろうし、今はまあいいか。

 
 ☆☆☆

 
 ……で、
 宿に帰ってみると……予想外の展開がそこに待っていた。

 「えっと……何で、シェリーさんがここに?」

 「あら、言ってなかったっけ? ほら、これから仲良くさせてもらうわけだし、お互いのことをよく知っておいた方がいいでしょ? だったらまずは形からってことで、ね?」

 「……ここの隣の部屋に引っ越してきたんですって。商隊がウォルカに着く前からそのつもりだったみたいよ」

 そう教えてくれたのは、すっごい面白く無さそうな顔のエルク。

 彼女とアルバが宿に戻ってすぐ、すでに全ての手続きを終えたシェリーさんが『お隣さん』への挨拶にやってきたそうだ。

 つまり、子の短時間の間に前の宿から荷物全部移してここにきたってわけか……なんちゅう行動力。思い立ったが吉日ってか。

 そのシェリーさんは、あいも変わらずいたずらっぽい笑みをこっちに向けている。

 「もともとミナト君やエルクちゃんとは、冒険者としてに限らず、私生活でも仲良くしたいと思ってたからね。できるなら依頼とかも一緒に受けたいし、暇な時は一緒におしゃべりしたり飲み会したりしたいし……だったらこうするのが一番でしょ?」

 「全っ部、あんたの独断だけどね? こっちにすればいい迷惑よ」

 「えー? 私そんな別に迷惑かけるつもりないってば。ただ、ちょ~っと日々の訓練におじゃましたりはするかもしれないけど」

 いやそれ、毎朝炎の魔剣に教われる予感がする。

  それにぃ、と、なぜか目を細めながら僕の傍によってくるシェリーさん。
 これ以上近寄ったら、色々とあたっちゃうんじゃないか、ってくらいの距離まで来て、にやりとした笑みを浮かべる。

 「……馬車で私が言ったこと、別に冗談でもなんでもないのよ? 何なら、今夜私の部屋に来てくれてもいいんだけど……それとも、私がそっちに行く?」

 「え!?」

 そ、それってつまり、その……

 とっさに、視線がその顔よりちょっと下……エルクにはない、その豊満な2つのふくらみ――いや、だからって何が不満ってわけでもないけど――に行ってしまう。

 いや、あの……こんな距離でこんなこと言われたんだから、今のしかなない。と思う。

 「や、いや、あの……えっと……」

 「はいはいそこまで! 真っ昼間から他人ひとの部屋でいちゃつくな! ほら、挨拶終わったんだからとっとと帰った帰った!」

 「きゃっ!? あーんもうエルクちゃんの意地悪ー!」

 僕が言いよどんでいる間に、目に見えて機嫌の悪化しているエルクが間に入りこんでシェリーさんを僕から引き離し、そのままドアから外へご案内した。

 追い出されるその瞬間まで、結局シェリーさんは笑顔だったけど。

 そして、荒々しくバタン! とドアを閉めたエルクはというと、いつもより目力5割増しくらいの視線を向けてきて、

 「……わかってるとは思うけど、あんな見え見えのハニートラップに引っかかんじゃないわよ……? まさか、私1人じゃ物足りないなんて言わないでしょうね……?」

 「い、イエス、マム」

 そう、返すことしか出来なかった。

 そしてドアの外からは、

 
 『やれやれ……やっぱりというか、攻略難易度高そうね。けど、だからこそ狙いがいがあるってもんよね! ふふっ、絶っ対に仲良くなってみせるんだから……♪』

 
 なんて声も聞こえるし……何の攻略だよ、何の。

 そして同時に、おそらく剣の柄を撫でてるんだろう。かちゃ、なんて擬音も聞こえた。
 怖いわ、二重の意味で。

 やれやれ、これから、今までとはまた違った意味で、大変というか忙しそうだなあ……。

 
 ☆☆☆

 
 その日の日暮れ前、

 「ふーん、そっか。ミナト君に『訓練合宿』の参加を勧めた、ねえ……」

 場所は、ギルドマスターの執務室。
 夕暮れ時、そこで言葉を交わしていたのは……2人の女性。

 1人は、この部屋の主である……アイリーン。冒険者ギルドのギルドマスターであり、このウォルカの町の、領主すらも跪く最高権力者。

 そしてもう1人は、その商会の影響力から、アイリーンに次ぐ権力を持つといっても過言ではない、マルラス商会会長・ノエル。

 相談があると言ってアイリーンをたずねたノエルは、お茶と茶請けには手を出さず、神妙な様子で椅子に座って、アイリーンと向き合っている。

 「言っとくけど、今のミナト君に戦いを教えられるような人材、このウォルカにはほぼいないよ? 何人かいる超高レベルの冒険者達は、みんな出払ってるしね。あ、ちなみにミナト君には、今度AAかAAAのランクをあげようと思ってるけど」

 「それ以前に、そういうレベルの連中は、みんな我が強ぅて、訓練の講師なんぞ頼んでもやる奴おらへんでしょう?」

 「確かにね。さすが経験者、よくわかってる」

 茶化すようなアイリーンの言葉にも、ノエルは顔色を変えない。

 「……ムダ話はこのへんにして本題にでも。先の提案、了解していただけますやろか?」

 「もちろん。弟思いで結構、結構。スケジュールの調整は済んでるの?」

 「開始日から一ヶ月弱ほどなら、問題なく」

 「そうか、わかった、ギルドのOGとして参加を手配しておくよ。それにしても……いよいよ、君が直々に動く所まで来たんだね……思ったより随分早かった」

 「同感です。けど、あいつはほっといたら加速度的な速さで成長しよります。叩き直すなら早め早めがええかな、と。今ならまだ……ウチの方が強いですさかい」

 「それに、今、彼に必要な技術の指南を出来るのも、君くらいのものだしね。ふふっ……でも、楽しみだなあ、久しぶりに君の本気が見られるね」

 そして、そこで一拍置いて、

 

 「存分に暴れな……元Sランク・『大灼天』のノエルちゃん♪」

 

 笑みと共に放たれたその一言に、ノエルは何も言わず、会釈だけを返した。

 
 
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