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【社説】

週のはじめに考える 人類700万年の知恵

 人類は今、地球上でもっとも繁栄している生物です。ご先祖さまは「エデンの園」を追われた負け組でした。それを逆転させた知恵は現代にも通じます。

 「ジャングルの湿気は強烈だが、木の上は湿度50%ぐらい。風も通って気持ちがよい」。ゴリラ研究の第一人者、山極寿一京都大学学長は話します。

 人類とチンパンジー、ゴリラの共通の祖先は、森の中で果物を食べていました。気候変動でジャングルが狭くなっていきます。一千万年前ごろ、共通の祖先からゴリラが分かれ、約七百万年前にはチンパンジーが分かれました。

◆ご先祖さまは負け組

 それぞれの祖先は、生き残り策を探りました。

 チンパンジーは広い縄張りを持ち、その中で食べごろの果実を食べる生活を選びました。グルメです。ゴリラは果実がないときは植物の葉や芽、根を食べました。粗食ですが、遠くまで移動する必要はありません。両者は食性が違うので、共存できました。

 ご先祖さまは共存に失敗し、猛獣のいる草原に出て行ったのです。旧約聖書のアダムとイブを連想しますね。

 国立科学博物館の馬場悠男(ひさお)名誉研究員は、タンザニアのヌゴロンゴロ自然保護区に行くと当時の様子が想像できると言います。

 そこはジャングルから草原に移り変わる場所です。いろいろな動物がジャングルと草原の間を行ったり来たりしています。ご先祖さまも、おそるおそる草原に出てはジャングルに戻る。そんなことを繰り返したのかもしれません。

 負け組の人類です。しかし、ジャングルの中で身に付けた二足歩行が役に立ちました。

◆男性は貢ぐ君だった

 かつて、二足歩行は草原に出てからと考えられていました。それをひっくり返したのが、エチオピアで今世紀に入って発見されたアルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)です。発掘は国際チームで行われ、諏訪元・東京大教授が重要な役割を果たしました。

 二足歩行で両手を自由にした目的は何か。男性が女性にたくさんの食物を贈るためだというのが有力な説です。やがて一夫一婦制が始まったと考えられています。

 東京・上野公園にある国立科学博物館におもしろい展示があります。チンパンジー、頑丈型猿人、原人のホモ・ハビリス、現代人の下あごが並んでいます。

 チンパンジーは、ナイフのように鋭い大きな犬歯が目につきます。敵対する群れを攻撃し、同じ群れの中での順位争いで勝ち残るための「武器」です。

 頑丈型猿人は、臼歯が大きい。植物の根や豆など硬いものをよくかんだのだろうと想像できます。犬歯は目立ちません。ホモ・ハビリスは本格的な石器を作りました。動物の死骸を石器を使って解体し、食べました。ハビリスは器用なという意味です。

 草原に進出したのは原人です。危険が多いので、子どもを多く産むようになりました。

 ゴリラやチンパンジーは四〜六年間隔で次の子どもを産みます。人類はそれを二年にしました。乳児期を終えても独り立ちできません。夫婦だけでは育てられないので、社会全体で子どもの面倒を見ました。社会で保育です。

 旧ソ連のジョージア(グルジア)にあるドマニシ遺跡で二〇〇三年、歯が全くない老人の頭の化石が見つかりました。百七十五万年前の遺跡で、原人が住んでいました。歯がないのは、誰かが柔らかい動物の内臓や肉を老人に与えていたのだろうと推定されています。優しい心を持ち、介護も始まっていたのです。

 脳が発達するのも原人からです。社会構造が複雑になり、人間関係を円滑にするためでした。狩りをするようになりました。肉は栄養に富んでいるので、食物を得るために使う時間を短くできました。その分を人間関係を深める時間に使ったのでしょう。

◆チンパンジーに学ぶ

 先祖のたどった道から現代の問題を考えてみましょう。

 カップル誕生には食物(収入)が必要です。非正規の人が結婚できないと言うのは無理ないのです。長時間労働は人間関係を弱くします。長時間労働を強いる企業は社会の敵なのです。

 子どもは両親だけでなく、社会で育てるものです。長生きは子育てを手伝うためという説もあります。社会全体の愛情と教育で、次代を育ててきたのです。

 縄張りで食料を確保するというチンパンジーの生存戦略は失敗し、今や絶滅危惧種です。現代の人類は資源の獲得競争に懸命のように見えます。チンパンジーの失敗に学び、先祖の知恵を見直すときです。

 

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