こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。
去年、今年と、用があって何度か豊洲に行きました。平日の昼間だったのに、ショッピングモールのららぽーとにはベビーカーを押した母親がいっぱいいたことに驚きました。ここだけ見たら、日本が少子化に悩む国だなんて、だれも思わないでしょう。
東京にお住まいでないかたのためにご説明しますと、豊洲という町は、隙あらば高層マンションが建つってくらいの勢いで、分譲マンションの建設ラッシュが続いているところなんです。
私はイジワルな想像をしてしまいます。10数年後、豊洲のららぱーとにはヤンキーがたむろしていることでしょう。ベビーカーに乗ってるこどもたちがずっと無邪気でいられるわけじゃありません。あんなにこどもがたくさんいれば、落ちこぼれて不良になるヤツも他の町よりたくさん出てくることは避けられません。質の問題でなく、単純に量の問題です。
心配なのは、こどもだけでなく親もです。希望を胸に新築マンションに入居した若い夫婦のうち、どれだけの人たちが30年、35年といった長期住宅ローンを完済できるのでしょうか。豊洲に住み続けられるのでしょうか。
今月アタマに更新されたWeb春秋の連載
「会社苦いかしょっぱいか」第5回は、夢か悪夢かマイホーム戦後編です。
私は以前から、国が庶民に持ち家取得を勧める政策に疑問でした。現在の住宅ローンは、個人が自己責任で背負うには、あまりに過大な負債だからです。
今回の記事を書くために過去の資料をいろいろ調べましたけど、一般向け住宅ローンが普及しはじめた70年代前半には、住宅ローンは15~20年の返済期間が限度とされてました。40歳まで社宅暮らしをし、その間に頭金を貯めて家を買い、55歳の定年のころに返済終了、という想定だったわけです。
ところが80年代には30年、35年ローンがあたりまえになってしまいました。逆算すると、定年までに返済を終えるためには、30歳くらいで家を買う決断をしなければならないわけです。実際、新築マンションには小さい子がいる30歳くらいの夫婦が目立ちます。
でもいまどきのサラリーマンにはなんの保証もありません。35年後もいまと同じ会社にいられるのか、会社自体が存在してるのか、だれにも予想できません。
日本では中古住宅の販売価格は買った値段よりかなり下がるので、家を買ってしまったら、基本的にずっと住むことになります。でも30歳そこそこで、定住を選んでしまっていいのかな。今後べつの場所でちがう仕事がやりたくなったりしませんか。そういう気持ちになったとしても、持ち家が足かせになって踏み出せないのでは。
まず第一にやりたいことがあって、それを実現するのに好都合な場所に住む、というのが理想的な生きかただと私は考えてます。やりたい仕事のためなら、どこにでも行ける、どこにでも住める、ってのが本当の「自由」です。
それができないと、人間の行動はしばられてしまいます。持ち家政策の推進が、日本人のベンチャー精神を著しく削いでいるように思えてなりません。
住宅ローンを払う人に減税などの優遇措置を講じるよりも、むしろ年収500万円以下の人には家族で一生賃貸住宅に住めることを国が保証するなんて制度があったほうが、多くの国民にとってよっぽどありがたいんじゃないですか。
これまでは、持ち家を増やすことが経済を発展させると考えられてきましたけど、人口が減少に向かえば、それでは確実に頭打ち。だったらなおのこと、移動の自由を保障して人生の冒険を勧めたほうが、新たな産業の発展につながりそうです。
戦前の都市部では、ほとんどの人が一生賃貸暮らしだったわけです。昔はよかった、日本の伝統を守ろうといってる人たちが、賃貸生活に戻ろうと主張しないのはズルいですよ。