漫画家の山田花子さんが自殺して、もう十年以上が経つ。彼女の漫画作品は後味の悪さが癖になるタイプで、彼女の代表作「神の悪フザケ」をリアルタイムで読んで単行本も買って、心底ファンになっていたブラック隊員は、彼女の自殺がショックであった。
それから数年後の事、反則画廊である「岡画郎」にて、ブラック隊員はジーコ内山氏と出会い、友人となった。今思えば、それは山田花子さんの計らいだったのだ。
山田花子さんは、死霊のスカウトマンという職業を持ち、生前親しくしていたジーコ内山氏に、沢山の人脈を持ってきていたのだ。物凄い働き者なのである。
当時のジーコ氏は、山田花子さんの漫画を原作とした映画「魂のアソコ」を撮影しようと考えていたのだが、主演女優が見つからず、悶々とした日々を過ごしていた。ジーコ氏にとって、山田さんは特別な友人だった。一緒に舞台「こじきびんぼう隊」をやろうと約束し、山田さんの入院でそれがついえた後、自殺直前の山田さんが電話で話した、最後の相手がジーコ氏だったのだ。
「必ずジーコさんの舞台を見に行きます。」
それが、山田さんの最期の言葉となってしまった。山田さんは実家近くの団地から飛び降り自殺をし、ジーコ氏の舞台を見に来る事は不可能となった。
そして、ジーコ氏は、山田さんの追悼芝居「魂のアソコ」を上演し、その時の主演女優さんに映画も出てもらうつもりだったのだが、折悪しく、その女優さんも心臓病で亡くなってしまった。ジーコ氏は落ち込んだ。
ブラック隊員は一時期、佐川一政氏と一緒にミニコミをやっていた事があるのだが、ジーコ氏もそのミニコミによく寄稿してくれていた。その度に「映画『魂のアソコ』主演女優募集」と書いていたのを、よく覚えている。
だが、追悼映画「魂のアソコ」の主演女優はなかなか見つからず、どんどん時間が過ぎてしまうのであった。
2000年の初夏、以前ミニコミに寄稿してくれた人物が、友人の展覧会でパフォーマンスをやるというので、ブラック隊員は見に行った。その人の名は立島夕子。原宿ギャラリーという地下の画廊で、彼女は顔を白塗りして、ほぼ全裸に近い姿で、叫び声を上げながら、床に敷いた大きな黒い布に髑髏の絵を描いていた。その姿には鬼気迫るものがあった。パフォーマンスが済んで、こちらから声をかける。勿論彼女は、あのミニコミを覚えていた。初対面なのに意気投合し、ブラック隊員と立島夕子は友人となった。
その頃、ブラック隊員は気功を習い始めたばかりであった。ある時、立島さんが、精神病が重くて辛いというので、気功の師匠を紹介した。何しろ、その当時のブラック隊員は、持っている技といえば「温泉」だけで、とてもじゃないが、メンタルケアなど出来なかったのである。
立島さんが気功の師匠を訪ねて行ったその日、ブラック隊員は丁度、ジーコ氏と一緒に「人でなし映画祭」というバカお茶会をやっていたのだ。テーマは「人でなし」であるから、鬼畜系の映画ビデオばかりを鑑賞し、「ソドムの市」で奴隷たちがウンコを食べるシーンに合わせ、我々もチョコレートケーキを食べるという、大変悪趣味な催しである。
その日のメニューは、タピオカミルク、インド風カレー、チョコレートケーキ、オリジナルブレンドの紅茶、メロン。それらを東京鬱病会議の掲示板に書いたら、立島さんが「カレー食べたいから行ってもいいですか?」と連絡をくれた。ブラック隊員は、勿論大歓迎と即答。何しろ彼女は拒食の症状が出ていたから、食欲が出る事自体珍しかったので、是非とも一緒にカレーを食べるべきだと、ブラック隊員は考えたのだ。
師匠の治療院からの帰り、立島さんはへぼへぼと歩いて、ブラック隊員の部屋にやって来た。「人でなし映画祭」の出席者は、皆凍りついてしまった。本物の精神病患者を見るのが初めてだったのである。だがしかし、ジーコ氏だけは反応が違った。立島さんの痩せ衰えた姿を見て、山田花子さんの容貌を重ね合わせたのである。
ジーコ氏はその場で、立島さんを「魂のアソコ」主演女優にスカウト。
「私なんかでいいんですか?」
立島さんは自信なさげにそう答えた。ジーコ氏は命がけで説得した。交渉成立!長年探し続けた「魂のアソコ」主演女優がこうして決まった。そして、その間、立島さんはカレーを三杯おかわりしていた。
主演男優には鳥肌実を迎え、氣志團の綾小路翔が友情出演で参加するなどして、映画「魂のアソコ」は、とんでもない名作となった。そして、自主制作映画にはあり得ないほどの動員数を誇った。DVDを作れば、予約が毎日入り続けた。
みんな、山田花子さんの働きのなせる技である。
死霊ヒーラーズを統べるブラック隊員のもとを、山田花子さんは度々訪れていた。初めて会った頃には、全身の骨折と内臓破裂が酷かった山田さんだが、死霊ヒーラーズたちが治療してかなりよくなった。
ブラック隊員の家出も彼女は見守っていた。そして、昨夜、山田花子さんは、初めてブラック隊員の部屋に上がり、一緒に食事をしたのだ。聞けば、死んでから一度も食事をしていないという。メニューはトマトのボルシチ。山田さんはゆっくりゆっくりとスプーンを口に運び、味わって食べていた。
「死んでからは、いくら食べても太らないから、気にしないで沢山食べてね。」
「俺風呂に入るけど、山田さんはまだ食べてていいからね。」
「俺もう寝るけど、山田さんまだ食べてていいからね。」
今朝目覚めてみると、山田花子さんは床に倒れて眠っていた。死霊ライフ初めての睡眠だったようだ。座敷童の権兵衛が添い寝した。
「山田さんは働き者だからねえ、走り続けてばっかりいたから、疲れが溜まってたんだね。」
「…お母さんのバカ…」
「ああ、山田さん、寝言いってるね。家族の事がトラウマだから、今でも苦しいんだね。兵隊さんたち、山田さんの邪魔にならないように、軽くトラウマをとりなさい。」
「軽くですね。」
「そう、眠っている邪魔になったらいけないから、軽くね。」
目が覚めた山田さんは、これからも頑張ると言う。
「ジーコさんを一流にするまで、私は頑張らなきゃ。今撮ってる映画も絶対にヒットさせるんだ。」
山田花子さんはこれからも走り続ける。
2006.3/20 |