対米関係をおろそかにして対中関係を重視した政権は短命に終わることが多い。中国主導のAIIBに参加したり、中国も出資する原発を建設しようとするなど、キャメロン前政権時代に経済優先で親中に舵を切ったイギリスも、いま軌道修正を迫られている
安倍晋三首相は先の参院選で快勝し、宿願の憲法改正に向けて大きく前進した。戦後日本の長期政権を振り返ると、いくつかの共通項がある。佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎、そして安倍首相といずれも親米政権だ。次に倒閣運動を起こす強力なライバルが党内に見当たらない。そして参院自民党を牛耳るドンの支持を得ていることだ。第3の要件は2012年に再起を果たした第2次安倍政権から消失した。安倍首相1人に権力が集まり、官邸主導が強まっているからだ。
民主党の鳩山由紀夫元首相を例に上げるまでもなく、対米関係をおろそかにし、対中関係を重視した政権は必ずと言って良いほど短命に終わる。驚異的な経済成長を遂げ、南シナ海や東シナ海で米軍の同盟国に揺さぶりをかける中国は、米国にとって真の脅威だ。これ以上、中国に経済力と軍事力をつけられるとさすがの米国でも手に負えなくなる日がやって来る。そんな懸念からオバマ米大統領は日米同盟を強化し、欧州諸国にも中国を利するのは止めるよう釘を刺してきた。
【参考記事】中国軍軍事力強化表明――鳩山氏が筆頭演説した世界平和フォーラムで
米国の国益に背いた政権が倒れるというのは日本だけでなく、どうやら英国にも当てはまるようだ。ジョージ・W・ブッシュ元米大統領とトニー・ブレア元英首相が主導したイラク戦争の是非を検証した独立調査委員会(ジョン・チルコット委員長)の報告書はブレアの対米追従を浮き彫りにしたが、米国の国益に逆らって「英中蜜月」を推進したデービッド・キャメロン前首相も、ジョージ・オズボーン前財務相も政治の表舞台から完全に姿を消した。
AIIBへの参加表明で墓穴
オバマは「英国が欧州連合(EU)から離脱すると、米国との貿易交渉は一番後回しになる」とEUへの残留を求めたが、英国民は国民投票でEU離脱を選択した。残留派キャンペーンの先頭に立ったキャメロンとオズボーンの退場はその責任を取った形だが、次期首相の最有力候補だったオズボーンの芽はこれで完全に潰れた。オズボーンこそ、米国の忠告を無視して先進7カ国(G7)の中でいち早く中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を表明して流れをつくり、米国を激怒させた張本人なのだ。さらには人民元の国際化を後押しし、中国の原発計画参入にまでゴーサインを出した。
【参考記事】英中「黄金時代」の幕開けに、習近平が「抗日」の歴史を繰り返した理由
以前にディナーで隣になった英原子力エネルギー公社の最高幹部が「政治体制が異なる中国に原発新設を任せることはありえない」と断言していただけに、キャメロンとオズボーンの決断には衝撃を覚えた。「ホワイトホール」と呼ばれる英国の官庁街の通信は、中国の通信機器メーカー、ファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)が担っている。ロンドンの有力シンクタンクの発表でも「中国は信頼できるパートナーだ」という主張が無批判に展開され、日本人ジャーナリストの質問は無視されることは少なくない。
【参考記事】イギリスEU離脱と中国の計算
その潮目が変わったと直感したのは、エリザベス女王がバッキンガム宮殿で催された5月の園遊会で、国賓として英国を公式訪問した中国の習近平国家主席一行について「非常に非礼」と漏らしたときだ。世界中のメディアが女王の発言を報道した。今から振り返ると、中国が南シナ海の人工島建設や軍事拠点化を止めない限り、英王室としては付き合いを見直すというメッセージだったのだ。
性善説より性悪説
キャメロンの後を受けたメイ首相は7月末、調印式の数時間前というタイミングで、ヒンクリーポイントの原発新設計画について最終決定を遅らせる方針を明らかにし、フランス電力(EDF)をあ然とさせた。計画はEDFが実施し、中国国有の中国広核集団(CGN)も出資する予定だった。メイの懐刀であるニック・ティモシー氏は昨年10月、草の根の保守サイト「コンサーバティブ・ホーム」にこう書いている。
「政権内外の安全保障専門家は、中国が英国のエネルギー生産を意図的に止められるようコンピューターシステムの中に脆弱性を設ける恐れがあることを心配している」「対内情報機関MI5は中国の情報機関は英国の国益を損なうために活動を続けていると信じて疑わない」
メイはキャメロンと同じく同性愛に寛容なソーシャル・リベラルに転向したが、外交・安全保障ではまったく正反対の考え方をしている。性善説より性悪説に立ち、地政学を重視する保守政治家だ。オズボーンのように経済成長を優先して、伝統的な米国との「特別な関係」をないがしろにすることなどあり得ない。英国のEU離脱は欧州と周辺地域を不安定化させる恐れが大きいが、中国と睨み合う日本にとっては朗報になるかもしれない。
木村正人
読み込み中…