高校時代の俺は(今もだけど)何かと人に相談される立場で、特に恋愛関係のことならこいつに聞け状態になっていた。特に女子の間で。
さしてモテていたわけでもないのによくわからない。まあそれはともかく。
ある日クラスメイトのAくんからメールやってきて、「部活先で好きな人間がいる」と相談された。
男子の恋愛相談者は絶無とはいわんまでもそれなりに珍しい。特に女子に巻き込まれる形でなく、俺に直で相談するやつとなるとなおさらだ。
Aくんはひょうたんみたいなツラにひょうたんみたいな肌の色でひょうたんみたいな体型をした男の子で、きさくな人柄と抜群のユーモアセンスで古風な言い方だがクラスの中ではムードメーカーとして親しまれていた。こういうやつは恋愛事においてえてして「良い人」止まりである。典型的なパターンだ。Aくんとその想い人は友人としては良好な関係であるが、その先に踏み出せないという。
その日、中島さんにフラレて死にそうになっていた俺は正直豊臣秀吉の旗印にぶらさがっていそうな男の相談などどうでもいいモードになっていて、それでも習い性の悲しさか、機械的に「あーそれはこういうパターンですね〜」みたいな実のところなんの解決にもならない相槌をてきとうに打っていた(不思議なことに、これで勝手に解決してくれるパターンも多かった)。
ところがはなしを聞いていくうちに微妙におかしな点がいくつか出てきた。相談者がディティールを隠すのはよくある。普段は俺もそれを咎めなどしない。しかし、こちらも想い人の情報を過剰に隠蔽されまくると応答しようにも応答しかねる。
気になって控えめに問いただすと、Aくんにもあらいざらいぶちまけたい衝動があったのか、想い人が実は同級の男子であると打ち明けてきた。
「そうか〜まあ、そんな気はしてたけど〜」と内容のまるでない文面しか返せない。もちろん、「そんな気」など一ミリも感じたことはなかった。
結局、「様子を見つつ間合いをはかる」みたいな結論だったような気がする。Aくんが勝手に出した答えだ。
それから数週間が経ったところ、同じくクラスメイトであるBくん、Cくん、D氏とCくん宅でいつものようにマリオカートをやりながら駄弁っていると、同性愛者についての話題になった。
トランスジェンダーの人が親に隠していた自分のセクシャリティを打ち明ける様をカメラが追う、といった内容のバラエティ番組が前夜放送されていて、当時はトランスジェンダーとゲイの違いなど知らなかったから、「でも自分の家族がいきなりホモだとかバレたらなんか困るよなー」とか「そういや塾の講師がすげえオネエっぽくてさー」みたいなヒドい会話をしていた。
その流れで、といえばあたかも理由があったかのようだが、実際のところ必要もなく俺は「そういうAくんって男好きらしいよ」とぶっちゃけた。恋愛相談のことには避けつつ、Aくんがそうカミングアウトしてきたと言った。
ぶっちゃけられた方の三人は反応の窮したようだった。「あー、たしかになんかそういう雰囲気あるしな」といった彼らがほんとうに「そういう雰囲気」を感知していたかはさだかでない。その後、「Aくんのホモっぽい言動」の類例を挙げるコーナーが数分続いたあと、話題は別なものへと逸れた。
なぜ、言ってしまったのか、と今でも後悔する。自分がAくんに告白されたわけでも、Aくんをネタにしてマリカーの肴にしたかったわけでも(おそらく)ない。「自分一人では抱えてはいられない」という恐慌めいた気持ちをずっと抱えていて、あの瞬間、ふと魔が差した、としか言いようが無い。人間は誰しも秘密を抱えているという格言があるが、たかだか十数年のうてんきに生きてきた高校生に、墓の下まで持っていくべきであるような秘密を抱えた経験なんてそうそうあるだろうか。普段の俺が他人からの相談を徹底して守秘できるのは、それが所詮「ガキのおなやみ」程度の事柄であるからだ。Aくんのは本物の秘密だった。本物の苦しみだった。俺はこの「爆弾」をどう扱っていいかわからなかった。そう、「爆弾」だと思ってしまった。いつか爆発して、俺をふっとばすかもしれない。根拠もなくそう信じこんだ。誰かにパスしないと死んでしまう。
そして、それは俺固有の感情ではなかったみたいだった。BくんもCくんもD氏もその後、俺と同じような行動を取った。それが爆弾であろうがなかろうが、パスして減ることはなく、むしろ増えるだけだということを俺たちはわかっていなかった。
その月のうちに、Aくんがゲイだという事実は教室内の常識と化した。
表立って彼をゲイであると名指ししたり、ネタにする人間こそいなかったが、各人の反応はさまざまだった。
それなとなくAくんと精神的にも物理的にも距離を取るもの、それまでどおり接しているように見えてAくんがボディタッチしてくると過敏に拒絶反応を起こすもの、それまでホモネタをやたら盛っていたくせにピタリとその癖が止まるもの、影で笑うもの、表面上特に何も変わらないもの、まあ、いろいろだ。
学期末には、Aくんも事実上オープンみたいな言動を取るようになった。直接「その言葉」を自称しこそはしないものの、「好みのタイプ」をネタ的に言うようになり、テレビで求められるようなオネエキャラを戯れに演じることすらやった。いったんギリギリで遠ざけられかけていた彼は、それでクラスメイトと彼なりに新たな関係を再構築した。
今考えると天才的なコミュニケーション手腕だ。Aくんであったからこそ成し得た偉業だった。
彼なりの苦悩や苦心はもちろんあっただろう。
必死になって作り上げた新しい関係だって、卒業までの一年強のあいだ、彼にとってけして居心地のいいものではなかっただろう。
そういう桎梏を、彼はけして俺に吐露しようとはしなかった。
しょせん、俺とはその程度のお悩み相談員だったのである。自分が他人の恋愛事をどうこうして何か人間や世の中をわかっていたような気になっていただけで、実のところなにも知らない小人だったと思い知った。
俺はAくんと以前と変わらずバカ話を交わすバカな友人でありつづけようとつとめた。俺は彼にとって裏切り者であるはずだったが、すくなくとも日常的には以前とおなじく友人として遇してくれた。それが彼なりの罰だったのだろうか。
やがて彼は東京の大学に合格し、俺は仙台の大学へと進学することになった。
受験戦争を終えて放心状態になっていた俺に、Aくんからひさしぶりにメールが届いた。タイトルで俺に対して感謝を表していた。
「例の部活先の想い人に告白した。断られた。でも後悔はしていない。むしろ、卒業前に告白できてよかった。増田くんに相談したおかげだ。ありがとう」的な内容が綴られていた。
俺は何も感謝されるようなことはしてない。
むしろ、恨まれて刺されても文句なんかいえないようなことを彼に対してやった。
俺に「相談したおかげ」でどんなことが起こったか、わからないようなAくんではないはずだ。
でも、俺はAくんに対して「それは皮肉で言っているのか」と訊けなかった。返信すらできなかった。どうすればいいのかわからなかった。だから今度は、なにもしなかった。
その後、ちょくちょく上京する機会があると二回に一回はAくんに会って話した。彼の大学にはLGBTサークルがあって、その活動を通じて恋人もできたと嬉しそうに話してくれた。
「おまえがバラしたんだろ」とはついに言われなかった。
大学院以降はヨーロッパで暮らすようになったAくんは、もはやフェイスブックの向こう側の人間だ。
俺は勤め先の会社で相変わらず上司や同僚や後輩から「お悩み」を続々もちこまれてテキトーに答えている。っていうかなんで夫婦の揉め事を俺に持ち込むのか。未婚だぞ。
BくんはAくんと同じ大学へ進学して、二年生のときに自殺した。
AくんとBくんは東京でそれなりに親しく付き合っていたらしい。Bくんは天才肌の天真爛漫なタイプで、奇行は多かったが悩み事は少なそうに見えていた。
「彼なりに悩み事があったんだろうね。けど、誰にも言わなかったよねえ。言えなかったのかねえ」
とAくんは惜しむように嘆いていた。