しかし例えば、韓国企業がポケモンキャラクターの使用権を買って拡張現実のゲームを作ったなら、今のような人気を得られただろうか。ナイアンティックはキャラクターをうまく使い、ユーザーに「もう1匹捕まえてみるか」と思わせる中毒性を持たせた。ヒットを生んだのはキャラクターのパワーだけでなく、こうした総合的な開発能力だったに違いない。
韓国人は、「教訓」を得なければという集団的な強迫観念にとりつかれているのではないかと思うときがある。イノベーション企業の再飛躍、規制緩和、20年に及ぶ投資で育て上げたキャラクター…。すでに知っている「模範解答」を再確認することは、まるで美談を聞くかのように楽でもある。おそらく、後から出発して先を行く者に追いつこうとするあがきが、教訓を得ようとする姿勢を生んだのだろう。
しかし、それだけではいつまでも亜流にとどまるだけだ。拡張現実は新世界だ。必要なのは過去からの教訓よりも、未来を見据えた自由な想像力だ。注目すべきはゲームの成功の秘訣(ひけつ)よりも、拡張現実が変える未来図だ。見たいものを見るため、基本的な事実を確認することに目をつぶってしまってはいないだろうか。必ずしもポケモンGOに限ったことではないように思えて、もどかしい。「韓国型ポケモンGO」のようなコピー作品を作るのはやめようということでほぼ世論が一致していることが、せめてもの進歩だと慰めるべきなのだろうか。