「歴史の真実を求める世界連合会」(GAHT)による連邦控訴審判決への不誠実極まりない 「抗議声明」

8/5/2016 - 12:27 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

八月四日、産経新聞や日本の右派が支援する団体「歴史の真実を求める世界連合会」(GAHT)がカリフォルニア州グレンデール市の「慰安婦」像の撤去を求めていた裁判で、連邦控訴審による判決が出た(判決文PDF)。

内容的には、過去に報告してきた連邦裁判所及び州裁判所の第一審判決と似たり寄ったりであり、とくに解説する必要もないかと思ったのだけれど、GAHTが発表した「米国連邦裁判所第9巡回区控訴裁判所8月4日に判決への抗議文」があまりにデタラメで、いくらなんでもGAHTの裁判費用を支援している日本の支持者たちがかわいそうなので、説明したいと思う。

上に「第一審判決と似たり寄ったり」と書いたが、実のところ大きく違う部分もある。それは、今回はじめてGAHTや代表者の目良浩一氏らに「原告適格」が認定されたことだ。これまでの判決では、目良氏らはグレンデール市の行為によって具体的にどのような被害を受けたのか説明できていない、つまり原告として市を訴える資格すらない、として訴えが退けられてきたのだが、連邦控訴審では目良氏の言う「公園内に慰安婦像が設置されたせいで、気持ちよく公園を利用することができなくなった」という「被害の訴え」を(もしそれが事実とするなら、という仮定のもとで)「具体的な被害」と認めたことになる。

こうした判断は、過去の判例と比べて、逸脱するものではないように見える。たとえば公園にキリスト教の十字架が設置されているために無神論者の住民が公園を気持ちよく使えなくなったとか、教義で同性愛者を差別する宗教系の福祉団体に自治体が用地を提供することが同性愛者である住民として傷つけられたといった裁判でも、原告適格が認定されている。ただしそれは、「具体的な被害を受けたと訴えることができる」というだけの話であり、たとえば同性愛者の裁判では結局「原告適格はあるが、自治体による用地提供は合法」という原告敗訴の判決が出ている。

グレンデール慰安婦像裁判の連邦第一審の判決は、「原告には原告適格がない、仮にあったとしても原告の主張には何の妥当性もない」としたもので、「原告適格がない」という部分だけは撤回されたものの、原告の主張自体は全面的に退けられた。考え方によってはGAHTにとっては一歩前進だが、GAHT自身は大した前進とは思っていないようで、そのことについては「判決への抗議文」でも全く触れられていない。

原告適格を認めたうえで、今回の裁判において裁判所が判断したのは、「グレンデール市による慰安婦像の設置は連邦政府の外交権を侵害しており違憲である、というGAHTの主張は妥当かどうか」だ。結論は、これまでの判決と同様に、「自治体が国際的な問題について何らかの意見を表明することは、表現の自由の範疇であり、違憲ではない」というもの。

GAHTは裁判で、自治体による「連邦政府の外交権侵害」が認定された例として、ホロコーストやアルメニア人虐殺の被害者が加害者を州の法廷で訴えるための時効撤廃を定めたカリフォルニア州法や、ビルマの軍事政権と取り引きのある企業の州政府事業への参加を禁止したマサチューセッツ州法の例を挙げている。これらの州法は、州の司法や行政による具体的な権力の行使により経済的な影響が生じており、連邦政府の外交政策と衝突しかねないことから、違憲判決が出た。

それに対しグレンデール市は、元慰安婦の人たちが日本を訴えることを認めると決めたわけでもないし、日本企業に経済制裁を課したわけでもない。ただ被害者を記憶し、同じ被害が起きないように願う、という自治体としての意見を表明しただけだ。これは米国のさまざまなところにあるホロコースト記念碑や、八十年代に多数の自治体が可決した「南アフリカのアパルトヘイト政策非難決議」、あるいは最近ではナイジェリアの過激派組織ボコ・ハラムによる誘拐や人身取引に抗議する決議を出したアトランタ市の行為などと同じく、米国社会において伝統的に自治体が担っている役割を果たしたに過ぎない、と判断された。

さらに、GAHTは慰安婦像の設置によって米国の外交政策が妨害されたと主張しているが、判決では「米国の外交政策と衝突しているという証拠がない」「米国政府がグレンデール市の行為を問題にしている様子がない」「日米関係が傷つけられたという根拠がない」など、GAHTの主張がことごとく退けられた。原告適格が認められたことだけ見れば原告の主張が一部認められたと言ってもいいが、最高裁まで争っても、これ以上原告の主張は認められそうにない。

ではGAHTは判決に対する抗議声明において、どのように反論しているのだろうか。驚くべきことに、抗議声明には「外交権の侵害があった、裁判所はその判断を誤った」という内容は全く書かれていない。あるのは、裁判所が世界抗日戦争史実維護連合会(抗日連合会)やカリフォルニア韓国系米国人フォーラム(KAFC)が提出した意見書を鵜呑みにして、不当に旧日本軍の犯罪行為を認定した、という批判だ。以下に引用する。

判決は被告グレンデール市を擁護するGAPH等の他機関から提出された見解書を基に、旧日本軍が朝鮮人女性を奴隷に強制したとの一方的な憶測で書かれている。(GAPH: Global Alliance for Preserving the History of WW II in Asia世界抗日戦争史実維護連合会)
我々はその一方的な見解書に対して反論書を用意しその準備が出来ている事は6月の公判で述べた。
(略)
この様に出された見解書は正しくも公平でもありませんので、引用すべきではありません。
(略)
今回の判決では慰安婦問題が日韓で論争となっていると認めながら、上記で述べた様に被告側の見解のみを採用しました。

判決を実際に読んでみると、そもそも抗日連合会やKAFCの意見書はまったく引用されていない。引用されているのは、米国下院議会が2007年に可決した「慰安婦決議」だけだ。GAHTは「この様に出された見解書は正しくも公平でもありませんので、引用すべきではありません」と主張するが、言われるまでもなく判決は意見書を一切引用していないのだ。

また、それらの意見書をもとに「判決は(略)旧日本軍が朝鮮人女性を奴隷に強制したとの一方的な憶測で書かれている」という部分についても、そのような内容は判決にはまったく見られない。「奴隷」という言葉を探すと、一箇所だけ、下院決議を引用する部分で含まれているに過ぎない。そもそも、GAHTは「歴史的事実について争わない、問題はグレンデール市が連邦政府の外交権を侵害したことだ」と憲法論争を挑んだのだから、裁判の争点ですらない歴史的事実について裁判所が何らかの判断をするわけがない。当然の話だ。

裁判のなかで、GAHTは「裁判所は抗日連合会やKAFCの意見書を採用すべきではない」と主張する文書を提出しているが、その要旨は極めて明快だ。「この裁判で争われているのは歴史的事実ではなく、連邦政府の外交権をめぐる憲法解釈だけであり、その点について何の目新しい主張もしていない抗日連合会やKAFCの意見書を採用する理由がない」。まさにその通りだと思うが、GAHTはなんでそれを自分たちの支援者たちに説明しないのだろうか。判決ではなく「抗議声明」だけを読んだ支援者たちは、GAHTが法廷で歴史論争を挑んだけれども、判事が抗日連合会やKAFCの主張を鵜呑みにしてしまったために敗訴したのだ、と誤解してしまいそうだ。

はっきり言って目良氏は、サンフランシスコ市議会に乗り込んで目の前に座っている元慰安婦の女性を嘘つき呼ばわりするなど、「慰安婦碑反対運動」を行うほかの在米日本人たちの足を引っ張ることしかしていないので、わたしから見て脅威でもなんでもない。GAHTが勝ち目のない裁判でいくら訴訟費用を無駄遣いしても、そのために日本の支援者たちを騙して寄付を巻き上げても、わたしは何ら困らないのだけれど、さすがにここまでくると善意で寄付をしている日本の支援者たちに同情してしまう。

…と書いたところで気づいたのだけれど、これ、もしかして目良さん自身も裁判の争点や判決の内容を理解していなくて、弁護士にカモにされている、という可能性もあるかもしれないと思い立った。そういえばGAHTは、州裁判所の第一審でSLAPP(恫喝的訴訟)認定を食らって、被告グレンデール市への訴訟費用の賠償を命じられたけれども、その時明らかになった市側の訴訟費用に比べて、原告GAHTが決算報告に記載している原告側の訴訟費用はかなり高額だ。もしかしてもしかすると、本当に悪徳弁護士に騙されているのでは?という疑いまで抱いてしまう、今回の「抗議声明」だった。

コメントを残す

コメントを残す