「広島と長崎が『核戦争の夜明け』ではなく、私たちが道徳的に目覚めることの始まりとして知られるような未来に」

 今年5月27日、現職の米大統領として初めて被爆地・広島を訪れたオバマ氏は、17分間に及んだ演説をこう締めくくった。

 そして広島はきょう、長崎は9日に、被爆71年を迎える。

 オバマ氏の広島訪問は歴史に刻まれる大きな一歩だった。しかし世界には1万5千発を超す核兵器がある。「核兵器のない世界」は依然遠い。

 未来を切り開くのは行動だ。とりわけ、核の惨禍を知る日本への期待は大きい。

 だが被爆地では、日本政府が核兵器をなくそうとする国際潮流をむしろ妨げているのでは、との疑念が強まっている。

 広島でオバマ氏に同行した安倍首相は、核兵器のない世界に向け、「絶え間なく努力を積み重ねていく」と誓った。では何をするのか。具体的なビジョンが問われている。

 ■先制不使用に当惑

 米紙ワシントン・ポストは先月、オバマ政権が核政策の変更を検討している、と報じた。

 注目されるのは「先制不使用」の宣言が対象に挙がっていることだ。他国に核兵器で攻撃されない限り、核を先に使わないと約束する。核保有国では中国とインドが採用している。

 安全保障政策上の核兵器の役割は大幅に縮小する。他の核保有国に対して核軍縮を促す効果も高いとされる。

 米国では民主党の上院議員10人がオバマ氏に先制不使用宣言を呼びかけた。広島、長崎両市長も「核兵器のない世界に向かう重要な一歩となる」と核政策変更を支持する書簡を送った。

 だが日本政府は当惑気味だ。岸田外相は「日米でしっかり意思疎通を図っていくべき課題だ」と述べた。オバマ政権が10年に核政策を見直した際も、日本など同盟国への配慮から、先制不使用は見送られている。

 一方、国連では、非人道的な核兵器を国際法で禁止しようとする動きが加速している。2月からスイスで議論を続けてきた作業部会は今月が最終会期になる。部会の議長がまとめた報告書素案は「大多数の国が来年の交渉開始を支持した」とした。

 この「大多数」に含まれない国の一つが日本だ。作業部会では「現在の安全保障環境では時期尚早」と繰り返してきた。

 被爆国が核軍縮の流れにあらがう。被爆71年の現状だ。

 ■揺るがぬ核依存

 背景にあるのは、米国の核で他国の攻撃を抑止するという、「核の傘」への依存である。

 急速な軍拡を進める中国、核・ミサイル実験を繰り返す北朝鮮に対抗するためにも、核の傘は外せない。先制不使用も核兵器禁止条約も、核の傘の抑止力を損なうもので、賛同しがたいというのが、政府の考え方だ。

 ただ、核抑止論は冷戦時代の遺物だ。日本政府は米国が核を使用する可能性を否定しておらず、核被害を繰り返すことを望まない国民感情とは大きな開きがある。抑止論に立つ限り、他の核保有国も核兵器に頼る考えを変えず、核戦争の危険は永遠になくせない。

 安全保障環境を厳しく見据える必要性はいうまでもない。もっとも専門家の間では、日米を中心にした通常戦力だけで、北朝鮮や中国への抑止は十分機能しているとの見方が強い。

 オバマ氏は広島演説で「恐怖の論理にとらわれず、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない」と説いた。

 松井一実広島市長はきょう発表する平和宣言でこの部分を引用し、「信頼と対話による安全保障の仕組みづくりに、情熱を持って臨まなければならない」と訴える。

 勇気、情熱。それが最も求められているのが日本政府だろう。核の傘に頼らない安全保障をめざす意思を打ち出し、その目標に向け、米国と協議を進めていくべきだ。

 安倍首相は広島、長崎の平和式典に毎年参列し、被爆者代表との対話の場も持ってきた。

 それでも被爆地では首相への不信感が強い。集団的自衛権の容認、安保法制と、憲法の平和主義を揺るがす政策を矢継ぎ早に進める一方、14年には懸念を示した被爆者を「見解の相違」と突き放すなど、切なる声に耳を傾けようとしないためだ。

 ■被爆地の叫び

 9日に発表される長崎平和宣言には「非核三原則の法制化」の要求が2年ぶりに盛られる。起草委員会で、被爆者の谷口稜曄(すみてる)さん(87)が強く主張した。

 「あの忌まわしい戦争を知らない人たちが憲法を変えようとしている。生き残った被爆者として、生きている限り叫び続けなければいけない」

 被爆地の叫びは、核兵器のない世界をめざす原点である。安倍首相が核廃絶を主導したいというならまず被爆地の声に真摯(しんし)に向き合い、手を携えて進む道を探ることから始めるべきだ。