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アルゲートオンライン~侍が参る異世界道中~ 作者:桐野紡
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第167話 緑竜との邂逅

 アネッテは目を覚ますと宿の部屋に一人だった。でも確かに彼女の他に誰かがいた証拠にベッドの一部分が窪んで残り体温の温みを感じて彼女は微笑み、「よしっ」と細い手を握り締め元気を貰った気がした。

(緑竜さまを探さないと)

 実際、アネッテもリキオーに言われたとおり、緑竜さまに会えたとしてもそれでどうなるのかは皆目見当がつかない。それでも、囚われの身である彼らを助けだす唯一の手段であることには違いない。
 アネッテは部屋から出るとドアの前に立っていた彼女の見張り兼ボディガードのミャーティアの戦士に話しかけた。

「あのう、お願いがあるのですけれど」
「はい?」

 アネッテの要望で監視兼ホディガードとしてホーデリーフェと共に街に出た。
 そこはアルタイラ以上の人種のるつぼだった。一口に獣人と言っても、ここには種族による差別がないため、獣人以外の亜人たちも含まれている。
 獣人にもおおまかに言って四種、ウルフェン、ドラゴユート、フォクシー、ミャーティアがいるが、それ以外にも小山のような体格のジャイアント、下半身が蛇のラミア、膝から下が鷲で腕が羽根になっているハーピーもいる。
 アネッテの足元をかつてのゴーストタウンで出会った獣人の子供を髣髴とさせる幼児たちが歓声を上げて走り抜けていく。子供好きのアネッテにとって目の保養だ。楽しそうに目を細めているアネッテにホーデリーフェは物言いたげな眼差しを向けていた。

「ここがカメリア……あなたたち獣人の都なのね」
「アネッテ、確かに緑竜さま、ヘストゥエルさまは気さくな方だが、会ってくださるかどうかはわからないぞ」
「ええ、それで構わないわ」
「なあ。あいつらと縁を切ってお前だけでも──」
「無理よ。あなたの申し出はありがたいけど、私たちはいつも一緒だから。離れてしまったら、もう私でなくなるの」

 ホーデリーフェはアネッテの子どもたちに向けていた温和な表情から打って変わって見せた剣幕に呆気にとられてフルフル、と頭を振って溜息を吐いた。

 それからホーデリーフェとアネッテは街の中心にそびえる豊かな枝と葉を茂られた巨大樹の根元を目指した。そこは大きく張り出した緑が生い茂る枝の下の気持ち良い木陰が広がっていて、太い根っこに囲まれ、外側を馬が越えられない程度の柵で覆われた牧場のようだ。
 しかし馬も他の獣もいる気配はなく、ただ広く続く草原の奥、巨大樹の根本のうろになってい部分に太い木を刳り抜いたような作りの建物が立っていて、それは巨大樹と屋根の部分で繋がっているように見える。

 ホーデリーフェが入り口で待っていると、その建物からこちらもミャーティアのメイド服の女性が静かに歩み寄ってきた。メイド服は足元が活動しやすいようにか裾が短めで、着ている彼女のスラリと伸びた脚が膝上からスラリと伸びているのがよく見える。それ以外はデザインもちゃんとしたゴシック調のもので、それだけに違和感があった。

「アネッテ様、ホーデリーフェ。主様はお二人を歓迎するとのことです。私の後についてきてください」

 そのミャーティアのメイドは鼻にかけた、小さいレトロタイプなメガネの位置を指先で直しながら二人に告げると深々と一礼し、きびすを返すと歩き出す。
 アネッテはその様子に面食らっていたがホーデリーフェがメイドの後を追って歩き出したので、遅れないように足早に歩き始めた。

 気持ちのいい風が歩む三人の間を走り抜けていく。
 草原の中を歩くこと十分ほどで樹の根元にたどり着く。上を見上げると圧倒的な木の存在感が迫ってくるようだ。アネッテは久しぶりに味わう緑と精霊の輝きを目にして深い感動を受けていた。草原でも風の精霊が楽しげに乱舞し、アネッテの周りを飛び交っていた。

 メイドがノックを一回だけ静かにすると、中から「お入り」と静かでそれでいて若そうな男性の声が響いた。「失礼します」とメイドが告げ、ドアを開けて客人を中に通すと、そこには天井まであるプランターにかぼちゃの形をした如雨露で水をやっている男性の姿があった。
 メイド同様にクラシックな鼻眼鏡を掛け、彼女も気に入って持っているアオザイに似た雰囲気の服装で先の尖った布製の靴を履いている。その眼差しは穏やかで、それでいて深淵まで覗きこむようだ。

「やあ、遠路はるばる、よく来てくれたね。まあ立ち話も何だな、掛けてくれ」
「し、失礼します」

 人当たりはフランクで礼儀正しい。アネッテにとっても今まで見たことのないタイプだ。先ほどのメイドさんは場を去ると奥に引っ込んだ。
 アネッテばかりか、ホーデリーフェも緊張してカチコチになっている。

「僕が緑竜、ヘストゥエルだよ。それで君は? 隣の君はホーデリーフェと言ったかな」
「お、お名前を覚えて戴けてこ、光栄ですっ」

 ホーデリーフェはカチンコチンのまま、叫ぶように口を開いた。

「私は冒険者パーティ、銀狼団の精霊術士、アネッテと申します。」

「あ、あの……こんなことを緑竜さまにお願いするのも失礼なのですが、私の仲間のヒト族が掴まっていて、それでその、あなたに会えば誤解というか疑いが晴れるのではないかと、そう言っていたんです」

 アネッテの言葉を聞いていた緑竜ヘストゥエルはウンウン、と一つひとつの言葉を噛みしめるように聞いていた。その内にメイドが戻ってきて、主ヘストゥエルを一番に、そしてアネッテとホーデリーフェにお茶を淹れた。そのまま彼女は主の傍らで立ち尽くしている。

「うーん。それはどうかな。僕にはそんな権限はないよ」

 アネッテは「やっぱり」と思い、ガックリと肩を下ろした。彼女にとってリキオーは敬愛する主だが、どこか抜けてるところがある。

「悪い事しちゃったかな」
「いえ、主様は何も責任はございません。勝手に主様に期待を押し付ける方が悪いのです」

 メイドがキリッ、と細い指先でレトロなデザインの鼻眼鏡の位置を直すと断言する。緑竜、ヘストゥエルは困ったな、という表情をしてメイドに苦笑いを向けている。

「あ、あの、ヘストゥエル様はイェニー様とは旧知の間柄なんですよね?」
「ほう。君たちはあの娘と知り合いなのか。そうだよね……ということは他の竜たちにも会ってきたのかな」
「は、はい。火竜さま、黒竜さまとは既に面会して頂きました」

 メイド、リサンヌという彼女とホーデリーフェ、二人のミャーティアはアネッテの言葉に愕然としている。彼女たち獣人の都カメリアにいる者にとって、ヘストゥエルは王と並ぶか、それより上の尊敬を集める人物だ。目の前のエルフがそんな尊敬を集める人物と同じ尊い人々と既に面識があるという事実に戸惑っていた。

「ということは彼らから何かを貰っているかい」
「はい、あの透明な石ですよね。今は私の手元にはございませんが、私の主、リキオーが所持しております」

 アネッテは、リキオーがそれぞれの竜たちから貰ったという透明な宝石、ドラゴンズアイを見せてくれたことを思い出した。それは一見するとただの宝石、しかも若干に濁りがあるためそれほど高い価値があるとは思えない。しかし、ドラゴンズアイはそれぞれの竜の力を秘めていて、その力を用いることで人としての限界をたやすく突破するほどの力を秘めている。

 ヘストゥエルは「失礼」と断って席を立つと、部屋の真ん中に伸びている巨大樹の根に触れて少しの間、考え事をしていたが、やがて戻ってきて座り直した。

「分かった。……僕は彼らとは没交渉でね。自分には彼らの期待しているものには関心がなかったんだ。それでも君は、いや君たちはここまでやってきた。やがて来るのだろうね、ここの住人たちも巻き込んだ新生の時が。ともかく、僕に何が出来るかは分からないが考えてみるよ」
「あ、あるじ様、このような怪しい者にそのような約束をなさってはいけません」

 メイド、リサンヌは慌てて、緑竜ヘストゥエルを止めにかかった。
 人のいい主人に余計な心労を与えたくない。竜であるヘストゥエルはこの都、カメリアの守護神なのだ。軽々にその力を当てにするほうが間違っている。まして、相手は獣人の敵であるヒト族の眷属なのだ。ヘストゥエルがヒト族に与したとして反感を持つ獣人は多いだろう。
 獣人の中にはヘストゥエルの竜として顕現した姿や威厳も知らず、ただ巨樹の根本で安穏と保護されているヒト族か何かだと思い込んでいる者も少なく無いという。
 確かにヘストゥエルは見かけは全くヒト族そのままだ。濃い緑の髪の合間に覗く捻くれた太い角を別にすれば。

「いいんだよ、リサンヌ。これは彼らにとっての賭けだ。僕には何も痛くも痒くもない。それに判断するのは僕じゃない。采配を握るのは王なのだからね」

 アネッテは少し望みが出てきたと思った矢先の絶望に蒼白になる。ともあれ賽は投げられた。あとはリキオーが竜と獣人の王に応えられるか否か。もうアネッテにはリキオーを信じて託すしかなかった。

***

 その頃、リキオーとマリアはジメジメとした地下牢で退屈な時間を過ごしていた。リキオーはその気になれば牢からは簡単に抜け出せる。それをしないのは、抜け出しても獣人の信頼を勝ち得ないからだ。
 とは言ってもインベントリには食料も暇をつぶすアイテムも豊富な上に、彼らはリキオーたちを地下牢に放り込んだ後、脱獄などの心配もしていないのか、監視の目もない。
 そこに放り込まれた後は尋問や拷問といったこともなく、どうしてそのままにしているのかわからない。
 冷たい地面に直接座るのも憚られるので土の生活魔法で奥の一角を表から見えないように偽装して改造し寝床を作り、風呂も作ってしまった。そんなことをしていると、閉じ込められてはいるものの緊張感は薄れてしまった。

 一応、昼ごろに食事らしいトレイを持った獣人が降りてくる。妙に猫背な上に手に水かきらしいものがついていた。なんとなしに相手のステータスを確認するとモーラというもぐらの獣人だった。いわゆるメジャーな四種族しか知らなかったリキオーにとっても新鮮な驚きを与えてくれた。

 ハヤテとアネッテからは離れてしまっているが、カエデが頻繁に顔を見せるので二人にとって、特にマリアにとっては心配を癒やしてくれている。

「ご主人、姉さまは無事、緑竜さまに会えただろうか」
「さあなあ。会えたら何か奴らの対応にも変化が出るだろうからすぐ分かるだろ」

 マリアはリキオーの腕にしがみついて、見るともなしにぼんやりと天井を見上げていた。変化があったのは食事のトレイがモグラ型獣人によって運ばれて来てからしばらくしてからの事だった。

 その日二度目の階段を降りてくる音が響くと、牢の前にやってきたのは傍目にも緊張した一団だった。獣人四種族が揃い踏みで、しかも一人ひとりが実に個性的だ。
 それぞれが身にまとう雰囲気から只者ではないというオーラを撒き散らかしている。それぞれが牢の中にいるリキオーとマリアに対して突き刺すように鋭い視線を向けてくる。
 だがその一団の後方からもっと仰々しいオーラを纏った老齢のウルフェンが登場すると、彼らはバッ、と身を翻して、その老ウルフェンの前に傅いた。

「お前か? 竜に会いに来たというヒト族は」

 リキオーはどうやらアネッテがその役目を達成したことを察すると立ち上がり、牢の格子を隔てて老ウルフェンと対峙した。

「そうだ。リキオーという。こちらはマリア。で、そういうアンタは?」

 リキオーのふてぶてしい態度に牢の前でその老ウルフェンの前に傅いた獣人たちは殺気を漲らせた。

「ワシはイシュカーンという。この都、カメリアの王をやっておるよ」

 リキオーの目の前の老ウルフェンが王ならば、彼の前に傅くのは獣人四天王ということだろう。道理でその存在感も圧倒的だ。

「それで、その王様が俺に何のようだい?」
「さて、珍しく竜の奴がワシに頼ってきてな。聞けば捕虜となったヒト族を解放してやってほしいというのだが。我等とて戯れでお主らを捕らえている訳でもないのでな」
「……何をさせようっていうのかな」
「お主一人、ヒト族の軍勢に如何ようにでもして一泡吹かせてみよ。我らは何も手を出さぬ。どうじゃ、面白かろう?」

 老ウルフェンは老獪というのが正にピッタリな毒のこもった眼差しでリキオーを見据えた。今まで竜の試練をこなしてきたリキオーにとっても、これは最大の試練となるだろうことは容易に想像できた。
 だが、リキオーは王に全く怯んだ様子もなく、「くっくっ……」と腹の底から沸き立つ笑いを噛み殺す事ができないとでも言うふうに「ハッハッハ」と可笑しくて仕方がないとでも言うふうに大きな笑い声を立てた。その場にいる誰もがリキオーを狂ったと思っただろう。

「面白れぇ。やってやろうじゃないか。吠え面かくなよ?」

 王は危険なものを見るようにリキオーの虚勢とも取れる獰猛な笑顔に顔をしかめた。そして、彼がきびすを返して立ち去ると、四天王の獣人たちもその後を追う。リキオーを一顧だにしなかった。
 その後に残ったドラゴユートの無生物のように戦士たちが槍を掲げ、抜刀したミャーティアの戦士たちが剣先を向ける中、ギィと音を立てて牢の扉が開かれてリキオーを目線で出るように促してくる。

「ご、ご主人!」
「マリア、すぐ戻ってくる。おとなしくしてろよ」

 マリアにも彼ら獣人の王がリキオーに提示した条件が普通に考えれば無理だと分かる。それほどまで状況は絶望的だ。これが今生の別れになるかもしれないと思うと、彼の言葉を信じて待つことなぞ出来ない。しかし、ここで暴れたとして何がどうなるということもないだろう。

「絶対に戻ってくるんだぞ……私は、私はあなたがいないと生きていられないんだからな」

 マリアは苦渋の表情でそれだけを絞りだすように呟くのがやっとだった。それに対してリキオーはいつもの様に不敵な笑い顔を浮かべると、獣人たちに連れだされていった。
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