イギリスのEU離脱を機に、日本では「EU=善なるもの」「イギリス=大馬鹿者」という善悪二元論がマスメディアに溢れた。その後、彼らが望んだような大破局(世界金融危機の再来)が起こらず、世界的に株価が逆に上昇したことで尻すぼみになり、最近では「イギリスのEU離脱はたいしたことない」との宗旨変えも増えてきたようだ。
株価が大きく下落すれば、それは「大惨事の予兆」だ。株価が回復すれば、「惨事は過ぎ去った」ということだ。それでもなんとなく予測が当たっているように見えるのは、(プロの投資家を含め)金融市場の参加者が後付けの理屈に振り回されるからだ。こうして「エコノミスト」や「アナリスト」の予想どおりに(短期的には)相場が動く。これが「予言の自己実現」効果だ。
だがヨーロッパでいったい何が起きているのかを知ろうとすれば、もっと本質的な問題に目を向けなければならない。それはたとえばEUという壮大な政治・社会実験の構造的な欠陥で、そこから、日本では「大馬鹿者」と一蹴されているEU離脱派の論理にも耳を傾けるじゅうぶんな理由があることがわかるだろう。
[参考記事]
●日本では報道されない、英国EU離脱派のまっとうな「離脱の論理」
EUは皮肉にも離脱を決めたイギリスの政治制度を踏襲している
イギリスの国民投票でEU離脱派は「主権を取り戻せ」をスローガンに掲げたが、これが大きな効果を発揮したのは、EUが民主的な正統性を欠いているからだ。
EUの統治構造はきわめてわかりにくいが、その基本設計は(皮肉なことに)離脱を決めたイギリスの政治制度を踏襲している。
フランスのストラスブールとベルギーのブリュッセルの2カ所に議事堂を持つ欧州議会は、イギリスの下院(日本の衆議院)に相当する立法府だ。各国首脳からなる欧州理事会は位置づけとしてはイギリスの上院(日本では戦前の貴族院)に相当し、事実上EUの最高意思決定機関になっている。ブリュッセルにあるEU委員会が行政府で、そのトップである欧州委員会委員長(現在はルクセンブルク前首相のジャン=クロード・ユンケル)が「EU首相」ということになる。
だがそもそも欧州議会議員選挙にヨーロッパのひとたちはほとんど興味を持っておらず、回を重ねるにつれて投票率が下がり、イギリス独立党や(フランスの)国民戦線(NF)など「EU解体」を唱える勢力が第一党になったりする。そのうえ欧州委員会委員長(EU首相)は欧州議会によって選出されるわけではなく、各国首脳が集まる欧州理事会のメンバーの1人ではあるものの、特別な権限を持ってはいるわけでもない。欧州理事会の常任議長(現在はポーランドのドナルド・トゥスク首相)は「EU大統領」と称されるが、その実態はEUのたんなるスポークスマンだ。
EUは(イギリスを入れれば)人口でもGDPでもアメリカを上回る巨大な権力機構だが、その統治構造が理解不能というのはものすごく不安だ。そこで「EUはいったい誰が仕切っているのか」という“独裁者探し”が始まった。とはいえEUの中核国はイギリス、フランス、ドイツの3カ国で、イギリスのキャメロン元首相は今回の離脱騒ぎで明らかなようにもともとEUに関わる気はなく(「イギリスはいかにEUに関わらないか」をアピールすることがキャメロンの残留戦略だった)、フランスは低成長と高失業率で「ヨーロッパの大国」の地位から脱落しつつあり、そのうえ続発するテロと移民問題で手いっぱいだ。そうなると消去法で、近所の親切なおばさんにしか見えないアンゲラ・メルケルが「EUの独裁者」ということになる。
この理屈はとりわけフランスの知識人が大好きで、ナチスを引き合いに出してメルケル批判に精を出しているが、ドイツがEUで独裁的権力を握っているのなら、ギリシア危機や難民問題の処理でなぜあれほど苦労したのかがわからない。ほんものの独裁者なら、反論を封殺してなにもかも自分の好きなように決めればいいだけだ。
だったらEUは誰が統治しているのか? その答はもうおわかりのように、「統治者はいない」というものだ。
統治者の場所が空白となっている統治機構などというものは、これまで誰も見たことがない。この現実を知った「知識人」は、なんとかして統治者=独裁者を見つけようとするか、そのような統治機構が存在できるはずはない(あるいは倫理的に「存在していいはずはない」)と考えた。前者が「メルケル独裁論」、後者が「EU解体論」で、EU批判というのはつきつめればこの2つだ。
「メルケル独裁論」はヨーロッパの現実と大きくくいちがっており、「負け犬の遠吠え」みたいなものでしかない。だが「EU解体論」の方はずっと強力だ。「統治者のいない統治機構は存在できない」というのが正しければ、EUの運命はすでに決まっているのだ。この難問をどのように考えればいいのだろうか。
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