記者ハンドブック新聞用事用語集
追記に真骨頂をもってくるバランス感覚がある意味秀逸だったこの記事ですが,内容はさておき山本一郎氏が用いた「女史」という言葉がとても気になりました.
言及記事では「小池百合子女史」と記述しています.
私は山本一郎氏の書いたものは過去に1記事しか読んでなかったので,「山本一郎 女史」で検索したところ,
「北条かや女史」(北条かや女史と「こじらせ(女子)」炎上を巡る面倒くさい話|やまもといちろうコラム(1ページ目) - デイリーニュースオンライン),
「安藤美冬女史」(やまもといちろう 公式ブログ - 【号外】安藤美冬女史@ノマド女王がマルチまがい商法のフロントだった件について - Powered by LINE)がヒットしました.
「北条かや女史」記事に目を通したところ,「雨宮女史」「能町みね子女史」とありました(「イケダハヤト師」もあったけど).山本氏が「女史」を好んで使うかどうかはわかりませんが,小池百合子東京都知事以外の女性にも用いてきたことは確かですね.
なぜこんなことが気になったかというと,『記者ハンドブック 新聞用事用語集』によれば「女史」は差別語・不快用語とされているからです.
『記者ハンドブック新聞用事用語集』とは,「一般企業の企画・広報担当者からWEBライターまで、文章を書くすべての人にお薦めする日本語用字用語集の決定版」です(Amazonの『記者ハンドブック新聞用事用語集』商品説明の内容紹介より).
『記者ハンドブック新聞用事用語集』のまえがきにはこうあります.
1956年に初版を発行した共同通信社「記者ハンドブック」は本書で13版となります.記事は①分かりやすくやさしい文章,言葉で書く②できるだけ統一した基準を守るーという原則に変わりはありません.そのよりどころとなるように心掛けて編集しました.
まがりなりにもブログを公開して不特定多数の方に読んでいただいている以上,言葉遣いに配慮すべく最近購入しました.と言えばそれなりに格好が付きますが,ファストフードとファーストフードのどちらが正しい言葉なのか気になったので買ったまでです.
「女史」は性差別語
さて,『記者ハンドブック 新聞用事用語集』の差別語,不快用語の項目には,こう書いてあります.
性別,職業,身分,地位,境遇,信条,人種,民族,地域,心身の状態,病気,身体的な特徴などについて差別の観念を表す言葉,言い回しは使わない.基本的人権を守り,あらゆる差別をなくすため努力するのは報道に携わる者の責務だからだ.
使う側にとって差別意識がなくても,当事者にとっては重大な侮辱,精神的な苦痛,差別,いじめにつながることがある.使われた側の立場になって考えることが重要だ.ことわざ,成句の引用でも,その文言の歴史的な背景を考え,差別助長にならないような心遣いが必要になる.(p.490)
「特に気を付けたい言葉の主な例は次の通り」として,
1 心身の障害,病気
2 職業
3 身分など
4 人種,民族,地域の表記
5 性差別
6 子ども
7 俗語,隠語,不快用語
を挙げています.
5の性差別の箇所に,「女史」が記載されています.「女史」は,「女性を特別視する表現や,男性側に対語のない女性表現は原則として使わない」言葉の筆頭に挙げられていました.
女性を特別視する表現や,男性側に対語のない女性表現は原則として使わない.性別を理由にした社会的,制度的な差別につながらないよう注意する.
・女史→○○○○さん
・女流→「女流名人」などの固有名詞以外は使わない.
・連れ子→差別的な意味では使わない.「○○さんの長男」などとする.
(p.494,以下略)
つまり,「女史」という言葉は,「性別について差別の観念を表す言葉であり,女性を特別視する表現・男性側に対語のない女性表現」ということになります.
一方,ちょっと昔の書物を見ると「女史」という書かれているのを普通にみかけます.例としてふさわしいかどうかは別にして,たまたま手近にあった本『結婚の起源』(ヘレン・E・フィッシャー著,どうぶつ社,1983年発行)のp.263には共訳者の一人,伊沢紘生氏(当時は宮城教育大学助教授:巻末そのまま)が「著者ヘレン・フィッシャー女史」と書いていました.
おそらく,当時は「女史」が性差別表現という認識はなかったのでしょう.「女史」にはこんな意味があります.
《昔、中国で、記録の事務を扱った女官の称から》
1 社会的地位や名声のある女性を敬意を込めていう語。また、その女性の名前に添えて敬意を表す語。
2 昔、文書の事務を扱った女官。 (出典:女史(ジョシ)とは - コトバンク)
伊沢氏は女性の著者であるフィッシャー博士に対して敬意をこめて「女史」と表記したにすぎないかもしれません.
しかしながら,言葉の意味・用法は社会の趨勢によって変化します.初めて「女史」が性差別表現であると『記者ハンドブック新聞用事用語集』に示されたのは1997年発行第8版とのこと(敬称について | 藤野 恵美).
それからもう19年が経過していますので,「女史」は敬意を込めて用いる言葉ではなくむしろ差別語であることは社会に根付いてるのではないでしょうか?知らない人は知らないとは思いますが・・・
にもかかわらず,山本一郎氏はいまだに「女史」と使わずにはいられないかのように見受けられます.
氏の肩書きの一つは「ブロガー」とのこと.報道人じゃありませんので「基本的人権を守り,あらゆる差別をなくすため努力する(『記者ハンド ブック』p.490)」必要はないかもしれませんが,言葉を発信する人ならば表現について最低限の配慮はすべきじゃないかなと思います.もし山本氏が「女史」を性差別語として用いていないのであれば,そのことが読者に分かるよう書くべきでしょう(それが切込隊長の芸風と言われればそれまでですが).
山本氏の書いたものをごくわずかしか読んでいないのにもかかわらずこんなことを書くのは乱暴かもしれませんが,山本氏の用語の扱い方がどうにも雑な気がしてならなかったので,自戒も込めてこのエントリーを綴った次第です.
なお,山本氏はこの記事中でこちらのつぶやきをわざわざ引用していたことを付け加えさせていただきます.
ここから得られる教訓は、「引用と先行研究の解釈は丁寧にやろう」ということなのだが、
— にしむら 帰郷中 (@Nishimuraumiush) 2016年3月29日
今風のフリーライターって仕事を雑にやればやるほど、用語を雑に扱えば扱うほど注目されやすいのかもな。
創作とか別の特技持ってる人以外はズルしてでも名前売るしかないからな。
まあ,こんな泡沫ブログに書かれたとして,山本氏にとっては大したことないと思いますけどね.
ではまた!
【余録】"ポリティカルコレクトネス"について引用しておきます.
ポリティカルコレクトネス(political correctness)
人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない、中立的な表現や用語を用いること。米国で、偏見・差別のない表現は政治的に妥当である、という意 味で使われるようになった。言葉の問題にとどまらず、社会から偏見・差別をなくすことを意味する場合もある。ポリティカリーコレクト。PC。政治的妥当性。
[補説]「黒人」を「アフリカ系アメリカ人」、「メリークリスマス」を「ハッピーホリデーズ」、「ビジネスマン」を「ビジネスパーソン」と表現するなどの例がある。日本語でも、「看護婦・看護士」を「看護師」、「保母」を「保育士」などの表現に改めたことが、これに相当する。(出典:ポリティカルコレクトネス(ポリティカルコレクトネス)とは - コトバンク)