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大人になって失った大切な感覚

雑記

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それぞれのチューブから出された色鮮やかな絵具は年を重ねる度に色が混ざり皆同じような濁った色になってしまう。

わたしには様々な条件か揃うと発現するセンシビリティがあった。子供の頃の話しだ。それは感覚や感情が複雑に絡み合って生じる不思議な反応だった。

曇り空の逢魔が時。自宅前の道にわたしはひとり佇んでいた。低い空も辺りを満たす冷たい空気も家屋も道もみんな灰色だった。隣家の大きな柿の木から落ちた腐った実だけが、灰色の道に汚れたオレンジ色の染みを作り、甘くすえた臭いを漂わせ、わたしの鼻をくすぐる。突然、灰色の空気を切り裂くように一羽のオナガが鋭く二度鳴いた。

そんな時に発現する「あ、これ」という感覚。感覚自体を表現するのは難しい。デジャヴとは全く違う。条件が揃うと発現するセンシビリティ。精神的な反応と感覚 。残念ながらわたしに起きてる心的現象の詳細を上手く説明できそうにない。

小学生の頃は頻繁に感じていたセンシビリティ中学生になると徐々に減っていき、高校生になる頃には稀に発現する程度になった。わたしは大切にしていた感覚が失われていくことに焦燥感をおぼえ、稀に発現するセンシビリティを大事に記憶しようと試みた。

しかし無駄だった。ふとした瞬間に発現する「あ、これ」という感覚、稀に発現するセンシビリティを失わないように一生懸命に握りしめ、感覚を記憶として閉じ込めようとするのだが上手くいかない。鮮明な写真が日差しを浴びて色褪せ、真っ白な紙に戻ってしまうように、記憶の中に閉じ込めた感覚も褪せて消えてしまうのだった。

煙草のタールでドス黒く汚れ、腐った魚卵のようになった肺。コレステロールの過剰摂取でドロドロに濁った血液や詰まって流れない下水管のような血管。陳腐な言葉だが大人になるにつれ身体も汚れてゆくが心も同じように汚れてゆくのだろう。インプットしたい感覚は天井知らずの刺激を求めて過剰になり、引き換えにあの頃の繊細な感覚は失ってしまったのだ。

夏になり蝉が鳴き始めた。

会社帰り、発泡酒が入った白いビニール袋をぶら下げ住宅街を歩いていると「ジッ、ジージジッ!ジジッジィイ!という尋常ではない蝉の鳴き声が聞こえた。急いで辺りを見渡すが暗くて蝉の姿は確認できない。わたしは蝉がこちらに飛んでこないかとビクビクしながら肩をすくめキョロキョロと辺りを見まわす。冷えた車がずらりと並ぶ月極駐車場へ目を向けると外灯の下でスポットライトに照らされるように一匹の黒猫が蝉を弄んでいた。「ジッ、ジィジジッ!・・・ジジッジィッジィイ!」黒猫は可愛い外見とは裏腹に残酷な前脚で蝉をいたぶり続ける。しばらくして蝉の鳴き声、断末魔は聞こえなくなった。黒猫は尻を持ち上げ頭を下げた。前脚を蝉の前にちょこんと揃えて次に蝉が動くのをじっと待っている。しかしもう蝉は動かなかった。

微かに、ほんの微かにあの懐かしい感覚、「あ、これ」という感覚が頭から心臓へ向け駆け抜けた。むかしの感覚よりもはるかに弱く曖昧で輪郭の一辺を垣間見ただけだったが、大人になったわたしの心は大いに震えていた。

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