2013年に刊行された『新しい主人公の作り方』という脚本術の本の原作者であるキム・ハドソンさんは、ユング心理学をベースに、「ヴァージン」というアーキタイプを提唱されています。
――まず、どのような経緯で『新しい主人公の作り方』を書かれるに至ったのか、ご自身の研究テーマ「ヴァージン」にたどり着くまでのお話をいただけますか?
キム:“The Artist’s Way”(『ずっとやりたかったことを、やりなさい』ジュリア・キャメロン=著)という有名な本があるのですが、この中に出てくる「モーニング・ページ*1」という課題を、私は毎週、まじめに書いていました。(*1:本の中で提唱している、朝起きてから、自分の感じていることを書き綴る習慣)
ある週、「何かの用紙に必要事項を書く」という課題があり、それを文面どおりに受け取った私は、クラスか何か、必要事項を書いて申し込みをする=履修登録をすることだと思ったのです。自分のそれまでのモーニング・ページを振り返ったら、どうやら私は文章を書くことが好きらしい、とわかりました。そこで、実際に、フィルム・スクールへの申し込み用紙を書いてみたのです。
授業初日、ジョゼフ・キャンベルの「英雄の旅*2」(*2:神話に出てくる「英雄」たちの物語構造。天命を受け旅に出てイニシエーションを経て帰還する)のことを教わったとき、鳥肌が立ちました。なんておもしろいんだろう! と。確かに、おなじみの映画のストーリーが英雄の旅に当てはまるのです。でも、授業で「あらゆるストーリーはヒーローの物語」と言われたとき、私は「ちょっと待って、それはおかしいのでは」と思ったんです。英雄の旅は、とても男性的です。もっと別の種類の、女性的な物語があってしかるべきだと思いました。
そこから、私は突き進みました。もともと、地質学関係の仕事をしていて、男性たちと一緒に野外に出たり、ヘリコプターに乗ったりするとてもマッチョな職場だったので、女性としての私の心に触れるものを求めていたのでしょう。そこで、ヒーローの物語ではなさそうな映画を見て、リサーチしてみたのです。そして、それらに共通のパターンがあることに気づきはじめました。
映画を見ながら、同じパターンだ! と直感的に感じるものについて、どんな意味があるのか考えていくうちにユング心理学と出会い、ユング関係の授業も履修しました。ユングによると「ヴァージン」というアーキタイプは、自分の内面を洞察する存在です。また、『The Pregnant Virgin』という著書もあるマリオン・ウッドマンというカナダ人研究者の元でも学び、さらに多くの文献に触れました。それらの本を読んで、私が感じたのは「人生は旅である」ということ。私が歩んでいる人生も、映画に見られるパターンとぴったり重なると、とても興奮しました。私自身の人生もまた、ヴァージンの物語なのだと。
――日本版を翻訳されたシカさんは、どのように「ヴァージン」というものを捉えましたか? この『新しい主人公の作り方』では、「女性性」と訳していますが。
シカ:私は本書を訳しながら、日本にもある共通性を感じました。社会の期待に自分を合わせて自分を抑えてしまうところは、日本の男性にもよくみられます。原書に「『ヴァージン』というのは男性でも当てはまるもので、これは「プリンス」と言っても構わないんです」というくだりがあって、よかった、なるほど、これで男女ともに自分をうまく表現できていない人にピッタリくる、ということがわかりました。
キム:私がこの本を書いているとき、小さい娘たちが、”Kiki’s Delivery Service”(『魔女の宅急便』)や”Howl’s Moving Castle”(『ハウルの動く城』)や”Spirited Away”(『千と千尋の神隠し』)を見ていました。まわりの人も、「こういう映画は『ヴァージン』の物語じゃない?」と言っていました。だから、日本のアニメの中にもヴァージンの旅が表現されていると感じて驚きました。
――ジブリだけではなく、日本の中でもアニメ、映画、漫画などさまざまなコンテンツで、女性に限らず、抑圧の中から自分の真実の道に気がつき、自分を取り戻すために立ち上がる、といったストーリーは受け入れられやすいと思います。日本でも『アナと雪の女王』の人気はすごいですしね。ちなみに、本書は映画だけでなく、ライトノベルを書く層やゲーム制作者にも受け入れられています。
キム:私も実は、ゲーム作家の人たちにこの構成を使ってもらえるよう、働きかけているんです。ぴったりですよね。ゲームにも13のレベルのような「段階」が設定されることが多いですし、ヴァージンの構成は、ゲームのキャラクターの変化の旅としても説得力があります。行きたくない方向に行くまいと抵抗するだけじゃなく、好きなものを引き寄せることもできる。そうした生き方は、学習によって身につくものです。そういったことを、ゲームをしながら体得できれば楽しいですよね。北米では、そのようなゲームがありません。あるとしても雰囲気をなぞったものだけで、物語の構成がきちんとあるわけではない。
ヒーローのストーリーでうまく機能するものはすべて、ヴァージンのものと正反対になっています。だから、ヒーローのストーリーにどっぷり浸かっているとヴァージンの物語を読解するのはとても困難です。ヒーローは、すでにあるものを維持し、守ろうとしますが、ヴァージンは存在すらまだしていないものを創造しようとする。正反対なんです。
ヒーローの物語(英雄の旅)では、コミュニティーを守り、コミュニティー自体は変化しない。村を安全にするためにヒーローは出て行って悪者を阻止し、殺さなくてはならない。帰ってきて、村や人々は元のままである。平和でよかった、という感じですね。
でも、ヴァージンの物語では、人々もコミュニティーもともに成長していきます。人々はヴァージンを愛するためにしかるべき居場所を作り、彼らもまた変化するのです。これはヒーローと正反対です。また、ヒーローの物語を前に進めるためには、常に「危機」が必要なのですが、ヴァージンの物語は、キャラクターが「本当になりたい自分」や「愛」などを知って強くなっていき、話が進展していくところが最大の違いです。ですから、一難去ってまた一難という構造ではありません。北米の人々は、2つの違いを見分けるのに、とても長い時間がかかります。なかなか違いがわからない。
――amuでも、今後、ヴァージンのタイプのコミュニティーが育っていくといいなと思っています。自分たちのコミュニティーによって、自分たちの内面的な成長を促す。常に皆が変化していくし、それを受け入れる土壌もある。ヴァージンタイプの生き方、働き方などのアーキタイプが、もっと性別関係なく、もっと皆に必要になってくると思うんです。
シカ:キムさんは働く人に対して、そういった場の提供、ワークショップもされていますよね。
キム:はい。1つはパーソナル・リーダーシップという題目でワークショップをはじめていて、これはヴァージンとヒーローをそれぞれ使いながら個人的なリーダーシップを養っていくというものです。つい最近、サイモン・フレーザー大学*3のフェロー研究員として参加することが決まり、(*3:大学のサイトはこちら)次の著書『Two Ways of Knowing(知ることについての2つの方法)』の出版に向けても準備中です。この本では、ヒーロー、ヴァージン両方について取り上げます。この2種類の異なる世界のオペレーティング・システムがあることを理解することと、双方の間をどのように移行し、バランスをとるかを模索していきます。一人の人が、ときとしてヒーロー、ときとしてヴァージン的な考え方をすることもあるでしょう。
ときによって使い分け、統合したりして、自分にとって効果的に生きていくためにどうしたらいいのか、といったことを考えています。
別の側面から見ると、ヒーローとヴァージンは、どちらも自分自身との関係性を確立する方法論だと言えます。ヒーローは、衣食を得て生きていくために外の世界に出て行って自分をどう確立させるか。ヴァージンは、自分が何者であるかを知って自己との結びつきをどう作るか。
そうして、まずは自分自身との関係性の作り方がわかったら、次に他者との関係の作り方を考えます。私と、もう一人の人物との間の距離をどのように縮めたらよいか。この方法にも、やはり男性的なものと女性的なものがあります。つまり、1つは与えること。もう1つは受け取ること。男性性、女性性というのは誰の中にもあるもので、男性性というのは何かを与えていく、女性性というのは何かを他人から受け取るものです。これは円のように循環して、両方がうまくいってこそ、うまく個人として統合的にバランスよく生きていけるんじゃないかと考えています。
――なるほど。セミナーに来るお客様はどんな人が多いのですか?
キム:本当に多岐にわたりますが、まず医療関係で、開業している専門家さんたちがいらっしゃいます。それも、精神と身体のつながりを扱うような、スピリチュアルなタイプの医療を目指す人たちです。また、会計士や経理担当の人たちもいらっしゃいます。人にはお金にまつわるストーリーがありますよね。お金は喜びをもたらすものだと考える人もいれば、安定や保護をもたらすものだと考える人もいます。両者の間には大きな違いがあるでしょう。異なる考え方を理解することによって、どのようにギャップを縮めればよいかがわかります。
また、リーダーシップを必要とする個人の方もいらっしゃいます。自分自身の中にあるリーダーシップを向上させ、人々を統率できるようになるためには、まずは自分自身を理解することが必要なのです。持てる能力を最大限に発揮できるようになった上で、人々との距離を縮めていく方法を学ぶのです。リーダーにも2種類あり、1つは生産性を上げるためにマネージメントするもの。もう1つは人々のクリエイティヴィティを養う、クリエイティブな側面を引き出すためにマネッジしていくというものです。スタイルは異なりますね。
シカ:心と体をつなぐ医療の場にいる方、そういった医学療法的な、心のバランスをとって体も治していくために、やっぱりこの理論は役に立つということですよね。また、お金を扱う会計や経理の方というのも興味深いです。お金を扱う人が、お金に対するストーリーを理解した上でうまくアカウントの話をしていくときにいかせますよね。3つ目のリーダー、というのも納得です。個人の中でのリーダーシップをどのようにとっていくか。自分を知ることによって自分の一番いいところを引き出していくことができる。
キム:どれも共通的なパターンというのがあります。2つの世界、つまり「リニア(直線的)」ワールドでは、きわめて客観的な思考が求められます。他者を観て、論理的かつ客観的に考えて、何をすべきか目標を決めて判断していきます。測定可能なデータも多用します。一方、「サーキュラー(円環的)」ワールドでは、自分の感情を重視します。主観的なのです。私は何をしたいのだろう、と自分の感情を信じ、感情に導かれて、どうすれば最善なのか、どのように他者とつながるかを見出そうとする。どちらかというとこちらはヴァージン的なものです。どんな業界にも共通して使えるパターンなのです。
――なるほど。おもしろいですね。
キム:あなたはどちらですか?
シカ:どっちだろうなぁ。「サーキュラー(円環)」を目指しているけれど……そうじゃないかもしれないです。
キム:私は両方あると思います。あなたもたぶんそうでしょう。
シカ:ユングの話では、日本でユング研究の大家である河合隼雄先生に一回だけお会いしたことがあります。そのときタイミングが悪く、お話できないまま、去り際に「またね」と言ってくださったのですが、そのあと数ヵ月たって河合先生は倒れられ、帰らぬ方になられました。なので、「またね」という言葉を胸に、この本を訳していました。
(キムさんは)スイスのユング研究所へ行かれたのですよね。
キム:はい。来年また行きたいと思っています。もともと『ずっとやりたかったことを、やりなさい』の本と、ジョゼフ・キャンベルの著作を知ったことがきっかけでした。私は娘たちにも、モーニング・ページを書きなさいと言い続けているんですよ。
ところで、日本でヴァージンのストーリー、本や映画があったら教えていただきたいのですが。
シカ:『フラガール』や、アカデミー賞外国語映画賞を獲得した『おくりびと』はぴったりです。後者は男性の物語ですが、ヴァージンのストーリーに完璧に当てはまります。ヴァージン的な映画が増えるのは、これからかもしれませんね。脚本家の皆さんは、今、キムさんの本を読んでいるところだから。
キム:日本で自主映画(インディーズ)は盛んですか?
シカ:ええ、もちろんです。
キム:自主映画(インディーズ)には、「ヴァージン」型がより多く見られる傾向にあります。
シカ:『チョコレートドーナツ*4』などですね。(*4:『チョコレートドーナツ』自体はインディーズではないが、この映画を上映したシネスイッチ銀座は、昔からヴァージン的な映画を多数紹介している。後述の『リトルダンサー』もここで上映された)
キム:自主映画(インディーズ)についての活動では、私は2014年11月にロンドンで行なわれるインディーズ映画祭で、3日間のワークショップをします。アメリカではサンダンス映画祭がありますが、イギリスではレインダンスという大きな催しがあるんですよ。(ワークショップ情報はこちら)
――そうなんですね。日本では、大きな商業映画などで、まだヴァージンタイプが主流だったり、のってきている印象は受けません。ゲームやライトノベルから火がついてると思いますね。ただ、学園ものなど、日本のストーリーは意外と「悪を倒す」ではないですね。
シカ:悪を倒す、というのはあまり好まれないようなので、西洋とは異なるかもしれません。ゴールが意外と浅く、内的成長とかまで、そんなに描こうという大きな映画はないかもしれません。『フラガール』はわかりやすいのですが。ゴール設定をするのが苦手なのでしょう。悪を倒すのでなかったら、何を目指すのか。それを考えているうちに、わからなくなってしまうのでは?
キム:それはおもしろいですね。愛を見出すことの方が要素としては大きいのですか?
シカ:そうかもしれないです。
キム:そうでしょう? そこが大きな問題なのです。ヒーローはゴールを設定して、それに向けて突き進んでいきます。ヒーローにとってほかのものは障害物でしかありません。それに対して、ヴァージンは物事を体験するのです。そうして、自分が好きなことや興味の対象が何かを知り、新たに何かを加える。これが自分の本当のあるべき姿なのだと感じられるようになるまで、色々なものを複合させていきます。そして、前には存在しなかった新しいものを創造します。敵を倒すのではなく、自分の中にある、やりたいことを見つける。それがヴァージンなんですね。
ですから、ヴァージンのストーリーを前進させるのは「本当の自分になれているかどうか」。それが常に問われるのです。ヒーローの「私はゴールに向かっているか」とは違って「私はこれに対してどう感じるか」。自分に素直になれているか、正直になっているか。それがストーリーの軸になり、物語を動かしていくのです。
シカ:たとえば映画『リトル・ダンサー』のビリー・エリオットは『白鳥の湖』を男性で踊る、というダンサーに成長しましたけど、最初自分は「僕、バレエ踊りたいんだ」というようなことが、なかなかわからないんですね。その衝動っていうものにいかに素直に向かっていけるかが彼のストーリーラインだったわけですね。
キム:私は、女性以上に、男性には、ヴァージンの理論を知ることがもっと必要ではないかと思っています。たとえば弁護士になって高収入になったとしても幸福感が得られない、というような男性にとって。ヴァージンの旅もそれと同じようなものかもしれません。多くの女性にも知っていただきたいのと同時に、男性にも知っていただきたい。ただ、男性にとっての方が、受け入れることがやや難しいでしょうね。
――なるほど……。キャラクターの設定、物語の展開から、自分自身の人生に至るまで、ヴァージンタイプから学ぶことはまだまだ多そうです。本日はありがとうございました!
(2014年8月、amuにて収録。聞き手:フィルムアート社編集部 二橋彩乃)