•  スポーツ報知では大型連載「あの時」を始めます。各スポーツの大記録達成の瞬間や著名人らの失意の時などを担当記者が再取材。当時は明かされなかった関係者の新証言やエピソードで、歴史的なできごとを再現します。

【あの時・自転車チームスプリント「銀」】(4)運も味方した「つぶし合い」

2016年8月1日14時2分  スポーツ報知
  • 男子チームスプリントで銀メダルを獲得し、表彰台で観客の声援に応える(左から)長塚、伏見、井上の日本チーム(共同)

 井上の警察連行騒動のドタバタもありながら、本番の時はやってきた。

 チームスプリントは、まず予選で上位8か国を決定する。次に、その8か国が予選のタイム順に対戦するが、準決勝は行わず、勝ち上がった4か国のタイムで1位、2位が決勝、3位、4位が3位決定戦に進む(全体2位のタイムでも直接対決で負ければ終わり)。

 予選を全体3位で勝ち上がった日本はオランダと対戦し、44秒081で勝利。タイムは、最初に勝ち上がったオーストラリアを上回った。残り2組で、勝利チームが、1チームでも日本のタイムを下回れば、銀メダル以上が確定する。

 運も味方した。優勝候補のドイツとイギリスがいきなりの激突となったのだ。小差ながらドイツが、日本を上回るタイムで勝ち上がった。結果的に、負けたイギリスのタイムは日本よりも速かった。世界最高峰を決する戦いは、まさしく潰し合いの様相を見せていた。

 最後に対戦したのはフランスとギリシャ。勝ったフランスのタイムは、日本には及ばない44秒128。その瞬間、日本の銀メダル以上が決まった。

 「えっ、マジ? フランスよりタイムがいいなんて。トゥルナン(フランスのスーパースター)よりも速かったんだ」。3人は顔を見合わせ、跳び上がった。テレビにニュース速報が流れると、日本中の視線はくぎ付けとなった。

 だが、まだ決勝が残っている。銀メダル以上が確定しても、誰一人満足していなかった。銀より金。喜びは一時封印した。金メダルを取れば報奨金は1億円。だが3人の思いは「メダルはお金では買えない神聖なもの」で一致していた。最初は誰にも期待されない存在だった。それでも自分たちを信じ、ようやくここまでたどりついた。

 「長塚に付いていけるのか不安はあった。最初は付け切れないこともあったけど、もうそんなことは言っていられない」と伏見。直前に2本目の痛み止めを注射した井上の体力はすでに限界を超えていた。それでも、本能で必死に長塚に食らいついていく。

 スタンド、そして遠く離れた日本からの声援が確かに耳に届いた。やり遂げた―。敗れはしたが、価値ある銀メダル。国内では押しも押されもせぬスーパースターたちが力を結集して、その名を世界にとどろかせたのだ。オリンピックで3個目のメダルは、今までにはなかった色だった。表彰式では観衆から、優勝したドイツよりも大きな拍手が送られた。(永井 順一郎)

 ◆アテネ五輪のチームスプリント勝ち上がり 12か国でタイムトライアルを争い、上位8か国が決勝ラウンドに進出。予選はフランス、ドイツ、日本、スペイン、オーストラリア、オランダ、イギリス、ギリシャの順。1位のフランスと8位のギリシャというように、2位と7位、3位と6位、4位と5位が対戦。勝ち上がった4か国のタイムで決勝、3位決定戦が行われるが、あくまでも勝利が条件。ドイツと対戦したイギリスは負けたが、タイムは日本を上回っていた。予選のイギリスはこの時、決勝ラウンドに向け、流して7位だったのではないかと一部で言われた。その結果、ドイツと対戦するはめになった。

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