【リオデジャネイロ=村田篤史】南米初の五輪開催が目前に迫ったリオデジャネイロ市内に点在する「ファベーラ」(貧民街)。警察当局の介入で治安が改善してきた地区もあるが、今なお最低賃金で暮らす人々が少なくない。ブラジル国内の不況も生活に影を落としており、多くの住民にとって祭典の観戦チケットは遠い存在だ。
「ここはずいぶん良くなったよ。理想的とまでいかないけど」。リオ市南部の海岸沿い、ブロック造りなどの家が山の斜面に張り付くように広がるビジガル地区。生まれ育った街を歩きながら、地元の住民団体で活動するルイス・アゼベドさん(27)がつぶやいた。
3万人以上が暮らすという同地区は急峻(きゅうしゅん)な坂道が連なり、道幅は車がようやくすれ違えるほど。住民の「足」となっているバイクタクシーがせわしなく行き交い、英語やスペイン語を話す外国人観光客らの姿も目に付く。
観光客の目当てはリオの町並みを見下ろす絶景だ。地区の外れから歩いて登山道に入れる。数年前から外国人向けのホステルも増え、パーティーが盛んだという。「週末には2千人が地区外から訪れる」(アゼベドさん)
ビジガルは麻薬密売などが横行していたとされるファベーラの中でも治安改善が進んだ地区の一つ。リオ州は五輪招致などを見据えて2008年から軍警察の駐留部隊をファベーラに次々と配置し、ビジガルでも12年ごろから活動を始めた。
地区内の食堂で働くフランシスカ・ペレイラさん(37)は「武器を持ったギャングを見なくなった。以前は流れ弾が怖くて、子供を自由に外で遊ばせられなかった」。アゼベドさんも10代の頃にギャングの縄張り争いに巻き込まれた友人を亡くした。「街を出たいと思ったのはその時だけ。いまだに麻薬の売買や盗みはあるけどね」
ただ、アゼベドさんによれば治安の改善で外から移り住む人が増えて地価が上がり、アパートの賃料などは以前の2倍以上に跳ね上がった。「それで住めなくなった人がたくさんいた」。街に残ったとしても、国の最低賃金(月額880レアル=約2万7500円)程度で生活を続けている住民も多いという。
アゼベドさん自身、不況で本業のイベント関係の仕事が減った。財政難のリオ州では公務員への給料の支払いが遅れ、教員のストライキも起きてきた。娘(7)の環境を考えて私立の学校に入れたが、月に約200レアルの負担が重く感じる。
ビジガルには13年、バドミントンや卓球、サッカーなどを子供たちに無料で教える市の施設ができた。アゼベドさんは「オリンピックはリオにスポーツの遺産を残すだろう」としつつ、「ここの住民の多くが気にしているのは五輪ではなく、その後の生活だ。チケットなんて高くてとても買えないよ」と話した。