<論点>進む石炭火力建設
千葉や兵庫をはじめ各地で石炭火力発電所の建設計画が進行している。地球温暖化防止への取り組みを定めたパリ協定が締結されたばかりなのに、どうしてそれに逆行するような二酸化炭素(CO2)を排出する石炭火力の建設計画が相次いでいるのか。建設を容認した環境省への批判も出ている。立場の異なる3人に論じてもらった。
脱炭素への時代に逆行 平田仁子・気候ネットワーク理事
石炭火力発電所の問題を考えるうえで、昨年12月に国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定がとても大きな意味を持っている。
パリ協定は国際条約に相当する合意で、気温の目標を産業革命前の水準から2度未満にすることを法的強制力のある文書に書き込んだ。さらに1・5度までに抑制することが温暖化リスクの削減に大きく貢献することにも言及した。温暖化に対処するため、科学が示したシナリオの中でも最も厳しいものを国際政治は選択したのだ。
この国際合意は、これから数十年のうちに化石燃料を使わない世界に向かっていこうという意思決定だ。だが、2030年までにCO2の26%削減を掲げる日本をはじめとした各国の目標と、2度未満を目指すシナリオの間にはギャップがある。それを埋めるためには、この5年、10年の間に大きくエネルギー転換して、排出量を減らさないといけない。各国の経済活動やエネルギー供給も大きな変化を余儀なくされる。なかでも大量のCO2を出す石炭燃料からの転換は、最優先の課題になる。
しかし日本では近年、石炭火力発電所の新設計画が続々と発表され、私たちの調べでは48基、設備容量は2282万キロワットに上り、完全にパリ協定の要請と矛盾する。
東日本大震災で、私たちは、健康への影響や生活圏が奪われる放射能の恐怖を実感し、原発のリスクを知った。しかし、石炭火力については、排出されるCO2がもたらす海面上昇などの被害や地域環境や健康への影響といったリスクはあまり認識されていないように思う。そのことに、日本の石炭火力は高効率で大気汚染も克服してクリーンだというPRも影響しているかもしれない。
一方、海外では、石炭は汚い発電方式として反対運動が起こっている。呼吸器疾患やぜんそくの発生、水銀の排出などによる健康影響への心配が一番の理由だ。海外の専門家からは、高効率石炭火力でも健康影響は否定できず、兵庫や千葉など人口密集地域での立地の危険が指摘されている。
不思議に思うのが石炭発電所計画を推進する事業者の経営感覚だ。たしかに、環境省がCO2の排出が多いので是認できないとしていた従来の態度を変え、政府からは「石炭火力を建設していいですよ、電気は安く作ってください」という政策シグナルが発信されている。しかし、海外に目を転じれば、世界では石炭火力計画の中止が相次ぎ、投資引き揚げの動きも広がる。40年程度は稼働させることになる石炭火力発電所を新設するリスクにもっと敏感になっていいように思う。環境に優しいイメージのある都市ガス会社までもが石炭火力発電参入を計画しているのは、どうしたことだろうか。
G7、G20諸国では、再生可能エネルギーに向かう流れがすごいスピードで進んでいる。日本には再生可能エネルギーを活用できる技術があり、準備もできている。いま重要なのは、燃料代もかからない自前の資源である再生可能エネルギーの活用に大きくかじを切る政治の決断ではないだろうか。【聞き手・湯谷茂樹】
CO2排出、LNGの2倍以上 小笠原靖・前環境省地球温暖化対策制度企画室長
石炭火力発電の問題点は、最新型の施設でも液化天然ガス(LNG)に比べて、同じ発電量で2倍の量のCO2を排出することだ。現在公表されている石炭火力の新増設計画(計約1950万キロワット)が全て実行され、なおかつ稼働率が高くなれば、2030年までに温室効果ガス排出量を13年比で26%削減するという日本の国際公約が守れなくなる可能性がある。
このため環境省は電力業界に対し、温室効果ガス排出量削減のため、自主ルールを作るよう求めてきた。昨年7月に電力業界からその内容が公表されたが、特にCO2の排出量が多い石炭火力の老朽施設をどう廃止していくのか、排出削減の目標が達成できない場合にどう対応するのかなど、実効性の面で大きな課題が残っていた。そのため環境相が昨年、環境影響評価法に基づいて5件の新設計画に「是認できない」との異議を唱えた経緯がある。
これと並行して、環境、経済産業両省も国としての対応を検討してきた。その結果、排出管理を厳格化するとの合意に達し、2月に内容を公表した。引き続いて電力業界に排出削減対策に実効性を求めつつ、新たに省エネルギー法とエネルギー供給構造高度化法に基づき、各事業者が効率よい発電に努めるよう具体的な数値を盛り込んだ。こうして使ったエネルギーに対して生み出す電力を示す発電効率の目標を44・3%に設定した。達成するにはLNGを活用しつつ電力各社が効率の悪い石炭火力の割合を一定以下にする必要があるため、排出抑制につながる施策となっている。
さらに経産省は目標達成に向けて事業者に指導や勧告、命令をすることになった。業界全体の取り組み状況を監視し、目標達成のため、必要な場合には国の政策見直しも視野に入れるなど、国も責任をもつ仕組みになっている。4月に始まった電力の小売り完全自由化では、電気料金の低下が注目されがちだが、各事業者のCO2排出量を知ることができる係数から、個々の事業者がどれだけ排出を抑える低炭素化に取り組んでいるかに消費者は目を向けてほしい。
ここまでは30年までの話が中心だ。温室効果ガス排出抑制についてより長期的に見ると、日本の地球温暖化対策計画で「50年までに80%削減」を目指すことが盛り込まれた点が重要だ。これを実現するには、電力部門の排出をほぼゼロにする必要があると、環境省の有識者懇談会が指摘している。そのため、発電所から出るCO2を回収・貯留する「CCS技術」の実用化が必要となり、環境、経産両省も導入推進を検討していくことになっている。
丸川珠代環境相が3月に公表した温暖化対策のアクション計画は、温室効果ガス排出抑制に関し「中長期的に石炭火力への投資には、(CCSなど)追加的施策の導入に伴うリスクがある」と指摘した。
石炭火力の建設には、低炭素化に伴うコスト増といった負担も出てくるとみられる。新増設には慎重な判断が迫られる。【聞き手・渡辺諒】
優れた経済性と安定性 森崎隆善・前電気事業連合会立地環境部長
国内で稼働中の石炭火力発電所の設備容量は約4000万キロワット、新設計画が公表されているのは電力会社以外の発電所も含めて約1800万キロワットになる。
理解してほしいのは、火力発電が石炭にシフトしているわけではないことだ。電気事業者は石炭、天然ガス、石油とバランスを考えて火力発電所を整備している。石油の新設計画はほとんどないが、天然ガスは今の設備容量が約7000万キロワットで、2013年以降に営業運転を計画しているものが約3000万キロワットある。石炭も天然ガスも新設計画があり、規模では天然ガスの方が倍近くになる。
また、既存の発電所の中には古くなり、最新鋭のものと比べると性能の落ちるものもある。資源エネルギー庁の資料では、効率が劣る発電所は石炭火力では約2600万キロワットある。こういうものを環境対策が進んだ最新鋭のものに更新していくことが大切で、約1800万キロワットがすべて純増というわけではない。このような更新や再生可能エネルギー導入による発電量の抑制もあるからだ。
都市近くの石炭火力計画は、以前は環境アセスメントの関係で難しかった。しかし、最新鋭発電所は窒素酸化物や硫黄酸化物対策が進み、天然ガス並みになった。このため、港湾や送電線の状況などを考慮して、各事業者が都市部での立地も計画するようになった。
電気事業者として重視しているのは、政府が定めた長期エネルギー需給基本方針にもある、安全性(Safety)と安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)のS+3Eの考えだ。これに基づき、30年度の電源バランスを天然ガス27%、石炭26%、再生可能エネルギー22〜24%、原子力20〜22%、石油3%とする「エネルギーミックス」が策定された。これを実現するためには、石炭火力も計画通り進める必要がある。
この電源のベストミックスは、石油危機を経験し、単一エネルギーに頼る危険性を認識した日本が、20年以上追求してきたものだ。東日本大震災で原子炉が停止しても、他の電源がバックアップすることによって、なんとか乗り越えられた。これはベストミックスを追求してきたからだ。昨年12月のCOP21で合意されたパリ協定で、日本はCO2の26%削減という目標をかかげた。その実現のためにも政府が策定したエネルギーミックスの実現は欠かせない。電気事業者も火力発電所の設備を高効率なものに更新するなどの努力をしていくし、日本の高効率な技術を海外に展開し、CO2削減に貢献していきたい。
さらに、今後増える再生可能エネルギーは貴重な国産エネルギーで優先的に使われる仕組みになっているが、変動が大きい電源で、出力低下時にこれをバックアップするのが天然ガス発電だ。一方、石炭は経済性と安定供給で優れている。
日本の電力供給を安定させるためには、再生可能エネルギー、原子力を含めて、バランスよく電源を整備していくことが重要だ。【聞き手・湯谷茂樹】
石炭火力発電とCO2
再生可能エネルギーや原子力に比べ、火力発電は桁違いのCO2を排出する。特に石炭は最新型の施設でも、天然ガスの約2倍のCO2を排出するため、環境省は石炭火力発電所新設の際の環境アセスメントで異議を唱えてきたが、今年2月、条件付き容認方針に転換した。価格が重視される電力自由化を迎え、電力会社以外にも多くの事業者が燃料調達コストが安い石炭発電計画を公表している。 なお、計画規模は集計方法により違う。
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■人物略歴
ひらた・きみこ
熊本県生まれ。早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。2013年まで気候ネット東京事務所長。編著に「原発も温暖化もない未来を創る」。
■人物略歴
おがさわら・やすし
1970年愛知県生まれ。京都大法学部卒。ヨーロッパ環境政策研究所客員研究員や環境省地球温暖化対策課長補佐、大臣秘書官などを歴任。2016年7月から広報室長。
■人物略歴
もりさき たかよし
1964年岐阜県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻修了。89年中部電力入社。2013年7月から今年6月まで電事連出向。現中部電力火力発電事業部業務グループ長。
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