今年版の防衛白書は、安倍政権が昨年成立させた安全保障関連法に関する記述を大幅に増やした。国民の理解を得る狙いだが、政権の言い分を一方的に並べるだけでは、真の理解を得るのは難しい。
防衛白書は日本を取り巻く国際情勢や政府の安全保障政策を説明する、防衛に関する年次報告書である。一九七〇年に創刊され、七六年から毎年刊行されている。
政府の有する情報を公開することで安全保障政策の透明性を確保するとともに、政策遂行に不可欠な国民の理解や支援を得るのが狙いのはずである。
しかし、二日の閣議に報告された今年版の白書は、一体何のために刊行されているのか、疑念を抱かせる内容だった。
東シナ海や南シナ海で軍事活動を活発化させている中国や、北朝鮮の核・ミサイル開発に関する記述や情勢認識は、おおむね妥当であり、基本的に異論はない。
問題は、政府が「平和安全法制」と呼ぶ安全保障関連法をめぐる記述だ。同法成立後初の白書である今年版は、新たに「平和安全法制などの整備」の章を立て、二十ページにわたって安保関連法成立までの経緯や概要を詳述している。
とはいえ、その内容は政権の主張を一方的に並べたにすぎない。
例えば安保関連法について「与党のみならず、日本を元気にする会、次世代の党(当時)、新党改革の野党三党の賛成も得て、幅広い合意を形成した上で」成立したと記すが、民主党、維新の党(いずれも当時)など主要野党の賛成もなく幅広い合意とは言えない。
そもそも行政府の立場で立法府の評価に踏み込むのは、三権分立を逸脱する越権行為である。
政府が言うように客観的な事実を書いたというのなら、集団的自衛権の行使容認を憲法学者の多くが違憲と断じたことや、民進党など野党四党が安保関連法廃止法案を提出したことにも言及しなければ、画竜点睛を欠く。
沖縄県の米軍基地をめぐる記述も同様だ。白書は米軍普天間飛行場(宜野湾市)の返還に向けて名護市辺野古への「移設」が「唯一の解決策」との考えを強調するが、県民がなぜ県内移設を拒むのか、詳細な分析も、県民に寄り添った記述も見当たらない。
白書はもともと、そういう性質のものだと言ってしまえば身もふたもないが、不都合な事実関係には触れず、政府の主張を並べ立てるだけでは、安全保障政策への国民の理解が深まるわけはない。
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