日本の防衛政策は何をめざし、どこに向かうのか、明確に発信すべきではなかったか。きのうの閣議で報告された16年版の防衛白書は、その意味で大きな課題を残している。

 白書は約500ページで昨年より約70ページ増えた。中国による東シナ海や南シナ海での強圧的な海洋進出や、北朝鮮の核・ミサイルの開発など、日本を取り巻く安全保障環境のさまざまな変化を反映させたものだ。

 こうした脅威に自衛隊が対応するのは当然だが、脅威の羅列に終始するだけでは、役割を十分果たせたとは言えない。年1回刊行される白書は、日本の防衛政策の方向性を内外に示す重要な機会でもあるからだ。

 とりわけ今回は、昨秋の安全保障関連法の成立後、初めての白書である。世界有数の規模をもつ自衛隊への憲法の縛りを緩め、海外での武力行使に道を開いた以上、その意図は何か、これまでよりも丁寧に説明する責務があるはずだ。

 日本の防衛政策の柱である専守防衛はどうなったのか。白書は「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使するなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」という従来の記述を踏襲しただけだ。これでは法制による変化を反映したとは言えない。

 たとえ安保法制で認められた集団的自衛権の目的が「日本の防衛」だとしても、発動されるきっかけは、日本以外の同盟国や第三国がかかわる事態だ。少なくとも専守防衛は変質したと言うべきであり、何も変わっていないかのような説明では、かえって疑念を招きかねない。

 安保法制については章を新設し、多数の解説コラム欄を設けて説明を試みているが、抜け落ちている点も目立つ。

 例えば、中国が海洋進出を続ける南シナ海。自衛隊はすでに他国軍との共同訓練や、一部の東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国への装備品の供与など関与を強めているが、これから日本がこの地域でどんな環境づくりをめざすのか、白書から方向性を読み取ることは難しい。

 日本政府の考え方を明示することで、中国など関係国による誤解や過剰反応を防ぐ。それで偶発的な軍事衝突のリスクも下げる。そうした相互作用による安保上の利益を考えるべきだ。

 もとより自衛隊ができることには限りがある。安保環境が変化しているからこそ、防衛と外交の両輪の取り組みが必要だ。安保法制を強引に成立させた安倍政権は、重い説明責任を負っていることを自覚すべきだ。