声を大にして言いたい。「アートは日本人の育児を救う」。

森迫紀子

東京都現代美術館で開催された「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」。この展覧会は、家族と美術館の関係性を改めて問い直す画期的なものでした。 撮影:筆者

アートブロガーのSeina Morisakoです。私は現在、家族と一緒にシンガポールで暮らしています。シンガポールに転居したのは2年前の夏。それまでは東京で暮らしていました。
「子連れアート鑑賞日記」という子供と一緒に、子供向けでないアートも見に行くというコンセプトのブログを9年続けています。こちらは現在も継続中で、訪問場所を日本、シンガポール以外にも広げています。
私は10歳男子の育児中です。ブログ開始は約9年前。親子鑑賞歴は約9年目に突入しました。私のような変わり者の母親がなんとか育児を楽しめているのは「アートがあるから」と言っても過言ではありません。

私は声を大にして叫びたい。「アートは日本人の育児を救う」と。

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赤ちゃんの時は外出するのも大変、そして怖い。 撮影:筆者


日本の育児は私にとって寂しくて、怖い

子供が産まれた後、私は公園に行くのが本当に怖かったのです。理由は「ママ友付き合いが怖かったから」。私は公園に行って一体何を話せばいいのか見当もつきませんでした。ママ友というコミュニティは、テレビやワイドショーでも怖い話しか報道されていませんでした。よって怖い、行きたくないという気持ちだけが募り本当に困りました。当時仕事をしていなかった私は、「母であること」しか世界がありませんでした。この世界は奥深く、そしてとてつもなく「暗く」見えました。でも子供という新しい人格がここにいる以上、家に閉じこもっているわけにもいかない・・・。
他の場所に行こうにも、公園を避けて日々ショッピングエリアを徘徊するような気力もない。そもそも子供連れでずっと徘徊していて、なんか変な人って言われないだろうか。映画館は泣いたら絶対怒られる。
ああどうしたら・・・。
悩んだ末に4つの理由から「美術館はどうだろう?」と考えました。

1:美術は本来一人で見るもの。よって子供連れでいても変な母親と思われにくいと推測
2:場所を選べば入場料は高額ではない(割引もある)
3:トイレも綺麗、きっとカフェも美味しい
4:定期的に内容が変わる

このような理由から「美術館なら子供連れで徘徊してもいいのでは?」という気がしてきました。

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生田緑地の中にある「岡本太朗美術館」は子供を遊ばせるには最適。運が良ければ狸にも会うこともできます。 撮影:著者


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子供連れでアートを見に行くことに慣れてくると、遠出の旅行もできるようになりました。瀬戸内国際芸術祭は家族で訪れるととても楽しいです。 撮影:著者


育児における外出訓練として最適だった場所、それが美術館

私は少しずつ、少しずつ美術館に出かけることを始めました。最初は美術館が主催する赤ちゃん連れのプログラムに参加しました。「赤ちゃん連れで外に出かけること」そのものに強い恐怖心を頂いていた私にとって「赤ちゃん連れで美術館」は行けるだけでも大満足でした。
赤ちゃん連れでの美術館は、イベントへの参加目的だと思った以上に気楽でした。そして、母親である「私」が予想以上に楽しかったのです。それから、私たちはイベント以外にも美術館に通い始めました。そこには思わぬ効果がありました。子供と二人で美術館に行く時、赤ちゃん連れなので「全部を見るなんて絶対無理」と私は最初から考えていました。そこで出かける前に美術館のサイトなどを見て、施設や展覧会の情報を数多く集めました。そして見たい作品をリストアップし、優先順位を設定したのです。
優先順位をつけるだけではなく、子供がいつ泣いても敏速に対応できるように回るルートや休憩所、途中離脱可能な出口などもシミュレーションしました。
私は、「美術館は子供を連れてくる場所じゃない」、「子供連れの母親は公園に行ってなさい」そう言われるのが怖かった。
だったら言われる前に行動できる(逃げる)ようにしよう!そのためには情報収集だと思ったのです。
この作業は私たちの身の安全を確保すると同時に、「自分の方法でアートに向き合い、楽しむ」というアートとの接し方を私たち親子にもたらしました。

当時は「ここは子供連れで来る場所ではないよ」と忠告してくる見知らぬおじさん、おばさんも多かったです。でも、騒がない、迷惑をかけないならこちらもアートを楽しむ権利があるはずなので、私はそのようなおじさん、おばさんの忠告を巧みにかわしながら美術館に通い続けました。
帰宅すると、その時もらったパンフレットや資料を見ながら作品について二人で話し合いました。最初、幼い息子は笑顔で笑うだけだったけど、成長するにつれ徐々に「あー」とか「うー」と言い始め、それが単語になり、言葉になり、そして文章になりました。
この準備、実行、そして振り返りは私たちにとって「外出」の格好の訓練になりました。

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ワタリウム美術館は毎回刺激的な展示です。Chim↑Pomは私たち親子に究極の「多様性」を教えてくれました。 撮影:筆者


「多様性」が一番簡単に感じられる場所、そこが美術館

子供と美術館に通う、これを続けていると「意識高い親」と言われがちです。でも、お恥ずかしいことに私の中で「美術鑑賞=教育」という意識は全くありませんでした。なぜなら、私の美術館通いは、教育のためではなく、「美術館なら母親一人ベビーカーを押して徘徊していても怪しまれない」という、とても後ろ向きの理由だったから。
でも、当初の動機とは裏腹に、私たちは本当に美術館という場所を楽しみました。それは美術館に行くことは、人間という生き物が作り出した芸術がいかに多種多様であるかを知ることができ、私たちが日頃感じていた「画一化を強要される世界」からの逃避を感じることができたからです。一人の作家の個展では、その作家の時代ごとの表現の変化から、「人は変わる」ということも知りました。また、美術館のある場所、建物の歴史などにも様々な背景があります。そうです。美術館の世界にはあらゆる「多様性」がありました。
現在、外国暮らしだからか、日本という国は「同じ方向性の人が多く集まる国」だと感じます。日本にいる時は、人との違いを出すことが難しい、出してはいけないようなプレッシャーを感じていました。しかし、その日本の中でも、美術館にはあらゆる「違い」がありました。私たちは気がつきました。「ここには新しい世界がある」!

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森美術館は子供の鑑賞プログラムも充実しています。子供プログラム参加後に改めて展覧会を鑑賞すると落ち着いて鑑賞できました。


理想の放棄が出来る、それがアートと向き合うということ

日本の子育てにおいて母親はいつも「理想の母親像」を求められます。「母親はこうでなきゃいけない」という決まりが多すぎるように私は常に感じています。でも実際はそんなに決まりなんてないのです。
美術館での鑑賞方法も同様です。私たちが美術館に行くとき「全部見なきゃ」と思ってしまうのは、「全部見る」という「理想の鑑賞」を無意識に求めていたからなのです。
理想を放棄しましょう。そうすれば何が手に入るか。それは「自由」です。
子供連れでいけば、何ごとも理想からほど遠くなります。つまり、強制的に理想を放棄させられる。それは同時に「自由を手に入れる」ということでもあるのです!
つまり自分の自由な鑑賞スタイルを手に入れることができます。
うちは子供が多いし、毎回入館料なんて払えないという人は、ぜひ美術館のサイトをチェックしてみてください。親子の割引や、子供は無料など、実はお得な制度が沢山あります。もし割引制度がない日に行く場合は、東京であれば「ぐるっとパス」「ミューぽん」など割引チケットは沢山あります。
こうした制度やチケットを使い、行ける場所から少しずつ、少しずつ冒険をはじめてみるのです。
ギャラリーは大抵の場合無料ですし、チャレンジしてみるのもオススメです。東京のアート・デザイン展カレンダー | 東京アートビート をチェックするとたくさんの情報が載っています。

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2010年7月の富田菜摘展(高島屋画廊にて)。鑑賞の基本ルールを分かっていれば、作品によっては子供がアートに直接触れ合うことも可能。 撮影:著者


全ての人が笑顔になれる「自由」な場所、美術館

私は、美術館に子供と通うことで本当に救われてきました。全部鑑賞しなくてもいい、カフェで美味しいものを食べるだけでもいい、フリーゾーンを楽しむだけでもいい。楽しみ方を変えたらこんなにも楽なのかと驚かされました。
自分の中の「こうあるべき」を少しだけ解放してみませんか。美術館を訪れるすべての人が「気持ちを少しだけ解放したら」美術館はすべての人にとって「自由」な場所になれる気がするのです。
「自由」であることが尊重される場所こそ子育ての理想の場になります。
そんな「自由」な場所、美術館は日本の育児を救うことができるでしょう。


<家族で楽しく出かけるためにお得なアート情報をチェック>

ぐるっとパス - 公益財団法人東京都歴史文化財団 https://www.rekibun.or.jp/grutto/

東京のアート・デザイン展カレンダー | 東京アートビート | TAB http://www.tokyoartbeat.com

Mupon: 東京の美術館割引アプリ | Tokyo Art Beat
http://www.tokyoartbeat.com/apps/mupon

子連れアート鑑賞日記 http://orinchan55.blog120.fc2.com


森迫紀子

アジアの現代アートと伝統芸能を愛するシンガポール在住のブロガー。東京在住中に子供を連れて美術館、ギャラリーを回るブログ「子連れアート鑑賞日記」を始め「家族で美術を楽しむ」視点でアートを追い続ける。現在は「Compathy Magazine」「THE RYUGAKU」などのWEBメディアやシンガポールの現地日本語メディア「Asiax」にも寄稿。横浜生まれだがボケとツッコミを忘れず日々奮闘中。

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