富山大学は8月1日、通常ならすぐに忘れてしまうようなささいな出来事でも、その前後に強烈な体験をした場合には、長く記憶として保存される仕組みをマウスを使って解明したと発表した。
同成果は、富山大学大学院 医学薬学研究部(医学)生化学講座 井ノ口馨教授、野本真順助教、東京慈恵会医科大学 痛み脳科学センター 加藤総夫教授らの研究グループによるもので、8月1日付けの英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。
強烈な体験をすると、その前後のささいな出来事も一緒に長期記憶として保存される現象を「行動タグ」と呼ぶ。たとえば、東日本大震災が起こる前のランチで何を食べたかなど、震災前後のささいな出来事を覚えている人が多いことが知られている。実験動物でもこういった現象が報告されているが、その仕組みは不明であった。
同研究グループは今回、ささいな出来事である弱い学習課題として新奇物体認識課題(NOR)、強烈な体験である強い課題として新規環境暴露(NCE)を用いて、両体験のあいだで行動タグが成立する仕組みをマウスを使って調べた。
今回用いたNORの条件において、学習から30分後の短期記憶をテストしたところ、マウスは物体を記憶していたが、学習から24時間後に長期記憶についてテストした場合、マウスは物体を記憶していなかった。次に、NORを行う3時間前から3時間後までの5時点でNCEを行ったところ、NORの学習を行う前後1時間以内にNCEを行った場合には、24時間後のテストにおいてもマウスは新奇物体を記憶しており、行動タグが成立することがわかった。
また、タンパク質の合成を抑える薬剤をマウスの海馬に注入する解析の結果から、行動タグ成立には、海馬におけるタンパク質の新規合成が必要であること、マウスが既にNCEの環境に慣れていると行動タグが成立しないことが明らかになった。
さらに、行動タグが成立するときにNORおよびNCEに応答して活動した神経細胞(NORエングラムおよびNCEエングラム)をcatFISH法により特定し、行動タグが成立する条件では、成立しない条件に比べて、NORエングラムとNCEエングラムのあいだの重複率が海馬CA1と呼ばれる領域で大きく増大していることがわかった。
また、NOR想起時に、光遺伝学の方法でレーザー光照射によって海馬のNCE記憶エングラムを人為的に抑制した場合、行動タグにより長期記憶となったNOR記憶を思い出せなくなったという。
今回の成果について同研究グループは、トラウマ記憶と関連性が薄い記憶の不必要な結びつきが起こるPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患の治療法につながることが期待できるとしている。