囃子がひゃらひゃらと聴こえる中、僕は母のスカートの裾を引っ張って泣いていた。
出店の安っぽい黄色の看板にはひらがなで『みどりがめ』と書かれていて、僕はそのみどりがめが欲しくて欲しくてたまらなかった。
しかし僕はみどりがめを手に入れる事ができなかった。
僕には甲斐性という部位が欠落していて、過去、懇願して買ってもらった金魚、メダカ、ジャンガリアンハムスターたちは手に入れたら終いの僕に向かって当てつけのように自害、カニバリズムするなどして死んだのだ。そのような前科者の僕にみどりがめを与える事は、教育的にもいいくないし、何よりみどりがめが可哀想だ。という母の言い分を聞き分けずに泣きながら引きずられ、帰路に着いたのを覚えている。
それでも僕は、みどりがめが欲しくて欲しくて仕方なかった。
僕がみどりがめを欲しかった理由は、近所に住んでいた2歳上の池田くんが、みどりがめを飼っていたからであり、それがすごくかわいかったからだ。
池田くんのみどりがめは、レオナルド、ラファエロと名付けられていて、それはその頃僕らが熱中していた『ミュータントタートルズ』というアニメから著作権無視で勝手に引用した名前だった。僕はもし、みどりがめを飼うことができたならば、絶対にミケランジェロという名前にしようと心に決めていたのだけれど、それは叶わなかった。
それからは途方に暮れる毎日だった。
僕の心はすっかりミュートしてしまった。
僕はプラスチック製のお腹の四角い部分からピザが発射される、ミュータントタートルズのミケランジェロのおもちゃで生き残ったジャンガリアンハムスターを撃つ毎日を過ごしていた。
手に入れたいものが手に入らない子供の、執着心という名のピザの弾丸を浴び続たジャンガリアンハムスターは、きゅうっと鳴いた。
ある日、心がバグった孫の狂気を見兼ねたおじいちゃんは、おおきな網を持って僕にこう言った。
「亀を捕まえてくる」
僕は待った。セリヌンティウスよりも待った。いよいよ僕は池田くんのように、かわいいみどりがめを手に入れて、粒状の餌を与えたりして愛でることが出来るのだと。ミケランジェロがついに僕の家にやってくるのだと。ハイになった僕はフルチンで部屋を走り回り、クッピーラムネの包み紙を丁寧に剥いて、それをキメた。
夕刻、おじいちゃんは戻った。
西日に照らされ、右手におおきな網を、左手におおきな籠を持ったその姿は復活したイエスキリストに酷似していて、僕は思わず「主よ」って言ったのを覚えている。
「亀を捕まえてきたぞ」
そう言ったおじいちゃんは、僕に籠を向けた。
そこには体長およそ8寸、未だかつて見たことがないような大きさのドドメ色の亀が入っていた。
いらんかった。
でも僕はせっかく捕まえてきてくれたおじいちゃんにこんなでっかくて、気持ちの悪い、ドブのゴミみたいな亀はいらん、と言えなかったのだ。僕の思っていたミケランジェロは、こんなアフリカゾウの糞のような姿をしていない、と言えなかったのだ。
それから、僕とミケランジェロの長い長い夏休みが始まった。
(つづかない)