https://twitter.com/tkatsumi06j
日本初の首都の女性知事誕生について、世界が一斉に報じ始めた。
米NYデイリー、星条旗新聞、ラテンアメリカヘラルド、ストレーツタイムズ、新華社通信、仏AFP、英ガーディアン、ブルームバーグ、日ジャパンタイムズ等一通り読んでみた。
興味深いのは、どこも「期待」を表明していないことだった。
全紙共通していたのは、小池の功績を「クールビズ」一点に絞り、後は衆参両院を経験していて、沖縄・環境・防衛の閣僚経験者であり、自民党の党総裁選に出馬したことを挙げていたことだった。
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また多くが、「小池の野心は都知事に留まらない」としていた。
選挙戦術の成功は評価できても、政策や実績は評価するにもネタが無いようだった。
実際、衆参両院で10期以上も務め、閣僚経験者でもあるのに、小池が党や政府の中で何か実績を残したといえば、日本人でも『クールビズ』くらいしか思いつかない。
第二次安倍政権になってからは一度も入閣せず、かといって国会で何か(法制化・議員立法)をしたのかというと、とくに何も思い当たらない。
小池は核武装論者で、非核神戸方式にも否定的。
夫婦別姓には賛成で、水俣病訴訟では被害者補償の認定基準を批判し、外国人参政権に反対しており、朝鮮学校の高校無償化にも反対、外国人の移民増加にも反対。
なのに自民党の経済特区政策には賛成。
女性蔑視発言は問題視。
見えてくる政治家像は、国粋主義でしかない。
都知事になれば女性にやさしい政策は幾つか実行するだろうが、本当の政治的野心は女性の社会的地位向上とはかけ離れたところにある。
そんな人間を、自民50%民主30%共産15%の支持者ら約290万人が支持した。
全投票者600万人の半数近くに及ぶ。
正直、東京都民の約3分の1の人間が小池新都知事に何を期待しているのか謎だ。
私は今朝読み込んだ海外10紙と基本的な印象が同じで、政治の酸いも甘いも知ったベテランの女性政治家で、突破力があって、『クールビズ』というビジネス文化のパラダイムシフトを起こした、としか率直に評価できない。
小池に他に取り立てて実績はない。
逆に10期もの間何してきたんだろうとすら思う。
そんな小池を新都知事に選んだ290万人が彼女に何を期待しているのか。
首相になる為の踏み石でしかない都知事の任期中に実際に何を為すのか、為さないのか。
いち都民としてじっくり観察・監視・批評したいと思う。
いち国民として〜2016年都知事選選挙結果の警戒すべき点〜
http://fb.me/7sEvPq0Fv
さて、都民としても国民としても、意識を切り替える必要がある。
それはこの都知事選でもう一つ具体的な結果が示されたことに警戒が必要だからだ。
確定投票数約11万票を獲得し、他の泡沫候補らに大差をつけて5位にランクインした桜井候補の存在だ。
https://t.co/s7dfWIOA8Z
数にしてみれば11万人。
有効投票者数約660万人のほんの1.6%に過ぎない。
それでも21人中5位である。
東京在住の「反日」在日韓国人を名指しでヘイトスピーチを展開し、「皆殺し」即ちジェノサイドを唱導した人間が11万人の支持を集めた。
それもあの凄惨な相模原大量殺害事件の後に。
ナチスが使ったのは"eliminate(抹殺)"でも"erase(除去)"でもない。
"exterminate(駆除)"だった。
ユダヤ人だけでなく老人や障害者を社会に害をなす「害虫」として駆除し、未来ある子どもたちは将来存在してはならぬものとして"annhilate(殲滅)"した。
ニュルンベルク裁判でナチスが罪を問われた「genocide」とは、そういうことだ。
障害者も含め子々孫々根絶やしにすることを目指す「駆除」と「殲滅」。
人類社会はこれを「人道に対する罪」と定義して裁いた。
ただの「勝者の裁判」ではなかったのだ。
これを分かっていない日本人が多い。
ナチスは、欧米では"absolute evil(絶対悪)"として知られる。
子どもの頃から学校でそう習う(私もアメスクでそう習った)。
その最大の理由がナチスがgenocide(特定の人間の殲滅を企図した大量虐殺)を企図し実行し継続したことにある。
許されざる行為と判断されたのだ。
そして日本も加盟する現代国際刑事司法制度においてジェノサイドは「国民、民族、種族または宗教集団の全部または一群を破壊する意図をもって」行う行為を意味し、「集団の構成員を殺害すること」←この定義に障害者を標的とする殺害行為が該当する。
https://t.co/JehtsO9B1p
そして、「個人の刑事責任」として、「ジェノサイドの罪に関して、他人にジェノサイドを実行するよう、直接かつ公然と教唆」する、即ち「扇動」することも国際刑事司法上、「国際法に対する重大な個人の犯罪行為」として処罰の対象となる。
この意識が、一部のレイシストや排斥主義者には全くない。
「ナチスの思想が降りてきた」と供述したとされる植松容疑者の行為は、現代国際刑事司法上でも「国際法上の重大な個人の犯罪」と認定できる「ジェノサイド」の要素を多分に含んでいる。
これは「絶対悪」な行為であり、これを正当化するような論調は、ナチス以後の世界では、あってはならないのである。
20. 私たちは今、ひじょうに生き辛く、醜い世界に暮らしている。
戦争やクーデターや爆弾が、常に私たちの生活を脅かしている。
しかし私たち障害者にとっては、恐怖や不安の中で暮らすことは日常でしかない。
ずっとそうであったし、社会の私たちを見る目が変わらないかぎり、そうあり続けるだろう。
相模原の事件以来、私が「超訳」した海外の論調の二つの視点。
一つは、自身が障害者である「当事者」の視点。
英紙インディペンデントの半全盲の記者は、こう結んだ。
そしてもう一つの視点。
「当事者」でも「傍観者」でもない、アクティブな「観察者」からの視点。
米誌フォーブスに寄稿した生物学博士は、記事をこう結んだ。
この結語部分を、私は「翻訳」では次のように言い換えた。
だが、たとえ社会が無自覚であったとしても、社会が体系的に擁護してきた「障害者の除去」をこの殺人者が体現したのだという意識が少しでもなければ、私たちが彼らのような殺人者とともに、あの「なだらかな急傾斜」を突き進んでいることに変わりはない。
「時には無自覚であったとしても、社会が体系的に幇助してきた「障害者の除去」なのだという意識を少しでも持てなければ、私たちはそう望まずとも、彼のような殺人者につながる「なだらかな急傾斜」に近い位置に留まり続けることになるだろう」と。
J
相模原事件がいかに日本社会にとって重大であるかは、選挙期間も関係なくこの5日間論じまくってきた。
https://t.co/sY8ogDqghX
幸い、その備忘録も残した。
http://togetter.com/li/1006565
その間、英紙インディペンデントの障害者視点で書かれたコラム記事についてアンケートをとったが、”ありえない選択肢”として設定した「義憤行為と思う」の回答に3%の票が集まった。(投票は進行中)
桜井候補の"あり得ない"1.16%に近似している(母数は比較にならないが)。
いってみれば、都知事選ではこの架空の数字が実体化したといえる。
というより、【実体として在ること】が確認された。
障害者の大量殺害と特定民族の大量殺害は本質的に性質が違う。
「障害者を安楽死させる」という植松容疑者の犯行動機はナチスドイツの障害者駆除作戦『T4』に由来する。
そこには国家に貢献しないもの・できないものを「無用」とする人命軽視がある。
https://t.co/bVHBh1LRFb
桜井候補の在日朝鮮人の大量殺害を呼びかけるヘイトは、自らの属す社会での負の存在として忌み嫌うという種類のヘイトであり、「無用」だからではなく「害悪」だからというヘイトによる。
いずれもヘイトであり凶悪であることには変わりないが、統計として両者を比較するのは正しいアプローチではない。
だがいずれも、多種多様な他者との平和的共存によって成り立つ民主社会を根底から否定する思想から成り立っていることは疑いようがない。
その一端が11万人の支持を集めた。
これが警戒しないでいられるだろうか。
東京都に11万人のファシスト・レイシスト・潜在「植松予備軍」がいるのである。
相模原事件の『総括』で書いたように、ナチスドイツが行ったのは「駆除」と「殲滅」である。
そのうち植松容疑者が行ったことは「駆除」に匹敵し、桜井候補の主張は「殲滅」に等しい。
いずれも国際刑事司法上は「大量殺害犯罪」を構成する犯罪要素と一致する。
しかも桜井氏はこれを「扇動」している。
国民として、この動きがこれ以上拡大することには大きく警戒する必要がある。
(不完全な)ヘイトスピーチ法が制定されたとはいえ、「推進法」に強制力はない。
政府とヘイト団体の利害が一致すれば、ヘイト団体が政府の影の先兵として使われる可能性だってある。
11万というこの数字は決して侮れない。
国内の在日コリアンという特定の集団の「殲滅」を謳う都知事候補とこれを支持する11万人の都民。
彼らと、舞い降りてきた「ヒトラーの思想」を実践し、「駆除」を実行した植松容疑者との違いは何か。
ヘイトスピーチ(言葉での攻撃)とヘイトクライム(ヘイトに基づく殺人行為の実行)の違いである。
米誌フォーブスの「観察者」の記事にあった「なだらかな急斜面」の例でいえば、”彼ら”ヘイターたちは、”ヘイトクライム”を実行した植松容疑者の一歩手前にいる。
植松容疑者は既に”断崖絶壁”を下った。
"急斜面“にいる彼らも、加速をつければ一気に”断崖絶壁に達してもおかしくない。
故に"彼ら”は「予備軍」なのである。
これを否定するならば、「私たちは自らの正義実現のために、殺人までは絶対に犯さない。
『在日を殺せ』とか『皆殺しにしろ』というのは、単なる言葉のあやで本当に皆殺しにしたり、皆殺しにすることを奨励しているのではない」と。
だが、そう言えるだろうか?
そう言えるならば、なぜそんなヘイトスピーチを行うのだろうか?
殺すつもりもないのに?
誰かに殺させようとしているわけでもないのに?
本当に殺すつもりがあるから、そんな言葉が口から出てくるし、街頭で見知らぬ人にそんな言葉をかけられる。
つまり「人殺し予備軍」であることには変わりはない。
だから堂々と言おう。
毅然と訊ねよう。
「あなたは本当に、あなたが『殺せ』『皆殺しにしろ』と思っている対象を殺そうと、あるいは誰かに殺させようとしているのですか?」と。
「答がイエスなら、私はあなたを殺人幇助の疑いで警察に通報します」と。 #ヘイト犯罪を許さない
ここで、じゃあ国会前で「安倍しね」とか言っている連中もそうだろ、という反論があるとしても、『政権批判』と『ヘイトスピーチ』は違う。
「安倍しね」と言う連中も感心できたものではないが、彼らは「安倍政権を皆殺しにしろ」とか唱導している訳ではない。
「殺せ」と扇動している訳でもない。
また古今東西、政権批判には政府に対する悪口雑言が含まれる。
国よっては不敬罪となるような前時代的なところもあるが、幸い、わが国日本はそこまで前時代的ではない。
国民の代表として選出した国会議員が選ぶ首班がつくる政権を批判する権利は国民の誰にもある。
どんな悪口雑言を交えても。
「ヘイトスピーチ」の定義は今や法律に定めらている。
曰く「専ら本邦の域外にある国又は地域の出身者である者又はその子孫であって適法に居住するもの」に対する「不当な差別的言動」であると。
だからといって、この定義に外れる「本邦外出身者」に対する「不当な差別的言動」が許容される訳ではない。
これは法的拘束力としては不十分でありながらも、法文上の付帯事項として、衆参両院の付帯決議に「適切に対処すべき」と明記されている。
したがって在日コリアン全般に対する「不当な差別的言動」は『ヘイトスピーチ』そのものなのである。
次に、殺人の幇助・教唆について。
ジェノサイドに関わる罪で、日本でいう「殺人幇助」や「殺人教唆」に位置する『大量殺害犯罪としての扇動』という罪がある。
これは「ルワンダ大虐殺」の時に、直接殺人行為には関わらなかったが殺害の対象の居場所をラジオで犯行勢力に教え、また「殺せ」と扇動したラジオ局のMCに適用された。
日本の場合の「殺人幇助」は、具体的に殺人を”手助け”する行為でなければならないが、明らかに殺害の意図を持っている人間に、その対象の居場所を明示的に教えることは「殺人幇助」に当たるだろう。
ルワンダのケースと同じである。
https://t.co/fU95xaO9wB
ラジオMCが「殺せ」「殺せ」と教唆したことについては、日本の場合「殺人の教唆」は具体的に殺人行為を「指示・命令・暗示」した場合に適用されるらしく「教唆犯の指示や命令、あるいは暗示が「殺意を持った理由」だった場合に犯罪として成立する。
ルワンダでも、罪名は違うが概念として適用された。
つまり、特定の人種・民族の人間を殺せと「暗示」したり、その居場所を示唆する「暗示」を行うことは、それが殺意を起こす原因となって実際の殺人行為に繋がった場合は、現行の刑法でも十分に処罰の対象になるのである。
だからヘイトスピーチを振りまく団体や個人は注意しなければならない。
特定の人種・民族等の殺害を「暗示」する行為は、通報されて当然の不法行為であり、表現の自由の範疇で許される行いではないのである。
この危険性を、"ヘイター"たちは認識しなければらならないし、その危険性があると判断した部外者(発見者)は、これを通報して未然に防ぐ市民的義務がある。
本来、司法や治安はそうして成り立っており、日本の社会は遵法精神に基づき市民が健全に不法行為を監視し、これを適切に警察当局に届けて犯罪を未然に防ぐことで循環する、助け合い型社会だった。
ヘイターたちを諭すのも、この「助け合い」精神の発揮なのである。
たとえ逆恨みされても。
以上

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