That's Entertainment
別に普通の感想しか言えないからワールドカップのことは書かなかったけど
帰ってきた日本選手の潔い態度を見てちょっとイラッとする。
全て自分たちの責任、まわりのサポートは素晴らしかった。。。果たしてそうかね?
コンディション悪くなかったか?キャンプ地選びおかしくなかったか?
全て自分が悪いと言うのは、日本人の美しい精神といわれがちだけど
必ずしもそうとは限らない。
自分が悪いって言ったって日本人は優しいからそれ以上責めないよ。
そう言うのが一番楽ともいえる。
ほんとに責任感があったら、自分に一番の責任があるけど協会もおかしいって指摘しなきゃ。
人のせいにすんなって言う奴もいるだろうけど、人にも責任があったらそう言わないとね。
今後の協会との関係や自分のイメージが気になるのかもしれない。
だけどそれを犠牲にしても、内部からきちんと問題を指摘するのが汚れ役ってもんだ。
ピッチのなか同様、そういうほんとの汚れ役がいなかったんだろうね。
まあメディアもクソなんだし、選手にそれを求めるのは酷かもしれないけど。
こういう日本人的美徳って疑問を持つことが多い。
寄付なんかもそうだ。
匿名で寄付するのは美しい、名前を出すのは売名行為、みたいな。
なに言ってんだって思う。
名のある人間は名前を出して寄付するべきなんだ。
それで同業者も寄付しなきゃいけない感じになって、寄付金合戦みたいになればいい。
それは本筋とは違うって言う奴もいるかもしれないけど、
寄付の一番の目的ってのは金を多く集めることだ。
そっとお金を置いてく奴もありがたいだろうけど、
「イェーイ!おれこんだけ寄付したぜ―!」ってアピールして
他の人にも寄付させる奴がいたほうが助かるだろ。
売名だなんだ言う奴は、自分の名前汚したくないだけのチンケな人間さ。
ついでに開幕戦の西村のミスジャッジを思い出す。
もちろんあれはミスジャッジだ。
手が掛かってればルール上ファールだから間違ってないと言う奴もいる。
だけどあれでファールとってたらサッカーにならない。
ルールを守ってれば正しいなんて言うのはそれこそ日本人的発想だ。
ルールを守るためにルールがあるわけじゃない。
いい審判ってのは試合を円滑に進めるためにルールを利用するんだ。
言うなれば西村は法定速度40キロの道を45キロで走ってた車のキップ切ったようなもんだ。
そりゃ間違ってないかもしれない。5キロオーバーしてたんだから。
だけどそれでキップ切ってたらそこらじゅうキップだらけ、運転なんかできないよって話。
あれを流せないんだから西村は技術が足りないだけだ。
まあホームチームの開幕戦を日本人にやらせたFIFAが一番悪いけど。
ミスは起こるもんだ。だけどミスじゃないって言い張る人たちがいる。
これは日本の社会がそうさせるんじゃないかと思う。
世の中見渡して、政治家だってなんだって一度でもミスした人間は終わり、
ミスを認めずに誤魔化してる奴らがいつまでものさばってる。
こんなのは間違ってると思う。
自らミスを認めて精進した人間こそ、もう一度チャンスを与えられるべきなんだ。
まあ社会なんて持ち出すほどたいそうな話じゃないか。
西村のジャッジはミスなんだし、それは認めればいい。
そして努力して結果出したらもう一度チャンスがあるべきだって話。
まあワールドカップの笛をまた吹くのは難しいだろうし、
Jでのレフェリングもひどいもんだけどね。
しかし今回よくわかったのは、日本サッカーはあんま期待せずにもっと楽に見るもんだなってこと。
冷静に考えたらこんなもんじゃないか。
つまらない日常のちっちゃなエンターテイメントとして、気楽に楽しむもんだな。
帰ってきた日本選手の潔い態度を見てちょっとイラッとする。
全て自分たちの責任、まわりのサポートは素晴らしかった。。。果たしてそうかね?
コンディション悪くなかったか?キャンプ地選びおかしくなかったか?
全て自分が悪いと言うのは、日本人の美しい精神といわれがちだけど
必ずしもそうとは限らない。
自分が悪いって言ったって日本人は優しいからそれ以上責めないよ。
そう言うのが一番楽ともいえる。
ほんとに責任感があったら、自分に一番の責任があるけど協会もおかしいって指摘しなきゃ。
人のせいにすんなって言う奴もいるだろうけど、人にも責任があったらそう言わないとね。
今後の協会との関係や自分のイメージが気になるのかもしれない。
だけどそれを犠牲にしても、内部からきちんと問題を指摘するのが汚れ役ってもんだ。
ピッチのなか同様、そういうほんとの汚れ役がいなかったんだろうね。
まあメディアもクソなんだし、選手にそれを求めるのは酷かもしれないけど。
こういう日本人的美徳って疑問を持つことが多い。
寄付なんかもそうだ。
匿名で寄付するのは美しい、名前を出すのは売名行為、みたいな。
なに言ってんだって思う。
名のある人間は名前を出して寄付するべきなんだ。
それで同業者も寄付しなきゃいけない感じになって、寄付金合戦みたいになればいい。
それは本筋とは違うって言う奴もいるかもしれないけど、
寄付の一番の目的ってのは金を多く集めることだ。
そっとお金を置いてく奴もありがたいだろうけど、
「イェーイ!おれこんだけ寄付したぜ―!」ってアピールして
他の人にも寄付させる奴がいたほうが助かるだろ。
売名だなんだ言う奴は、自分の名前汚したくないだけのチンケな人間さ。
ついでに開幕戦の西村のミスジャッジを思い出す。
もちろんあれはミスジャッジだ。
手が掛かってればルール上ファールだから間違ってないと言う奴もいる。
だけどあれでファールとってたらサッカーにならない。
ルールを守ってれば正しいなんて言うのはそれこそ日本人的発想だ。
ルールを守るためにルールがあるわけじゃない。
いい審判ってのは試合を円滑に進めるためにルールを利用するんだ。
言うなれば西村は法定速度40キロの道を45キロで走ってた車のキップ切ったようなもんだ。
そりゃ間違ってないかもしれない。5キロオーバーしてたんだから。
だけどそれでキップ切ってたらそこらじゅうキップだらけ、運転なんかできないよって話。
あれを流せないんだから西村は技術が足りないだけだ。
まあホームチームの開幕戦を日本人にやらせたFIFAが一番悪いけど。
ミスは起こるもんだ。だけどミスじゃないって言い張る人たちがいる。
これは日本の社会がそうさせるんじゃないかと思う。
世の中見渡して、政治家だってなんだって一度でもミスした人間は終わり、
ミスを認めずに誤魔化してる奴らがいつまでものさばってる。
こんなのは間違ってると思う。
自らミスを認めて精進した人間こそ、もう一度チャンスを与えられるべきなんだ。
まあ社会なんて持ち出すほどたいそうな話じゃないか。
西村のジャッジはミスなんだし、それは認めればいい。
そして努力して結果出したらもう一度チャンスがあるべきだって話。
まあワールドカップの笛をまた吹くのは難しいだろうし、
Jでのレフェリングもひどいもんだけどね。
しかし今回よくわかったのは、日本サッカーはあんま期待せずにもっと楽に見るもんだなってこと。
冷静に考えたらこんなもんじゃないか。
つまらない日常のちっちゃなエンターテイメントとして、気楽に楽しむもんだな。
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