時代の正体〈367〉タブー視という差別 県警の匿名発表

障害者殺傷事件考

 「A子さん19歳 B子さん40歳(中略)S男さん43歳 男性9人、女性10人 計19人」-。相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺害され、26人が負傷した事件で県警が報道機関向けに発表した資料には、一人の氏名もなく、アルファベットと数字が羅列されていた。県警は「本来は実名だが、知的障害などがある人ということ、極めて出したくないという遺族の意思」と異例の匿名発表の理由を説明。精神科診療所の患者を見つめるドキュメンタリー映画「精神」を手掛けた想田和弘監督(46)は、対応に潜む差別的な思考を感じ取った。 

機会奪われ


 警察の対応はどう考えてもおかしい。なぜ「障害などがあるから匿名」ということを一括で警察が決めるのか。19人の家族がいれば19通りの感じ方や意見がある。それをひとくくりにするのはまずおかしいし、健常者の場合は遺族が希望しなかったとしても、報道機関に氏名を提供する方針を原則として取っているのに、基準が同じではないのは変だ。今回は知的障害などを理由に従来の方針から外したのは、明らかに知的障害の人たちへの対応として誤っている。

 そもそも、きちんと遺族に意思確認をしたのか疑問だ。19人の遺族全員が異口同音に「名前を出さないでくれ」と言い出したとは考えにくい。

 映画「精神」の撮影中に出会った男性は以前、新聞社の取材を受けた経験があるが、実名を名乗ったにもかかわらず、精神疾患を理由に匿名で掲載されてしまったという。

 「僕は、名前も新聞に出せないほど、そんなに恥ずかしい病気を持っているんですかねえ」と訴える男性の姿が印象に残っている。名前も顔も出していいですと告げたのに、仮名にされちゃった、と。

 タブーにすればするほど、タブー感は深まっていく。普通に対応するということが大事なのに、警察の対応は真逆だ。腫れ物に触るような、タブーを強めるような。組織の誰が、どういう意図で決断したのか。

 本当は取材を受けたい、と思っている遺族がいてもおかしくはない。でも、その人たちが声を出す機会は、報道機関への匿名発表によって奪われてしまう。

 被害に遭った人たちがどんな生活を送っていて、どんな人生を歩んできて、どんな人柄だったのか。社会的に広く知られる機会が永遠に失われ、葬り去られてしまう。

 もちろん遺族が望まないのであれば理解できるが、今回の警察のやり方には疑問があるし、非常に差別的なものを感じてしまう。

 「名前を出さないことによって報道機関からコンタクトされることもなく、プライバシーが守られる」ということかもしれない。でもそれは、障害がない人が被害者となった事件でも全く同じはず。

 理解できない。「触らぬ神にたたりなし」「君子危うきに近寄らず」のような発想なのかもしれないが、それは逆に批判を受ける危ない考え方。今回の事件の被害者は、あらゆる犯罪被害者と全く同じ扱いをされるべきだ。
 

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