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王族に生まれたので王様めざします 作者:脇役C
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第30話

「メアリ、お兄ちゃんが来たよー!」
 そうテンション高めに、ベッドの下にいるであろうメアリに話しかけた。
 ベッドの下をのぞくと、メアリがいた。かたくなにうずくまっている。
 うん…、明らかに拒絶されているな。
 接し方を間違っているとはわかってはいるが、なんて声をかけたほうがいいのだろうか。
 難しいな。

 初心に帰ろう。
 メアリと出会ったときの感動シーンを。

 というわけで、母親の朝食を持ってきている。
 まだほのかに温かい。良い匂いだ。
「メアリ、ご飯だよー。おいしいよー。寄っといでー」
 お盆ごと地面に置き、仰ぐ真似をする。

 すぐさまメアリは動いた。
 手と足をなめらかに動かし、顔は黒髪に覆われ、その動きはさながら有名ホラー邦画の某貞子のよう。
 自衛隊のほふく前進も真っ青なレベルの速度でご飯の前に表れた。
 ひぃぃぃ、怖っ…!
 ちょっと一瞬そう思ってしまった。
 い、いや、そう思うのはかわいそうだな。

 そんな兄の心の葛藤をよそに、メアリはパンにかじりついている。
 現れ方のわりには、メアリは食事のとり方はきれいだ。比較的だが。
 口はちゃんと閉じて咀嚼するし、スープにはさじを使う。なぜか正座してる。
 大食い選手権並みの食べっぷりと、口いっぱいに放り込んでハムスターのような頬になっている点以外は普通だ。
 メアリ母親はメイドだったというし、食事作法は身についているのかもしれない。

 どうでもいいことだが、メアリ母親はなんか言いづらいな。
 叔母になるんだろうか。いや異母だし違うな。義母かあさんか?
 義母さんもなんだかなれなれしい。義母親ははおやでいいか。
 そういえば、自分の母親にも表向きでは母様と言いつつ、内心ではずっと母親と呼んでいたな。
 薄情だったかな…。
 俺がこうだから、母親は俺との距離を測りかねていたのかもしれない。
 今度帰ってきたら、母さんと心の中でも呼ぶことにしよう。

「これ、アンタの食事じゃないのかい。いいのかい。食べたい盛りだろうに」
 義母親がそう聞いてきた。
「これは母のです。母様はもういないので、食事が余ってしまっているんです」
「…そうかい。悪いこと聞いたね。ありがたく頂くことにするよ。すまない、ありがとう」
 ん、なんだか誤解されてるな。
 義母親の中で俺の母親死んでるなこれ。

「いえ、そうではなく、母様は第2王子のところで暮らしています」
「なんだって! こんな幼い子を置いて何をしてるんだ!」
 誤解が上塗りされた!

「いえ、そうではなく、僕はマジカが使えず立場が危うい身です。それを母様が僕を守るために第2王子のもとに行きました。本心でそうしたのではありません」
「マジカを使えない、だって?」
 驚かれた。
 そういうリアクションされるたびに、自分が落ちこぼれと再認識できてしまってちょっとつらいな…。

「それは苦労しただろうね。アンタの母親も…」
「母親には心配も苦労もかけさせてしまいました」
「母親は子どものために苦労して当たり前だよ。子どもが気にすることじゃない」
「そう言ってくださると救われます」
 前世の母親に聞かせてあげたいね!
 あいつは育ててやったんだから、働けくらいのこと言いやがるからな。
 …まあ、それももっともな話かもしれないな。今思えば。

「いやに礼儀正しいね。あの人の子とは思えない」
「母のことですか?」
「あ、すまない。悪くいうつもりはなかったんだ。…いや、悪く言ってしまったな。申し訳ない。忘れてくれ」
「母がもし何かご迷惑をかけてしまったなら、代わりに謝ります」
「あのひと、いや、あの方は、貴族としての考えのもと行動しただけさ。そこに良いも悪いもないよ」
「そうでしょうか」
 母親…じゃなかった、母さんは相当思い詰める性格しているからな。
 自分の夫が寝取られたくらいのことを思って、相当攻撃してそうだ。

「そうだよ。本人がこう言っているんだ。これ以上詮索するのは野暮ってもんだよ」
「ありがとうございます。母様はああ見えて、悪気はないというか、一途なだけなんです。悪く思わないであげてください」
「わかってる。アンタの育ち方を見てればね。君の母親は、もう私の知っている人ではないようだ。つまならないことを言ってすまなかったね」
「恐縮です」
 親と子じゃ、だいぶ性格が違う場合もあるけどな。
「…人は変わるもんなんだね」
 そう小さくつぶやいて、義母親はパイプをふかし始めた。

 そんな話をしている間に、メアリは食事を終えてベッドの下に逃げ込もうとしている。
「メアリ、待て待て」
 せっかくベッドから出てきたんだ。
 少しはコミュニケーション取って距離を縮めたいじゃないか。

 そう思っただけだ。

 メアリを引き留めようと肩を後ろからつかんだ瞬間、ものすごい勢いでその手をふりほどかれていた。
 メアリは半狂乱に泣き叫んでいた。
 顔を覆い、泣いているような怒っているような声で叫び、尻もちをついて少し体を痙攣させながらも後ずさりしている。
 予想外のリアクション過ぎて、何が起きたか分からなかった。

「メアリ、泣くんじゃない!」

 義母親の怒号が響く。
「泣いても誰も助けてくれない! 泣いても、余計に付け込んでくるだけだ!やつらは!」
 メアリの体を持ち上げ、怒鳴りながらそんなこと言う。
 メアリは余計に泣き叫ぶ。
「泣くな! 泣くな!」
 さながら狂気に見えた。
 さっきまでの2人には見えなかった。
 情けないが、あまりの迫力に足が震えて母親を止めることができないでいた。

「落ち着いてください! それ以上やったらメアリがダメになってしまいます!」
 やっとのこと、言葉が出た。
 義母親はハッとした顔になった。
 メアリはすでにぐったりしていた。
 この部屋にまた静寂が訪れた。
 この2人、何を抱えて生きてきたらこんなふうになるんだよ…。

「すまないね」
 メアリはベッドの上で寝ている。
 失神しているようにも見える。
「メアリは、なぜあんなふうになるのでしょうか」
 幼い女の子にしつけが行き過ぎているせいじゃありませんか、くらいのことを言いたかったが、童貞でビビりの俺にとってはハードルが高かった。
 しつけにしたって、5歳の子になんて教育だよ…。
 ツイッターに投稿したら、炎上どころの騒ぎじゃなくなるぞこれ…。

「こんなことをアンタみたいな年の子にいうのもなんだけどね」
 義母親はパイプに火をつけながら、そう切り出す。
「メアリは、男に乱暴されたことがあってね。それ以来、後ろから掴まれたりすると、ああいうふうになっちまうのさ」
 わーお。ディープ過ぎて吐きそう。
 聞かなきゃよかったよ。ロリコンは死んだほうがいい。

「それは申しわけないことをしました」
「アンタは何も悪いことはしてないさ。掴まれただけであんなふうになっているメアリは、この先、生きていけない。弱くちゃ、この世界は生きていけないんだ。生きていくなら、乗り越えなくちゃいけない。だから泣いちゃダメなんだ。今から泣き癖をつけるわけにはいかないんだ」
 義母親は、自分に言い聞かせるように、ぼんやりとテーブルに視点を固定したまま、そうつぶやいた。
 そんな義母親に、俺は何も言うことができなかった。
 何かを言ったら無責任な気がした。

「私は、間違っているんだろうな…」
 義母親が目を抑える。手の影から、涙が数滴落ちるのが見えた。
「私はメアリを不幸にしかできてない」
 この人も、自分が正しくないとわかっていながら、こうするしかなかったんだ。
 自分一人で生きていくのも難しいのに、人を生んで育てるなんて、どんなにか大変なことだろうか。
 童貞の俺にとっては想像すらつかないことだが…。

 それにしても、あれだな。
 踏み込んじゃいけないところまで踏み込んじゃった感。
 申しわけない。
 メアリと関わるなら、生半可な気持ちじゃダメだな。
 気を引き締める必要がある。

「お母さん」
 いつの間に起きてきたのだろうか。
 メアリが義母親の頬に手を当てた。
「お母さん、泣かないで。」
「メアリ…」
 義母親はメアリを抱きしめる。
 一見すると美しい光景に見える。

 けど、一連の流れを見ていた俺にとっては危険な香りを感じるぞ。
 毎回かどうかわからないけど、メアリがあれだけ追い詰められてたらいずれ精神がボロボロになりそうだ。
 いや、義母親の言うとおり、逆に精神的に強くなったりするのか?
 俺がゆとり世代のゆとり脳だから、そう思うだけか?
 いや、自分の感覚を信じよう。
 考えが変わった。
 なるべく早めにメアリを外に連れだそう。

「メアリ、さっきは驚かせてごめんな」
 なるべく優しく声をかける。
 何が引き金になるか分からないから、おそるおそるだ。
 そんな俺なりの細心の注意を配ったセリフでも、メアリはびくびくしながら義母親の背中に隠れた。
 そんなに怖がられると、俺のガラスの精神もボロボロになりそう。

「これをご覧」
 メアリに、持ってきたリングを見せる。
 母親のジュエルボックスから持ってきた、ドラゴンがあしらわれた銀製のリング。
 ドラゴンは尻尾をくわえてリング状になっており、目に赤い宝石が埋め込まれている。
 この女性用と思われる細い幅のリングで、ウロコや角、ヒゲに至るまで恐ろしいほどの作り込みだ。
 さすが母さん! 貴族なだけあって装飾品には事欠かないぜ!

「……!」

 おお、食いついてきた。速い速い。
 食料を見つけたとき並の速さだね。
 いつの間にか俺の側に来て、リングをとろうとしてる。
 ただ食い意地が張った子だと思ってたけど、好きなものにまっすぐな性格なのか。

「おっとっと。あげられないよー」
 メアリは届きもしない高く掲げられたリングに、ピョンピョン飛び跳ねてつかみ取ろうとしている。
 子どもって感じがしてかわいいね。ほっこり。
 でもその背じゃ、さすがに届かないよ-。

「メアリ、この指輪欲しくない?」
 うんうんうんうんうんうんうん、と過剰なほど何回も頷く。
 素直でよろしい。かわいい。
「もっと他にもあるで」
 デザインがメアリ好みと思われる装飾品を数点見せた。
 すかさずメアリは奪い取ろうとする。
「おっとっと。人のもの取っちゃだめだよー。悪い子は、しまっちゃうおじさんが夜中に現れて仕舞まわれちゃうんだよー」
 だんだん涙目になりながらピョンピョン飛び跳ねる。
 まったく俺の話聞かないな。
 体力と根性あるね、この子。

「欲しいなら、自分で作ればいいじゃん」
 装飾品をポケットにしまい、自分の額とメアリの額がぶつかる寸前くらいに顔を近づけて言う。
 驚いて、メアリはこちらを見ている。
 見開かれた目は、静かに深い青をたたえていた。

「メアリは、これを作れるんだ。作れるようになれるんだよ」
「…わたしが?」
 頷く。
 メアリは困惑したような顔をしている。
「メアリ、このリング見てどう思った? 欲しいと思ったんでしょ。俺も思ったんだよ。メアリが作ったドラゴン見て、メアリが創るこれからの作品を見たいって。メアリもそう思わない? 少なくともお母さんはそう思っているよ」
 メアリは視線を義母親のほうに向ける。
 義母親は頷いたのだろうか、メアリは嬉しそうに少し顔をほころばせた。

「でも、今のままじゃダメだな」
「…え?」
 開かれていた目が曇り、顔をうつむかせた。
 表情は微妙な変化だが、分かりやすくてかわいいな。
 いやいやいや。

 メアリの肩を叩く。
 メアリはビクッと顔を上げる。
「メアリ、俺の話を聞くんだ。俺は、『今のまま』ならと言った」
「……」
 メアリは、どうしたらいいの、と目で聞いてくる。
「そこから出よう」
 メアリは困惑した表情のまま、不安そうに俺を見続けている。
 けど、視線をそらさない。

「新しい世界は新しい自分を見せてくれる。今までの景色が、新しい景色に変わる。今は外は怖いかもしれない。少しずつでもいい。ゆっくりでいい。だいじょうぶ。俺がいる」
 メアリに向かって手を差しのばす。
「メアリ。もっと色んなもの作ろう。もっと色んなもの見よう。もっと色んなものに触れよう」
 拒絶されたらどうしようかと思った。
 いや、ほぼ拒絶されるだろうと思っていた。
 だってあんなに俺のことを嫌ってたから。
 でも、メアリはおずおずとしながらも、ゆっくりと右手をだした。
「うん。俺ともっと世界を見に行こう」
 メアリの手をしっかり握りしめた。
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