iPhoneは独創的な商品か?スティーブ・ジョブズにまといつく0→1幻想

iPhoneは革命的な商品だ。だが、独創的かと言われると、ちょっと違う。スティーブ・ジョブズのカリスマ性ゆえ、何もかも彼が生み出したと思われがちだが、iPhoneに至るまでには無数もの小さな積み重ねと試行錯誤がある。今回はそれを紹介したい。

iPhoneは独創的か?

Apple製品は、イノベーションの代名詞のように言われている。とりわけiPhoneは、「電話を再発明する」というキャッチコピーとともに、それまでにない革命的な製品を作り出したと思われがちだ。

事実、iPhoneは携帯電話市場にイノベーションを起こした。それまでの地図を塗り替えたと言っても過言ではないだろう。

だが、果たして、iPhoneは独創的な製品なのだろうか? 今までにない画期的なプロダクトか?

この記事ではその検証をしたいと思う。そして、それによって「イノベーション」の本質に迫りたい。

イノベーションとは、今までにないアイデアを形にして、世の中を変えることだと思われている。しかし、それは真実だろうか?

実は同時期に同じような携帯電話が出ていた

iPhoneの特徴といえば、機器の全体に渡ってモニター画面になっているのと、それがタッチパネルになっていて、画面を直接触って操作するところだ。

それまでの携帯電話といえば、折りたたみ式で画面とプッシュボタンが分かれているのが主流だった。

その流れをひっくり返したのがiPhoneだ。その後、あらゆる機種でその形式が踏襲されたのは御存知の通りである。

だが、実はほぼ同時期に機器全体がモニターで、全面タッチパネルを採用した機種が存在した。

それがLG電子によって開発された「プラダフォン」である。

プラダフォンは「パクり」ではない


『日経パソコン』2008年5月26日号(日経BP社)23pより引用

「プラダフォン」はLG電子とファッションブランドのプラダが共同で開発したスマートフォンだ。その見た目はiPhoneとほとんど変わらない。

これを見ると「プラダフォンはiPhoneを参考にして作られた機種ではないか?」と思いたくなるところだ。しかし、プラダフォンの発売は2007年の2月。iPhoneの発売は2007年の6月であるから、半年近くプラダフォンが先駆けている。

ほぼ同時期に同じアイデアで機種が開発されていたことがわかる。

タッチパネルは独創的か?

iPhoneのタッチパネルはとても使いやすいが、それも独創というわけではない。

プラダフォンがそのアイデアに行き着いていたこともそうだが、1996年に松下電器がタッチパネル式のデスクトップ・パソコンを販売している。


『ASAHIパソコン』1996年10月1日号(朝日新聞社)132pより引用

「ウッディ タッチパネル」はディスプレイに直接触って操作ができる。大きめにアイコンをタッチすればインターネットに接続したり、CDプレイヤーを起動したりできた。

それにタッチパネル自体は日常のあらゆるところに使われていた。

ただ、その便利さにあまり気づかれていなかっただけだ。いくつか日本での実例を紹介しよう。

すでに日常に浸透していたタッチパネル

まずは駅の券売機。タッチパネル式の券売機が初めて開発されたのは1987年。今から約30年前だ。


『JREA』1987年12月号(日本鉄道技術協会)40pより引用

相模鉄道が高齢化社会、情報化社会の到来にそなえて、「使いやすくて簡単でしかもスピーディ」な券売機として開発した。

その後、タッチパネル式の券売機が全国的に普及していったことは言うまでもない。

同時期に銀行のATMもタッチパネル化が行われた。

飲食店では牛めしの「松屋」がタッチパネル式の券売機を2002年に導入している。

すでに携帯電話に採用されていたタッチパネル

また、携帯電話でもすでにタッチパネルは採用されていた。

最初期の例では1996年に関西デジタルホンがパイオニアと共同でタッチパネル式の携帯電話「DP-211」を開発している。


『産業新潮』1996年10月号(産業新潮社)194pより引用

その後も2002年の秋、アメリカのKyocera Wireless社がタッチパネル式の折りたたみ携帯電話を発表。同時期にサムスン電子も画面にペン入力できる携帯電話を販売した。

シャープが2005年に開発したスマートフォン「W-ZERO3」でもタッチパネルは使われている。


伊藤浩一、霧島煌一、ぬりかべ魔神、重森大、ジョルス『W-ZERO3の本』(毎日コミュニケーションズ)5pより引用

このように携帯電話とタッチパネルを組み合わせることもすでに行われていた試みだった。

iPhoneに近い構想はニューヨーク大学で行われていた


興味深い動画を紹介しよう。

これはニューヨーク大学のジェフ・ハンが2006年のTEDで披露したプレゼンテーションだ。

ここではジェフが研究室で開発されたばかりのタッチパネルについて語っている。それは複数の指を同時に認識できるものだ。

これを使えば説明書のいらない直感的なインターフェイスが可能だとジェフは言う。指をつまんだり広げたりして写真を拡大・縮小させる動作は、今では見慣れたものだ。

ここで語られているコンセプトは、iPhoneと一緒ではないだろうか?

もう一度ジョブズのプレゼンを見てみよう


さて、ではその辺を意識して、ジョブズがiPhoneを発表したプレゼンテーションを見てみよう。

ジョブズはここでiPhoneのことを「すべてを変えてしまう新製品」「革命的な新製品」と言っているが、実は「iPhoneは既存のスマートフォンを改良したもの」でもあることを明示している。

ジョブズはすでに市場に出回っているスマートフォンを4つ取り上げて、キーボードが固定されていることが使いにくさの原因であると指摘し、それを解決するためにiPhoneは全面タッチスクリーンにする、と続けている。

そして、すでにタッチスクリーンに採用されているスタイラス・ペンは「すぐに無くしそうだ」と言い、指で操作できるタッチスクリーンにした、としている。

iPhoneは「すでにあるもの」をブラッシュアップしたものだ

キーボードを外して全面タッチスクリーンに。
スタイラス・ペンではなく指でできるように。

これは「まったくないものを生み出した」のではなく、「改良」だ。

iPhoneは既存の技術の積み重ねの結果である。

すでに紹介した「プラダフォン」を見てもわかるように、技術は同じ方向に突き進んでいたのだ。多くの人間が同じ課題に取り組み、試行錯誤し、AppleやLG電子は他社に先駆けてそれを形にできた。

勘違いしてはいけないのは、何もないところから生まれたのではないのだ。

イノベーションは「突然変異」ではない

「イノベーション」と聞くと、私たちはつい「それまでになかったすごいもの」を想像しがちだ。だが、それは幻想に過ぎない。

iPhoneのような革命的な商品でも、それまでの積み重ねを活かし、すでにあるものを改良してできあがっているのだ。

「改良」や「ブラッシュアップ」と聞くと、地味でパッとしない作業のようにも思える。だが、どんなイノベーションもその地味な作業の果てにあるのだ。iPhoneを見れば、それがわかる。

「文系と理系の交差点」の本当の意味

ジョブズは「文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値がある」という言葉に共感し、そういう人になろうとしたことで知られている。

この言葉はスタンフォード大学で語られた「点と点を繋ぐ」と混同されていないだろうか?ただ単に「文系のセンスと理系のセンスを掛け合わせる」というような言葉として捉えられていないだろうか?

しかし、iPhoneをめぐる様々な「前例」を見ていると、違う側面も見えてくる。それは理系の最先端の知識を、文系の人々にも広く通じるように翻訳するというようなものだ。

iPhoneで使われている技術は、すでに様々な場面で試されていた。ジョブズがやったのは、最新の技術を多くの人に使えるものとして改良したことだ。「文系と理系の交差点に立つ人」というのは、そういうことなんじゃないだろうか。

【参考文献】

伊藤浩一、霧島煌一、ぬりかべ魔神、重森大、ジョルス(2006)『W-ZERO3の本』毎日コミュニケーションズ

『産業新潮』1996年10月号(産業新潮社)

『JREA』1987年12月号(日本鉄道技術協会)

『ASAHIパソコン』1996年10月1日号(朝日新聞社)

『日経パソコン』2008年5月26日号(日経BP社)

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします!