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<生前退位 こう考える> 原武史さん

原武史さん

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◆柔軟な皇位継承、視野に

 天皇が生前退位を希望しているとすれば、理由は何か。いろいろな推測ができますが、私は過去と未来、両方を見ているのではないかと思っています。

 現在の天皇は百二十五代目とされています。祭祀(さいし)の中には、古代以来の百二十四人分の天皇祭があり、当然、一人一人の天皇について勉強をしているでしょう。江戸期以前の天皇制は現在とはまったく違っていたということも知っていると思います。

 明治以降、天皇の権力が強大化した時代に合わせ、天皇制も大きく変わりました。敗戦後に憲法はがらりと変わりましたが、一九四七(昭和二十二)年制定の皇室典範は明治のものを多く受け継いでいます。

 例えば、皇位は男系男子に限るという規定がそうです。退位に関する規定がないのも、一八八九(明治二十二)年にできた旧皇室典範と変わっていません。

 数年前、天皇陵(りょう)をもっと小規模にして、土葬から火葬にするという議論が起きました。明治より前の天皇陵に戻そうという発想と考えられ、今回の生前退位もその流れの中にあるのだと感じます。

 実際、生前退位は飛鳥時代の皇極天皇から江戸時代の光格天皇まで五十九例ありました。

 つまり、生前退位は、明治以降のみに注目すれば伝統に反しているかもしれませんが、長い歴史を振り返ってみれば、より伝統的だと言えるんです。むしろ、明治以降の百数十年の方が異常だ、と。

 あまりにも天皇の権力が大きくなりすぎ、戦後も解体されないまま残ってしまったものに、メスを入れようとしているのではないでしょうか。

 一方、未来への視点は、次代に対する不安です。現時点で明確に言えるのは、男子がいない現皇太子夫妻が天皇、皇后になると、皇太子が不在になること。そこで、秋篠宮が「皇太弟(てい)」という地位に就く可能性がある。

 すると、天皇の下に皇太子がいるという現在のバランスが崩れ、天皇制が不安定になってしまう。その行く末を見守っていきたいという思いはあるでしょう。生前退位の前例をつくることで、後の皇位継承がより柔軟になると考えているのかもしれません。

 日本国憲法の四条には、天皇は「国政に関する権能を有しない」とあります。天皇が生前退位の意向を示すことは皇室典範の改正につながるので、この条文に抵触します。

 戦争放棄などを規定した九条を変えることは国民の強い反対がありますが「天皇が退位の意向を示すことができない今の憲法はおかしい」という声が出てくるでしょう。今回の出来事をきっかけに四条の見直しが議論になるかもしれない。そうなると、日本の象徴という存在から解放して、元首にした方がいいのではないかという方向に発展する可能性があります。

 生前退位は、皇室典範の改正にとどまらず、改憲派が改憲の糸口に利用する可能性も秘めています。

 (聞き手・石井紀代美)

 <はら・たけし> 1962年、東京都生まれ。早稲田大政治経済学部卒。日本経済新聞社記者時代に昭和天皇の取材で天皇制への関心が深まり退社。明治学院大教授を経て現在は放送大教授。専門は日本政治思想史。天皇制をテーマにした著書に「大正天皇」「『昭和天皇実録』を読む」「皇后考」などがある。

 <天皇陵> 皇室典範は天皇、皇后、太皇太后、皇太后を葬る所を「陵」と規定している。宮内庁は2013年11月、天皇、皇后両陛下の陵や葬送のあり方についての検討結果を公表。約360年前から続いた土葬を火葬に戻すのがふさわしいと結論づけた。火葬場を武蔵陵墓地(東京都八王子市)に設け、敷地に余裕がないため陵を縮小する。

 

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