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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

四章 クズノハ漫遊編

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気が早くはあるけれど

 ロッツガルド、クズノハ商会執務室。
 今日は久々にここでゆっくりしている。
 もっとも、仕事をしてない訳じゃない。
 絶賛、学生関連で書類仕事中。
 識曰く、ジンは研究者としてなら弟子にしたい子、らしい。
 ジンが僕の界を直感的に推測して展開した力場は簡単に言えば相手を重くしたり自分を軽くしたりするもの、重力操作のようなイメージで合ってる。
 自分を軽く、相手を重くする事は同時に出来ないが、自分だけ軽くするのは範囲の縮小で可能。
 術で展開しているジンは自分以外を中心にする事も出来ていて、自分だけを軽くするの反対、相手だけを重くするというのも可能らしい。
 発動起点、魔力の消費以外の使い勝手は本当に界そっくり。
 なんで重くとか軽くって効果なのか識に聞いたら、彼の空間への干渉へのイメージで一番楽だったのがそれだったんだとか。
 ジンの認識だと空間に存在する物体が移動するのはそのモノに方向性のある力が作用するからで、力が生じて実際の移動に繋がる時の摩擦やロスを負荷として考えた時に……と識から愉快な説明が始まって、僕としては大まかに理解する事にして細部は聞き流した。
 識は僕とは別の意味で楽しそうだった。
 一般人と研究者の違いなのかもしれない。
 要するに、動くのに必要な力の倍率を変える場を展開するのがジンの新しい術ってことだ。
 凄いね。
 何か物理とかの話を聞いてる気分になった。
 そんな学問がまともに発達してないこの世界でジンはどうやってそんな考えを持てたのか。
 考えてみれば彼もロッツガルドというエリート集団の通う学校の生徒。
 それも特待生。
 秀才か天才のどちらかなんだろうな……。
 識も驚いた点は僕と同じだったようで、僕の物理の教科書を持ち出してこの事を直感的に理解しているのではとベクトル云々の部分を開いてくれた。
 物理は……嫌いではないけど、正直好きでもなかったんだよな。
 テストの点で言えば上げる余地が十分にある科目の一つだったし。

「ジンが研究者ねえ。二刀流で先陣きって突っ込んでいくイメージとはかけ離れるなあ」

「そちらではジンは精々一流止まりでしょう。研究者としてなら画期的な理念の一つや二つ発見するかもしれません。超がつく一流になれる可能性が十分にあります」

 ただし研究者として。
 なんとも複雑な。

「面食らうだろうねえ。店員としてでも戦士としてでもなく、研究の弟子にしたいってんだから。……ところで、識が目をつけた子は他にはいないの?」

 例えばアベリアとか。
 ウェディングドレスを着せたい、とか言い出したら面白いんだけどね。
 そういう相手なら亜空に入れる事を含めて考えても良いと思うってのもある。
 今の所可能性がありそうなのは識かライムくらいだし。

「そう、ですなあ。私の判断とは関係なくシフとユーノについては店員としていずれ雇う事になるかと思います。レンブラント氏との関わりの面で」

「……ああ。まあ、それは、ねえ」

「二人とも能力的には特に惹かれるものもありませんが、こちらに概ね好意的ですし商会の従業員として使う分には問題ないかと。卒業までには商人ギルドの試験も合格しておくと明言していましたから支店を作る際にも楽になります」

「やる気は十分だ、か。レンブラントさんも乗り気なんだよねえ、これが。で、他には?」

「他……イズモは本心では故郷のローレルに戻りたいようですが進路について相談されていませんね、何やら事情もありそうですが口にはしませんので自分で何とかする気なのでしょう。本家と分家の確執など面倒ですので、我々もその方が助かります。放置で、イズモが連絡をつけてくるのなら話を聞く程度で丁度良い距離と考えております。可もなく不可もない術師、特に雇う魅力は感じませんな」

 口にはしませんので、ってもう全部知ってる感じじゃん。
 本家と分家。
 日本でもありそうなドロドロしてそうな話題だ。
 確かに出来れば外部から関わりたい事じゃない。

「ダエナは?」

「既婚者ですし、本人は学園への就職希望を口にしていました。学園と揉めるなら早めに教えて下さい逃げますから、と酒の席で笑っていました。……目は真剣でしたが。イズモ同様、別に望む道があるなら無理に誘うほどの人材でもありませんので放置しております」

「奥さん妊娠中だっけ」

 確かそんな噂を聞いた。
 本人からは特に何も言われてない。
 つわりとかあるなら講義なんぞ休んで傍にいてやれよ、と言ってやりたくもあるけど。

「ええ。若様の耳に入ると講義なんか休んで一緒にいろと言われかねないから安定するまでは絶対秘密にして欲しいと頼まれていました」

「……あっさり言ったね」

「もうつわりなども治まって随分落ち着いたようですから。何度かウチにも薬を買いに来ていましたが最近はそれもありませんし」

「ふうん。じゃあ奥さんがつわりで苦しい時もあいつは普通に通学して講義も受けていたと」

 それでいいのか旦那。
 薬にしても、言ってくれれば部屋まで届けてやるのに。
 折角ウチで買ってくれてるならその位サービスするよ。

「ダエナも特待生ですから、勤勉に励む事は彼が学園から特待生として金を貰う立場を考えればむしろ良い事とも思えますが……」

「……そんなものかなあ。ならミスラとアベリアはどんな感じ?」

「ミスラのダメージディレイは非常に興味がありますね。彼が卒業するまでには全て解明したいところです。巴殿のお気に入りでもありますし、飽きられるまでは鍛えてもらえるでしょうから……本人の希望があるなら雇うのもありでしょうな」

「何か問題があるの? その言い方」

 少し間が気になって聞いてみた。

「両親が女神の熱烈な信徒らしく、ミスラには神殿への奉仕、というか就職を希望しています。本人は困った顔をして頭を掻くばかりでしたが、あのまま押し切られて神殿に行く可能性が大だと私は思っております」

「女神の熱烈な信徒……なんて萎える言葉だ」

「性格も戦い方も受身な子ですし、流されるのも既に受け入れているなら別に本人の好きにすれば良い事ですしね」

「ああ」

「一応、神殿とクズノハ商会は対立する可能性がそれなりにあると言ってはおきましたから、これから卒業まで唸ることになるでしょうなあミスラは」

「そりゃ悩むだろう」

「流されるままだったミスラも、その先に若様が高笑いして指先を自分に向けて待っていると知れば必死に泳ぎだすかもしれません。両親か若様か、これはこれで面白い決断が見られそうです」

「……黒いぞ識」

「恐れ入ります」

「じゃアベリアは?」

 最後に回す辺り結構大事にしているんだろうか。
 それとも逆?

「アベリアは、器用貧乏ですし特に魅力あるスキルもありません。グリトニア帝国からスカウトが来ていまして、そちらで騎士団に入る選択肢が既にあります。ウチへの就職を望んではいますがメリットもないので雇い入れる必要はないでしょう」

 グリトニアからスカウトね。
 結構大口だ。
 リミアはまだ学生に具体的な声掛けをしていないようだから学生は誰もリミアを候補にしていないのか。
 グリトニアかリミアなら、僕なら間違いなくリミアだけどな。
 にしても、冷たいな。
 あんなにアベリアはクズノハ商会に、というか識にアプローチしてるのに。

「リミア王国行きは誰も考えてないんだな」

「王からそれなりの言葉を掛けられてはいますが、リミア王国からはまだ何のアプローチもありませんので選択肢に入れていないのでしょう。私としましてはジン、シフ、ユーノはともかく他の四人はリミアから誘われれば可能性はあるとみています」

「ダエナとミスラも?」

 ダエナは奥さんがこの街にいるし、ミスラは両親が神殿ラブなんだろ?

「ダエナも家付きで家族ごと誘われれば他に行く選択は十分にありでしょう。引越しの手間と待遇の良さで判断するのでは? ミスラについては、リミアには女神の選んだ勇者がおりますから両親も納得する可能性は十分です」

 先輩か。
 確かに女神の熱烈な信徒なら勇者への協力は中々の選択かもしれない。
 栄えあるお役目だー、とかなるかもね。
 全く理解できないけど。

「なるほどねえ」

 アベリアー、脈なさそうだよ。
 じゃあ僕が雇いたいかと聞かれると、正直どっちでもいいんだよ。

「若様としては、アベリアが気になっておいでですか? 何か注目している分野がおありとか」

 そう取られたか。

「ん、いや。識に、その、大分懐いているようだしウチでバイトもしてるだろ? それで少し気になった」

「あの程度でしたら学園に幾らでも同じような娘がおりますから、懐くといってもそれほどでは。講義を受けている中ではアベリア一人ではありますが……」

 ……一回識だけ学園に行かせて一日尾行してみようかな。
 どんだけモテモテなんだ、お前は。
 ライムといい識といい。
 一途に奥さん愛してるレンブラントさんを少しは見習え。
 というわけで、アベリアごめん。
 僕としては人の恋路を邪魔する気はないけど触る気もないから。

「しかし……アベリア……確かに」

「うん?」

 まさかの復活ルート?

「ヒューマンベースのキメラの素体としてなら魅力はありますな。属性への適性といい能力といい、中々高いレベルでまとまっていますから……私のデータもきわめて少ない分野で充実を目指したいとは考えていました」

「うっわ……」

 聞かなきゃ良かったかも。

「巴殿から興味深い資料は頂いたのですが、やはり生の実験は大切です」

「それは……あんまりだなあ。アベリアには普通にエリート様として大国に行ってもらうのが無難か」

 最悪グリトニアに行ったとして智樹の餌食になった場合でも……識のモルモットよりはマシだろう。

「そうですか? まあ、まだ誰にとっても先の話です。今ですらそこらの大人よりは高給取りの彼らですから妥協した進路は選ばないでしょう」

 そうなんだよなあ。
 ジンたちって今でも毎月学園から支給される金が結構な額だ。
 多分、ウチの店員になったら給料は下がるんじゃないか?
 あ、ジン。
 ジンは雇っても良いとか識も言ってたけどあいつ自身はウチに来る気なのか?

「ジンは……ウチにくる気なの?」

「本人はそれ以外の進路は考えていない、と申しておりました」

 本気か。

「給料下がるのになあ」

「……ジンは上昇志向が強い子でしたが最近は少し変化が見られます」

「うん?」

「ただあの子は出会った時から損得勘定はドライに行い、そしてその決定に拘る傾向がありました。それは今も全く変わっていません」

「だったらどうして」

 クズノハ商会に就職したがるかね。
 明らかに損するぞ?

「ジンはわかっているのですよ。クズノハ商会で得られるだろう経験が何よりも自分にとって価値があると。そしてそれは他では決して得られないと」

 経験が価値。
 ああ、損得勘定ってそういうのも含めてか。
 ならわかるな。
 そこでしか出来ないこと。
 その人からしか学べないこと。
 ……ふふ、それも含めて損得勘定にドライで拘るって事なら僕もそうだ。
 何かジンに初めて親近感を覚えた。

「価値かあ。亜空はともかく外回りともなればクズノハ商会の店員でも冒険者の真似事はしてるもんねえ。わからないではないか」

「ジンが個人でアクアやエリスに追いつくにしてもまだまだ多くの時間は必要になるでしょうが、あの子はクズノハ商会で更に強くなりたいのでしょう」

「強く……」

「どうして強くなりたいのか、までは」

「識、それはいいや。知ってても、言うな。言いたくなったらジンが僕に話すだろうさ」

「……わかりました」

 イズモの時みたいに知ってそうな気がしたから止めた。
 ……なるほどねえ。
 生徒は生徒で色々考えているわけだ。
 んで。
 アベリアは結構焦らないといけない状況だと。
 まだ完全にアウトではなさそうだからチャンスはある、かも。
 どう転んでも亜空を見せるような関係にはならないと思うし、脅威としてカウントする必要もない相手。
 それが大まかに言って僕にとってのジン達なんだけど……。
 講義で関わった講師として、頑張って希望の進路に行ければいいなとは思う。
 ああ、だからか。
 クズノハに就職したいっていうアベリアのことを気にしたのは。
 そこで強権発動といかないのが中途半端だけど、それも僕だしな。

「では若様。リミアに向かわれる前にこの候補生達を少々選別しましょうか」

「やるの、今から? リミアでやれば良くない?」

 凄い山だし。
 登頂成功率結構低そうなレベルだし。

「勿論、最終的な吟味はリミア行きの間にして頂きますがこの量ですから。少しでも進めておきませんと」

「……だよね」

 持っていける量でもないし、亜空に置いとくのも実は今回はちょっと無理。

「という訳で、こちらを」

 識からティッシュボックス程の厚みの書類を渡される。
 重量以上のプレッシャーを感じる。
 まずはこれだけ、見るのか。
 見きれるか?

「で、あちらの山につきましては」

「ん? ……っ!」

 書類マウンテンが識がパチンと指を鳴らした瞬間に燃え上がった。
 火事!
 火事になる!

「ちょ!」

「延焼などはしませんのでご安心を」

「あ……そう」

「あの山の方は、全て落第ですので。ちょっとしたパフォーマンスで始末してみました」

 ニコヤカにやるな。
 唐突にやるな。
 普通にびっくりするわ。
 ここ室内。
 店舗の二階。

「ってことは、全部でこれだけ?」

「はい。それなりの量ではございますがあの山を見た後ならば、何とかやれそうにも見える量かと存じます」

「確かに」

 そんな気がする。
 識マジックか。

「まったく、見ているだけで脳が汚染されそうな危険物質も数多くありました。若様がご覧になったらどうなっていたことか……」

 ……。
 講義の募集に対して応募してきただけの書類だよね?

「ソレが全てまともかと言えばそうでもないのですが、若様に上げても、経験として受け止められるレベルにはなっていると言えなくもない代物ですので」

「見るのが、既に怖いよ」

 経験ってなんだ。
 受け止められるレベルって何だ。
 脳が汚染される質って……。

「私も徹夜デスマーチで幾分ハイになりましたので中にはそれなりの愉快成分も残っております。リミアのお供にどうぞ」

「お、お疲れ様」

 徹夜続きだと識でも危なくなるレベルなのか。
 想像もできないけど一応覚悟しておこう。
 それにしても、リミアか。
 決めてなかった、従者は誰を連れて行くべきか。
 識が良いんだけど、色々やってもらう事あるからなあ。
 響先輩ともまずい方で面識があるのもネックだ。

「では、私は海の様子を見て参ります」

「あ、識。リミアなんだけどさ」

「? なんでございましょう」

「連れて行くなら巴と澪、どっちが良いと思う?」

「澪殿です」

 即答。
 というか。

「識、なんで顔をそらす?」

 それどころか視線が泳いでるぞ。
 なんてわかりやすい挙動不審。

「私としましては澪殿が良いかと思います」

「識?」

 何か裏であったのか? 
 さっきまでと一転、こっち全然見ないし。

「ま、まだ亜空は陽も高い事ですから私、ビキニなどで何百年かぶりに海水浴でもして参ります!」

「ビキニ!?」

 そこは安定のトランクスタイプだろう!?
 じゃなくて。

「識は澪殿お一人での同行を推したとお伝え下さいませ! 失礼致します!」

「識!?」

 お伝えくださいませ、って誰にだ!?
 あいつ……澪め。
 変身スーツの事もだけど、なーんか企んでるな。
 僕の害になることじゃないのは確実だ。
 それはわかる。
 なんだけど……。
 ふ、不安だ。
 リミアに行くの、急に不安になってきた。
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