「欧州単一市場にアラカルトメニューはない」「“4つの自由”は切り離せない」「いいとこ取りは認められない」――
通常、欧州連合(EU)指導者たちが合意に至るには多大な苦労を要するものだ。だが英国が国民投票でEU離脱を決めたことで、大陸欧州は結束することになった。移民を制限しながらも単一市場のうまみは逃さない――英国の離脱派がそんな願望を抱いている気配を見せるだけでも、他の加盟国を駆り立てるには十分だった。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、EUの意向を改めて強調した。「英国がEU労働者に対して国境を閉ざすのであれば、単一市場への“自由なアクセス”は与えない」
■14兆ユーロの“宝石”
欧州単一市場。それはEUが誇る14兆ユーロ(約1633兆円)規模の“宝石”だ。欧州統一の極みでもある。単一通貨「ユーロ」と違い、EU市場には全加盟国が組み込まれている。誕生してから15年の間に国内総生産(GDP)を2.1%伸ばすなど、大きな成功例だと考えられている。
この単一市場はすぐに、英仏海峡の両岸(英国と大陸欧州)にとって象徴的な意味を持つものとなった。英国からの輸出の約半分は他のEU諸国向けである(金額ベース)。
いかなる形であれ、この貿易が制限されれば、ただでさえ景気後退に陥りそうな英国経済は深刻な打撃を受けかねない。一方EU側では、今にも崩れ去るかもしれないこの組織をまとめようと加盟国政府が奮闘している最中だ。離脱を決めた国に特権的な市場アクセスを与える気はさらさらない。
この単一市場は、伝統的な自由貿易圏を超える存在だ。非課税障壁の軽減、資本の移動やサービス貿易の促進、欧州人労働者に完全な移動の自由を提供することで域内貿易を円滑にする(モノ、サービス、人、資本の移動の自由を指して“4つの自由”と言う)。実に700万人のEU市民がこの権利を謳歌している。狙いは、欧州企業が他の加盟国においても、自国内にいるのと同じく自由に事業を展開できるようにすることだ。
■「単一」にはほど遠いサービス市場
そうならいいのだが――。確かにモノの取引は円滑に行われているし、EU市民は好きな場所に住んだり働いたりする権利を持っている。だがそれ以外の領域において、EU単一市場はいまだ発展途上にある。
エネルギー、金融、輸送の市場は統一にはほど遠い状態だ。EU経済の7割を占めるサービス部門には特に障害が多い。EU域内貿易におけるサービス部門の割合は2012年、わずか5分の1にとどまった。