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あったかい気持ちの循環
「追加で10名受けるから、お前んとこ、3は出せよな?」
「いや、無理ですよ!派遣で動ける人間、もう残ってません。」
「差し替えてでもひねり出せ」
牧瀬さんからの連絡を待つ間、先手を打つように、カナコ彼氏から電話が掛かってきた。
…こいつ、アタマ悪いんじゃない?
西東京事業所が客先から乗り込まれて怒られてるってのに、よく自分の追加受注なんか受ける気になってるよね。
いや、むしろ それを知らない?
いやいや、まさか 知ってるからこそ わざと知らないフリして…先手打ってきた?
チラッとカナコをみた。
カナコが慌てて視線を反らす。そしてその手には、自分のケータイ電話。あまりの慌てぶりとわざとらしさに確信した。
コイツ、情報流しやがったな…!!
あー お前ら、気に入らない!
実は、3名くらいは出せるんだけど、コイツらの為になるなら絶対出さない!!
「日勤なら無理です。夜勤か半日なら出せます。」
そんなオーダー、絶対存在しないのを分かってて言った。
「そういうことは聞いてない。いいから、最低3だ。後で、枠を回すからな」
バーカ、誰が助けてやるかよ?
「当たるだけ当たりますけど、目標3で。」
絶対出さない。
「…所長に電話、代われ。」
ヒッヒッヒ、どーぞ、パワープレイなさってくださいな♪
「はあい。聞いて貰っても、答えはおなじだと思いますから、どうぞ~」
あたしは、保留ボタンを押して所長に代わった。
所長が「そんなケンカ腰にならなくも~」って、ベソ顔だったけど「出せないものは出せません」って、言い捨てた。
絶対負けませんから。
今までの事もありますから、絶対許しませんから。
係長サマだかなんだか知らないけどさ。普段、散々人をカノジョの子守扱いしやがって。
あたしは、アンタの下僕じゃないのよ。
あーむかつく。
わざと落ち付きなくオロオロしてるカナコに声をかけた。
「あれえ?まだ残ってたの?帰っていいよ?」
あたしの声、ワザとらしい声に、なってないといいんだけど。
「いや、あの…こんな状況ですし、わたし…」
…いや、あんた、今まで繁忙期だろうが あたしに情け容赦なく遅刻しては定時で帰ってたじゃん。ナニを今更?
「受注残当たるのに、2人も残業したら人件費でまた怒られるし。」
「いやでも…」
諦めてさっさと帰ってくれないかな?あぁ、それとコレもこの際言おうかしら
「目標3とは言ったけど、多分 出さないわ」
「えっ…」
「西東京事業部が、客先に乗り込まれて怒られてるのは、知ってるわよね?これがもし、ウチの事業部で起きたらどう思う?」
つまんないチクリで西東京事業部を追い詰めやがって。この裏切り者!
「覚えておきなさい。所員、主任クラスを助けてくれるのは、上じゃないわ。仲間と下の人間よ。
西東京事業部の…牧瀬さんたちは、ウチが苦しいとき、何度も助けてくれた。それは、ウチが過去に同じ事をしてきたからよ。
だから、今回も 本当に困ったときに助けてくれるところから、助けに入るわ。」
あたしは、それだけ言うと ケータイを持って、席を離れた。
「夜食、買ってきます」
カナコが呆然とするのが視界で見えた。その隣で、所長が行ってらっしゃいと、手を振ってくれてる…まだ、カナコ彼氏に捕まってるらしい…所長も大変だよね、その風景に苦笑いが漏れた。
ねえねえ所長?
カナコ《すぱい》が目の前にいると、やりづらくない??コレで分かったかな?電話の目の前で監視されてる気分…イヤだろうな。
おそらくこのまま、カナコのことは所長が帰してくれると、踏んで…あたしは外に出た。
帰宅のサラリーマンたちの波を逆行しながら、コンビニまで目指す
「社内が信用できないってのは…やりづらいな」
歩きながら、ぼんやり思った。ホントはね、夜食買うほどおなか好いてなかったの。
外に出たのは、外じゃないと出来ない仕事があるから。
「お疲れ様です。横浜の権田です」
まず電話したのは、牧瀬さんがいる西東京事業所。
「お電話代わりました。牧瀬です」
あ、良かった!牧瀬さんでた!
「牧瀬さん、もう、柏木アシスタントマネージャーたち帰ったんだ?大丈夫だった?」
牧瀬さんが電話に出られるってことは、乗り込んできた客は帰ったと思っていいんだろうな…
牧瀬さあん、心配してたんだよ?
受注残が片付く目処がないと、本当の安心は無いんだろうけど、「心配してるよ」その声は掛けたかった。
「ありがとう。…元々もう、ウチでは出ない受注量だもの、謝るのは決まっていた事だから」
「そんな…決まってただなんて。」
「仕方ないじゃない、本社案件が入って来ちゃったら、ね」
まあそうなんだけど。…気になってた事があるんだよね…
「本社って… 西東京の繁忙期、知らなかったんですか?」
知ってたら、そんな大風呂敷な受注、受けなかったはず。
「知らないと思うわよ?」
…じゃあ、西東京の繁忙期は、誰も助けるつもりが無いまま踏み切ったってこと?
あたし、今回おかしいと思ったんだよね。あの牧瀬さんが、繁忙期前に 最初から手を打たないとは思えなかったの。少なくても、各事業部所長クラスには、協力の打診くらいは、出していたと思うのよね。
だから思ったの。
「もしかして、本社案件のせいで、応援の約束が全部…」
「ふふ」
断られたんだ。むしろ、もみ消された??
カナコ彼氏、最低だね。
「本社案件、そんなに結果出さなきゃ不味い案件でしたっけ?」
「ごめんなさいね、そこは分からないわ」
牧瀬さんの声が、意味深だった…即答しないとなると…
「確認なんですけど、今回って どっかの係長サマが『みんなを連れて突っ走っちゃった』感じですかね?」
どっかの係長サマってのは、カナコ彼氏ね。言うまでもないけど。
「そうそう。『みんなを連れて、夕日に向かって』、ね?」
そんなに本社案件成功させたかったの?
牧瀬さんたちとの約束、ブッチしてでも、成し遂げたかったの?
…どうなってんだ、この会社。なんで、前々から受けていた応援要請を、土壇場で断るわけ?受注の優先順位って、何でこんなにバラバラで許されるわけないじゃん。
おかしいよね、先に決まってた受注を放置して、他の案件に飛びついちゃう意味が分かんない。
「そりゃ…柏木アシスタントマネージャーが怒るのも無理ないか」
勿論、柏木アシスタントマネージャーは、ある程度、手は打ったんだと思う。でないと…武藤さんがあんなにのんびり「大林んとこは、なんとかなる」なんて、言わないはず。
ただ勿論、柏木アシスタントマネージャーは、会社間として納得行かない。
だから、抗議してきたってことよね?
でなきゃ… 牧瀬さん、こんなのんびり話してらんないわよね??
「牧瀬さん、ぶっちゃけ今、作業員と車両って、足りてるんですか?」
チクリ虫が居ないから聞いてみた。柏木アシスタントマネージャーとて、こんな短時間で収拾付けられないでしょ…
「まあ…うん…何とかなる、かしら?
武藤課長…いまは、元課長よね…武藤元課長のツテで、他の会社さんから車を回すことは出来たの。
後は作業員ね。何処で何時どんな契約だったら作業員の手配が付くか 相談でいらしてるわ。」
…それって…
「今だけで、契約書 3枚増えたわ。」
うへ。さすが大手商社サマのアシスタントマネージャー殿下 デカい決済権もってるんだなあ…
「人は、絶対出さないと…ですね、牧瀬さん」
牧瀬さんは、ナニも返事しなかったけど、そこに至るまでは それなりに…怒られたのが、伝わってきた。
「アテは、あるんですか?」
「武藤元課長が連絡下さったわ、そこも用意しても良いって。」
柏木アシスタントマネージャーがやってのけるなら、武藤さんもまた、すごいな…どんだけ万能なんだか
「じゃあ…最悪、カタは付いているってことですか?」
「そう、かも。…最終の確認は取ってないのだけれど、そうなりそうよ?ごめんなさいね、心配かけて。」
「武藤さん待たせるのも悪いから、さっさと受注残片付けて帰りますか?」
「そうね、そうしたいわね」
そっか、良かった。牧瀬さんたちは、取りあえず何とかなってるんだ。
「今まだ 柏木アシスタントマネージャーと大林さん、一緒にいるわよ?」
え?マジで?まずい!! さっきの会話も全部聞かれた??
「お客様いらっしゃるなら、わたし…悪いんで電話切ります!」
やばい、それなりにNGトークした気がするよ。どーしよー
「待って待って?」
牧瀬さんが笑いながら、電話口の向こうで他の人と話をしている。
「柏木アシスタントマネージャーから伝言よ?『タクと今度遊びに来て』って」
…!!
タクって!!株式会社アマノの加藤 匠さんのことだよね
なぜ、加藤さんを知ってる!?そりゃ知ってるだろうけど、あたしとの関係状況までなぜ知ってる!?
なんなんですか?! なんか、外野に外堀の埋められてませんか?!
「加藤さんって、大林さんの下で働いてたんだって。この件片づいたら、皆で 打ち上げしましょうって。」
あ、そうですか…アハハハハ
加藤さん。
この前、来客ブースで衝撃の告白してくれたゃった時「藍ちゃん、宜しくね」って、帰りがけに言ってくれたけど…
「ハイ」って、最後の最後まで返事できなかったシャイなあたしのために、先回りしてくれてるのかな。
あー
なんかそろそろ気恥ずかしくなってきた。中途半端なこの状態だし…
そろそろあたし、決着つけないとダメ、かな?
「了解デス」
少しだけオトナの皆さんにからかわれつつ、あたしは照れくさい気持ちのまま素直に返事をした。
「大丈夫よ、こっちは何とかするから。」
牧瀬さんがもう一度、微笑んだ。
「権ちゃん、色々気にかけてくれてありがとう。心強かったわ」
優しい、優しい声だった。
「柏木さんと大林さんからも、ありがとうって。」
ちょっと感動した。
ウチのカイシャ、こんなヒドいことしたのに、「ありがとう」って言ってくれる。打ち上げもしようって言ってくれる。
人は人で傷つくけど、人は人で癒される。
そういうことを、繰り返しながら、人は育っていくみたいだ。
牧瀬さんたちのこと、心配してたのに、逆に元気貰っちゃった。
…じゃあ、その元気は…他に還元しないと!!
お腹は、空いてなかったはずなのに、いつの間にか 空腹な気がしてきた。
さーてーコンビニでガッツリ夜食を買って、頑張りますかね!!
あたしはまた、事務所への道を歩き始めた。
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