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ブサイクの逆襲 作者:黒田容子

本編

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ブサイクな自分に、負けない。

 右手に箸、左手にご飯茶碗、なんとも意地汚いとは思うけど。あたしは、目の前の何かにしがみつくように聞いていた。

 あたしが自分で自分に負けている?嘘でしょう?…だって、仕事全部、思うように片付けてこれてるよ?結果、出してきたもん。

 そうは思いつつ、あたしには 一つだけ認めたくない弱みがあった。

「いつも無駄にフルパワー使って、何カリカリしてんだよ」
 あ。ヤバい。当たってしまうかも知れない。
「権ちゃんさあ… 見てて、余裕無いんだよね。」
 あちゃー、言われてしまった。 
「実力はあんのにさ?なんかいつもガツガツしてる」
 あー、すんまへん… 自覚はあるんですけどね
 さすが…現場社員たちだなあ。人を扱う専門職たちはよく見てる…
 あたしは、泡が少なくなってきたビールをぼんやり眺めながら思った。


 実はこの手のお話が、一番耳が痛い。
 それでもね… あたしには、あたしの事情があって、ガツガツしてた。

 それは。カナコwith愉快な仲間たち。

 連中が、どうにも許せなかった。だから、上の人間たちへ物申せるだけの数字うりあげを持とうと思ったのが始まりだった。

 でも、結果は悪い方に転がった。
「ちょっと稼げる奴なんだけど、なんかキャンキャン五月蝿いんだよね」そう扱われてしまった。

 …上の人たちにしてみれば、下々のゴタゴタなんて、どうでもいいことだったらしい。

 問題起こすな。仕事増やすな。
 民草風情は、黙って売上だけ計上していればいいんだ。

 所長ほどの人事権もないあたしには、上の反応は 冷たいもんだった。


 思い出から帰ってきて見れば、目の前の豚トロは、真っ黒に焦げている。誰ともなく豚トロは、七輪から追放されながら、話はふたたび始まった。

「要は、惜しいってことだ。
 最後まで周りを生かすことを知らない。」

 はあ~ 簡単に言うけど…あの連中のどこを生かすってのさ?
 基本が省エネ設計で、なーんも仕事しないでその日一日を過ごせればいいと思ってる連中よ?生かす以前に、殺さないでおく方が難しいわよ。

 そこはねー 無理だと思うのよね。
 信じても裏切られ続けてきたから、最早、大人になりきれない。

 そんな事を思っていると、ふと一人が「あんさあ、これ言ったら権ちゃん泣いちゃうかもしれないけど。」意表を突くように、食い込んできた。

「権ちゃんとは 下手に付合つるむうには、重た過ぎるんだよね。」

 泣いちゃうもなにも、その言葉は、しっかりと突き刺さった。

「いつも、気合い十分だとさ。その気迫だけで、お腹いっぱいになる。
 でも、実際、噛み砕いてみると、何人か集まるだけで、解決しそうな程度なんだよね。」

 何がいいたいのよ…

「まずは、権ちゃんから『どうせ助けてくれない』って思わないところから始めれば?」

 無理よ。
 どうせ人なんて、面倒事は避けて生きていきたいだろうし、実際、誰も頼んだことは逃げられたもの。
 だから結局あたしが今までやってきたんじゃないのよ。

 むしろ、今まで、ずっとそうだった。
 どうせ結局最後は、自分一人で何とか決着つけないとダメだと思って働いてきた。

 失敗したとき、一緒に謝ってくれない上司
 任せてきたら、それっきりの先輩
 頼んでも突き返してくる後輩

 断ることも、相談することも、失敗することも赦して貰えない。
 ずっとずっとそんな環境で仕事してきた。
 自分を守る術は、知識と経験だった。だって、この二つは、絶対 裏切らないから。

「『どうせ、誰も助けてくれない』『失敗したら、あたしどう思われちゃうんだろう?』
 そこが、もう自分に負けてるんだよね。
 権ちゃんが一人で出来ないことは、誰も出来ないよ。…それでいいじゃん。」

 いや、待ってよ。
 こんなあたしを、今更 誰か助けてくれるの?

 何も言葉が返せなくなったあたしの皿に、砂肝が放り込まれてきた。
「明日、休みだろ?コレも食えよ。」
 次は素揚げされたニンニク。
 すると ふと、違う方から「女の子にニンニクは可哀想だよ」と、ヤジが入ると、
 皿に ニンニクを入れた張本人はシレッと「じゃあ皆でニンニク臭くなって帰ればいいか!」と、強制的にニンニクを配給して回っていた。

 考えることが多すぎたあたしのアタマは、静かにフェードアウトをしていた。

「権ちゃんと付き合うには重たすぎる」その言葉の意味は、痛いほど実感してる。
 売上がないと、営業所が潰される。
 並以上の登録作業員を集めないと、物流センターが取引中止になる

 あたしが成し遂げてきた仕事は、気合いがないと難しいと思う。ツルむのは、確かに重いだろう、寂しいけど。


 油のコップから引っ張り出されたニンニクは、黄金色に光りながら、プチプチとまだ油を弾けさせている…あたしは、ただだた、それを ぼんやり 眺めるだけだった。

「ニンニク食べたら、直ぐに急須で入れた緑茶飲むと良いんだって」
 誰かが話してる
「おい、こんな飲食店で、『急須で入れた緑茶』頼めるかよ?」
 その場が笑って弾けた…あたし以外。
「なんかのCMで無かった? 『京都の料理人 ●人に飲み比べてみて貰いました』とかいう、ペットボトルのお茶の宣伝…誰かダッシュで買って来いよ」
 またその場が笑う…あたし、行こうか? なんか、一人になりたいし。

 財布を探し始めたときだった。
「ほら、誰かすぐに行けよ、女の子に気を使わせちゃ…ねえ?」
 あたしは、「権ちゃん、ごめん」「行ってくる!!」その場の男性社員たちから、すぐに制止された。

 そしてすぐ。
「バック…そっち入れてたんだ? ごめん、気が付かなくて。こっち 入れなよ?そこなら、匂い付かないし。」
 すかさず、ヤサシイ声が掛かった。 

 急にどうしたんだろう?
 あたし、もしかして 泣き出しそうな顔でしてたんかな。…どんだけよわっちい顔しちゃってるのかな。

 …それだけ…今、あたしは 気を使われてるのかな。いま、この瞬間だけでも、大事にされてると思っていいのかな…

 本当に、その瞬間だった。
 ぼろっ
 涙がでた。

 …あたし
 なんで頑張って来れたか、涙と一緒に分かった

 単純に、寂しかったんだ。凄く簡単に、シンプルに。ただただ、寂しかった。

 感謝されたいとか、誉められたいとか、そういうことのもっと…もっと原点。
「あたしは、ここにいる」って、分かって欲しかったんだ。

 カナコばっかり優遇されてズルい。…あたしだって、ここにいるのに!

 それがたまらなく寂しくて、悲しくて。本当の原点はそこだった。素直に女の子らしく訴えても良かったかもしれない。

 女子らしく生きれない。そんな自分に気持ちで負けてた。

 分かってしまえば、すっきりしてしまうもので。
「現場、楽しかったなあ」
 言葉が勝手に零れた。涙も、勝手に零れた。化粧崩れは、気にしつつ、おしぼりで目許を拭う。
 テーブルの皆といえば、シーンとしつつも、みてないふりを続けてくれている。

 誰かが言った。
「現場としては、痛手だよ。…事務処理以上に、色々やってくれたし」
 もう一人がつぶやく
「武藤さんも、寂しがってるから、たまには 顔出して。電話でもいいから」
 また、つぶやくような声が挙がる

 大事にされて、公平に評価して貰えて…あたし、幸せだったなあ

 横浜事業部で寂しさのあまり、スネくりかえって 根性拗れちゃったけど。
 今回、それが自覚できて良かった。

 明日から、だからどう いきなり変わる訳じゃないけど…対処は出来る。

 一番根性の悪いのは、あたしじゃないけど、
 一番性格ブサイクになっちまったのは、他でもないあたしだった。


 明日からは、堂々と落ち着こう。
 今回、現場の皆から 背中を押して貰えた。

「無理なときは、諦めてもいいんだよ」
 赦して貰った気がした。
「どんなときも、自己解決出来る能力があるんだよ」
 誉めて貰った気がした。
「いつだって、応援してるよ」
 認めて貰った気がした。

 心配しなくても、あたしは あたし自身で伸びていける。
 嘆かなくても、あたしの未来は あたし自身で明るくできる。

 ちょっとだけなら、そんな自分を 誇らしく思っても…良いかもしれない。


 あたしは、ようやく笑ってビールジョッキに口を付けた。
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