挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブサイクの逆襲 作者:黒田容子

本編

16/31

キックオフ ドランカー

「かんぱーい!」
なみなみと注がれたジョッキ生たちがぶつかり合い、鈍い音があちらこちらから上がった。

 今日は立ち上げ成功を祝う打ち上げ。通称『キックオフ』
 ここは、現場からほど近い人気の焼き肉屋。目の前のテーブルは、景気よく肉、肉、肉…が並び、周囲の席からは、モクモクと煙とともに、こってりとした匂いが立ち上っている。

 乾杯が済み、いよいよ第一弾の肉が焼きあがってきたころだった。

「権ちゃん、またケンカしたんだって?」
 …またって、何よ?

 爆弾発言を切り出したのは、この場の中堅どころベテラン現場社員。武藤の親父さんが、何だかんだで一番しごいてる人。

 あたしが「ケンカってまあ…」顔に出るよりも早く「ほれ、遠慮するな」と、小皿へ牛タンを放り込んできた。

…肉でも食べながら、事情聴取ってか…

 やり取りが始まるや否や周りの耳もまたダンボになっている。
 んー
 この様子だと…営業所でブチ切れた話は、早くも社内で回ったってことなんだろうな。

「後輩泣かした上に、営業所で『女教師ごっこ』して、で、最後に止めに入った…誰だっけ?前の所長だっけ?そんなんなんかの電話にも逆ギレしたんだっけ?」

 んーまあ、それなりに正解な情報伝達だわね。オフィシャル的には、そういう文言になってるか。

「権ちゃん、出たがるなあ」
 さっそく 隣の席の男性社員に冷やかされる。

 幸いかな。
 最近のウチの社内は、この場含めてだけど…カナコに甘いこと平行して「また権ちゃんがキャンキャンとキレたらしいよ」で片付けてくれるようになってるらしい。

 良くも悪くも、麻痺してきたんだと思う。良くも悪くも…ね。 


 ため息をついたあたしは、ほぼ悪態のよう呟いた。
「カナコ、勉強しないんだもん。」
 あたしは、これでもかっ!と、ネギを盛り、牛タンにレモン汁を掛ける。
「アイツがいるだけで、売上落ちる気がする。」
 まずは、鋭気を養うべく牛タンを「頂きま~す」と口へ放り込んだ。

 この仕事なんて、誰でも出来るわよ。出来るからこそ、勉強して人より努力しないと、客にも登録作業員にも見放されて、他の同業他社へ逃げられてしまう。

 なのに、カナコは 何もしない。
 それでも、守られてる。
 あらゆる男たちに。

 あたしは、そこが許せない。 

 客にも、登録作業員たちにも、あたし自身の同僚たちにすら、「庄内カナコちゃんなら、仕方ないよねー」マスコットのように甘やかされ、むしろ歓迎されるカナコ。 
 良いご身分よね、早く 顔に怪我でもしないかしら?
 過激な想像だって、ついついしたくなる。


 一人が話し始めた。
「俺は、事務所のことよく分かんねえけどさ…権ちゃんは、何をそんなに キレキャラ扱いされやすいんだ?」
 そんなん、答えは一つよ。
「さあ?」
 あたしは、凶暴になりたくて 日頃 出社してるんじゃない。
 いい仕事したいから、努力と勉強続けてるだけよ。

…覚えたことが身に付くたびに、周りとちょっと浮いちゃうのよ。なんでか知らんけど。なんでか…ね。

 相手は、一通りあたしが結論を出すのを待っていたけど、何も切り出さないあたしをみて、先に話し始めた。

「何で 気持ちで自分に負けてんだよ?」
 ビールジョッキを持ったまま、続けられた言葉。それは、ポソっと落とされた一言だったけど、あたしは 思わず牛タンを頬張ったまま見上げてしまった。

 だが、ぽかーんとしたのは、あたしだけだった。

 隣の席にいた男性社員が「そうそう。」同じく頷いた。
「そんなさー。物事は、なるよーにしかなんねーんだしさ。『何でも、だいたい大丈夫』って思えねー時点で、負けだよね。」

 そうなの?ねえ、そうなの?
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ