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お約束すぎる展開
どうやら、残念ながら。
やっぱりあたしは、横浜事業部へ送り返された。
あたし、偉いよね。
黙って現場ヘルプへ出て行って、帰ってきた時には、手土産付きだよ? お土産ってのは、武藤さんなんだけどね?最強作業員を獲得して、その引当売上金を営業所に還付しに帰ってきた。
事務職っつうより、一端の営業さんでしょ、もはや。
そんなあたしを、職場は尊重して頂きたかったんだが… 横浜はそんなに甘くなかった。
事業部に帰ってきて早々の事だった。昼ゴハンを作り終えて(相変わらず 電子レンジでランチ作ってるわ)席に戻ってくると、庄内カナコが電話で登録作業員に詰められてた。
「どうしたの?」
あたしは、たまたま隣にいた男性社員もとい 庄内カナコ ファンクラブNo.8号に聞いてみた。
「いや、分かんないっす」
あたしは、イライラして 間髪入れずに聞き返した。
「ナニ? 給料計算『また』間違えた?」
『また』は、余計か
「…そこは分かんないッス…」
ファンクラブNo.8号は押し黙った。そして、パスタのタッパーをもって戻ってきたあたしを、ファンクラブNo.5号と9号が、無言のプレッシャーを掛けてくる
あーはいはい。仲裁入ればいいんでしょ?
どうせあたしは、プリンセス庄内カナコちゃんのお付きの者ですよーっと
…この営業所、カップヌードルなんて安心して食べられたもんじゃないわね。
心の中で憎まれ口を叩きながら、庄内カナコに合図をし、電話を変わらせた。
「お電話変わりました。権田です」
内容を聞きながら、あたしは給与システムを立ち上げた。
…給料が合わないんだって。それも、1万円くらい。合わなすぎだろ、その額。庄内カナコ、なにやったんだ?
あたしは、電話の相手の賃金台帳を確認して…答えがすぐに分かった。
手元の資料で確認しても、やっぱりそうだった。
あんにゃろう、やりやがっな。
あたしの怒りはピークにきた。
電話を一旦切って折り返すことを話し、あたしは庄内カナコを呼び出した。
「結論から言うわ。
社会保険料が上がったの」
庄内カナコは、キョトンとしてる。
あーっ!!! その態度、アタマにくる。
あたしが怒るのには訳があった。入社二年目で「分かりません」は、許さないからね。
「社会保険料はね、毎年上がるようにできてるの。」
専門的なネタで申し訳ないんですが、これは労務事務やってるなら、完全な一般常識。
ウチのカイシャなら、労務事務屋向けの新人研修で習ってるはずなのよね。知らないは論外よ?
「何であたしが怒ってるか、分かる?」
あたしの「怒ってる」の一言に、ファンクラブが結束した気配を感じた…でも、気にしない。
「何で、再算定かけなかったのよ?」
専門用語続きでゴメンナサイねー 今、解説させるわ。
あたしは、事務所で大きく手を叩いた。
「はい、そこら辺中で聞き耳立ててる人、注目!!」
庄内カナコ ファンクラブの会員No.17番までが、ビクッとした。
「定時改定の意味、答えられる人!」
おいこら、あたしと目ぇ反らすな。
一瞬で、全員が一斉に明後日の方向を向く。
「だらしないわね、アンタ達。それでも派遣会社?」
ほんと、ウチの会社のオトコって弱っちい。
「はい!所長! ヒントは、標準報酬月額。」
あたしは強制的に所長を指名した。
「定時改定とは、社会保険料の見直しを示します。毎年、 4、5、6月の平均賃金を元に 同年9月の賃金から新たに控除が始まります。」
やればできるじゃん。つっかえつっかえだけど。
「1箇所違うけど、まあ そんな感じ。正確には、概念上、『賃金』じゃなくて『報酬』。
これは、所得税と違って、交通費の有る無しも関わってくるわ。通勤で使う定期を現物支給しても対象だから、気を付けて。」
あ、何人かメモ取ってる… あーはいはい、忘れちゃった人は後で来てね、資料渡すから。
一通り全員が落ちついて、あたしを見る…もう喋っていいかしら? さて。
「今回みたいに、9月就労分の賃金確定が終わると、『いつもより少ない』って問い合わせが入るの。新しく再計算した社会保険料がここで確定するからね」
あたしは、一息に続けた。ここからが本番。
「長期者の基本給と残業の推移を把握してないから、こうなるのよ。何で再算定を掛けなかったの?」
…もはや、怒っても無駄なんだけどさ~ この位やれないの?って思っちゃったりするんだよね。
「はい、随時改定の意味分かる人!」
一番遠いところにいたファンクラブNo.4号をギロッと見やると、分かりやすいくらいの棒読み大根役者な返事が返ってきた。
「固定的賃金に著しい変動があった場合、定時改定を待たずに、社会保険料の見直しをする制度。」
…まあ、アタリだわね、少し物足りないけど。
あたしは、合ってる、と小さく呟いて話し始めた。
「これも条件があるわ。まず見直し期間は、連続した3か月。
それぞれの月の平均が2等級上の変動があること。かつ 17日以上給料が発生する日がある場合 。」
そしてあたしは、賃金台帳を最後にもう一度みて、所長に渡し、庄内カナコを見て言った。
「いきなりこんだけ給料下がれば、再算定掛けられるわ。さっさと謝り電して、再算定の手続きしなさい。」
そして、所長をもう一度みた。
「ソレで解決ですよね?」
「あ、う、うん。それでいいと思う」
所長が相変わらず 空気のようなリーダーシップで同意して。結局、その場はオヒラキになった。
そして、会員が散らばったところで もう一度 庄内カナコを怒った。
「知らないは、許せないわ」
現場の作業員たちが働きで、飯が食えてるあたしたち派遣会社だもの、労務の法律が答えられないなんて、恥ずかしすぎる。
しかもこれは、新人研修で習ってる。
「去年、どんだけこの時期の同じトラブル見てきたのよ? どうして同じ二の鉄踏むわけ?
バカじゃない?」
おっと、庄内カナコがウッスラ涙を浮かべた。
泣くならさっさと泣きやがれ。でも、謝り電は、あんたがやりなさい。
「 ホント、あんたみたいな営業事務、マジで要らない。」
ここで泣けば、オトコ連中が助けにくると思ったら大間違いだからね、あたしは話を続けた。
「営業さん達が稼いでくれた案件と現場で働いてくれる登録作業員たちの御陰で、あたしらの給料出てんのよ?
あたし達がサポートしないで、誰が細かいことを支援すんのよ? 何考えて仕事に取り組んでんの?」
あー、腹立つ!
高く徴集してしまった社会保険料は、厚生年金、健康保険料、雇用保険料などなど 取り返しが効かない。
スタッフに損させちゃったじゃない。このバーカ。
「折り返し、あんたがやんなさい。あんたの管理漏れが原因なんだから。」
怒ったままのあたしは、その場を離れ、先ほど作ったパスタの元へ戻った
ちなみに、冷たく固まってしまったパスタのご機嫌を伺っていたとき、あたしの個人ケータイが鳴り響き、「あーあ」と苦笑いがこみ上げたのは、ここだけの話。
相手は、元上司ことカナコ彼氏殿。
「俺のカナコをいじめるな」と、お出ましなさったか、お約束な展開だな… 何の面白味もない。
あたしは、ため息を吐きながら、ケータイ電話を見つめていた
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