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ブサイクの逆襲 作者:黒田容子

本編

12/31

所詮は まな板の鯉だけど、跳ねるのは 自由なんですよ

 ちなみに。
 武藤さんが入ってくれたこのセンターにはあだ名が付いたらしい。
 その名も「風雲 武藤城」



 見た目、温厚そうな武藤さん。でも、蓋を開けてみれば、結構、ガチな熱血親父だったことが分かり(いや、あたしは前々からそんな情報掴んでいたけど)、現場社員たちは、ビシビシしごかれていた。
 御陰で、風雲 武藤城は、不人気も不人気。大外れ現場に名を連ね掛けてきた。

 あたし、嫌いじゃないんだよなぁ… 武藤さんの考え方。怖いし厳しいけど、人間的な愛がある。ああいう人に育ててもらえるって、一生の財産だと思うんだけどな。
 楽ばかりを覚えちまったウチの社員どもには 荷が重いのかな。


 面談の連絡が来たとき、あたしは、てっきり 「風雲 武藤城」の辞令が降りるんだとばっかり思っていた。なんせ、登城も厭われる風雲武藤城ですから
 ところが。面談で言われたのは。

「お前は横浜に戻すことにした」

えーっ!!!
その人事、全然オイシく無いんだけどーっ!!

「武藤ってのは、大手の物流部の課長やってた男なんだろ? それなりのコネと人脈を持ってるはずなんだよ。だったら、その武藤と仲良くなって、もっと売り上げ引っ張って来い。」

 それは…、もっと情報を引き出して、武藤さんの紹介で客先捕まえてこいって事?

「別に横浜じゃなくてもいいんじゃ…」
「バァカ。仲良くなって、情報引き出すだけなら、横浜勤務で十分だろ。
 たまに顔出して、『こんちぁあ~』って話せばいいだろ?」

「…」
 横浜へ戻ったら、また あの毎日でしょ?

 庄内カナコとその愉快なファンクラブ
 助けてくれない上司に、
 横やり入れてくる元上司。

 あたしは、自分でも どんどん暗くなっていくのが分かった。


 ちょっと思うことがあって、聞いてみた。
 まな板の鯉は、跳ねる暴れるは 自由なナンデスヨ

「武藤さん分の売上って、あたしが貰えるんですよね?」

 武藤さんに支払われる給料の出所は荷主さんだ。エゲツナイ話をするけど、その数字が売上として自分の成績になる。
「まぁ それぐらい くれてやるよ。お前の手柄だしな」

 よし、ひとまず最低限のモノは確保した。
誰に何の勝負をするんだって、自分に売上実績がないと、上の人間とも戦えない。売上は、鎧だ。そして、実力は、剣だ。

「ありがとうございます。分かりました」
 あーあ、あたしは、いつから 金の亡者になったんだろう。

あとは、腹いせに一暴れしますかね。そう思いながら返事をしたときだった。

 統括支店長がじーっとあたしをみる。
「武藤がよぉ。お前が最近『つまんねーこと考えてる』って言うんだよ。」
 おっと? なんだ?先手打たれた?
「あたしがですか?武藤さんの『つまんねぇこと』って、何ですかね? 自分だと見当も付かないんですけど」
「バカ、それを聞いているんじゃねぇか」
 遠回しだけど、まあ端的に切り込んできたなあ、統括支店長殿。スッとぼけても、意味ないだろうから、アタマ捻って当たり障り無く繊細に言いますかね…

「…なんですかねぇ。考えている事といえば」
 あたしは、相槌を打ちながら、言葉を選び始めた。


 せっかく、ウチの会社へ来て貰った武藤さん。あたしには、心残りがある。
 横浜に帰ったとしても、誰が現場で武藤さんを立てて支えるんだろう? 別に、伝え聞いた新構想組織表には、骨のある社員が集まってるとも思えない。

 さて、どう伝えるか。
「武藤さんが一番手が届かない部分をサポートできる社員って、どんな人でウチで言う誰なんだろうな、って考えてました」
 うん、いい感じ。
「利益を明確に報告できる、数字に強い管理者だろうな。冷静なやつほど丁度いい」

あれ、その答えじゃないんだけど。そうくるか。

 だって、残留メンバーはアレだよ?ミソッカスばっかりじゃん。
 あたしゃ不安になるのよ。
 いくら何でも、お行儀の良すぎるあのメンバーじゃ、吹けば飛びそうな熱意よ?

 絶対、ヤバいと思うんだけど。いや、ヤバいだろ。

「分かってねぇな。だから『つまんねーこと考えてる』って言われるんだよ」
「…」
 なぜそうなる?
 あたしがしている心配は、「つまんねーこと」なんだろうか。余計な世話なんだろうか? 武藤さんだって人間でしょ?あの布陣で、不安になったりするでしょ?
 いいの?会社として、それでいいの?

 統括支店長は、「面倒くせえな、お前も」と言いたげにソファへもたれた。
「お前は、誰が適任と考えていると思う?」

 あーもー、全体の方向性と構想の問題になるのかなあ。あたしみたいな末端が思う人事構成は、支店長クラスからみるバランス感覚とは違うのかなあ。

 そうは言ってもなあ。
 あたし、武藤さんとシゴトしたかったなあ。
 でも、いまの口ぶりだと、部長のお好みは 違うんだろうしなぁ

 あたしは、真剣な顔をしながら、もはや どうでも良くなっていた。
 気持ちを切り替えて…暴れるなら今だ。

この際、部長のお好み通りで かつ 「あたし的に一番面白くなりそうな展開」を言うしかない。

「…さん、ですかね」
 口をついて出たのは、庄内カナコの彼氏。

 丁度 所長経験者だし、「営業所を運営する」ための数字と時間の管理は上手い。なんだかんだで 仕事の分担や役割調整も上手かった…あたしだけが 貧乏くじを引かされたけど。

 しかも、あんにゃろう。
 ちゃっかり、自分は楽をし続けて、おいしいところは 掻っ攫っていくんだよね。
 ストレスにも 案外強い…というか、単純に しぶといだけだと思うけど。

 きっと、武藤さん、そういうタイプは 大っ嫌いだろうなー
 でも、親子ほどの年の差でしょ? 武藤さんなら手のひらで転がせそう。第一、武藤さんのバックには、しっかり荷主さん達が付いている。
…カナコ彼氏殿といえど、逆らえないよね。


 そんなわけで、あ奴は、遥か及ばない大人の男に 毎日監視されながら操作されるんだ。ざまあみろ
 横浜にいたとき 散々楽したんだから、武藤さんにシゴかれちまえばいいんだ。
 バーカ、バーカ

「いろんな事から考えてみても、一番向いていると思います。」
 あたしは、真剣に考えたふりをしながら答えた。

 ちなみに、あの倉庫…誰にも言ってなかったけど、いまのままだと 土日もあるかもしれないから。
 このままだと休日のデートも、これから出来ないな。ヒッヒッヒ。

「ふーん、そう思うんだ?」
 支店長は、まんざらでもない顔でうなずく。

 これぐらい、悪さしてもいいよね。
 まな板の鯉は、跳ねる暴れるは、自由なんですよ。

 ごめん、武藤さん。
 確かに使える元上司だけど、確かにムカつくから 巧く使ってね。

 あたしは心の中で合掌した。
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