11/31
お払い箱からのご生還
あたしの貴重なランチタイムがガッツリ邪魔されまして、機嫌がいいわけがないんですが、来客に当たるのは理不尽でしかないわけでして。
…オシゴト、しますかねえ。
あたしは、気持ちを切り替えながら 一礼して着席した。
飛び込みの登録面接の希望者は、ぱっと見 50代前半、かな?でも、手の皺とかをみると、もっと年上っぼいんだよね…何歳だろ?
名前は、朴 正一 おっと?外国人?
名前からみると 韓国人?いやいや、朝鮮人か?
「入国の区分を教えていただけますか?」
この仕事やってると、本当に色んな法律に詳しくなるんよね。
外国人の入国と就労を司るのは入管法。お国の制約ってのが有るのよ、いろいろ。
まずは お国が「この範囲なら働いて貰っていいよ」とお許しになる区分が分からないと、話が始められない。
まあ、ウチへの登録は、年齢も国籍も問わないんだけどな。
身分証を受け取った時には、お昼が食べられなかった恨みは、いつの間にか消えていた。
出された身分証明書は、「特別永住者証明書」
おっと? 最近制度が変わったっていう「特別永住者証明書」じゃん?
日常生活では、あまりお目に掛かれない身分証明書に若干テンションが上がる表情を必死に押さえ、面接希望者情報へ「特永」と書き込んだ。
へぇ、特永書って、こういう感じなんだ…原本初めて見たわ… さて、本題入りますか。
本気モードに入ったあたしは、結構 雰囲気が変わるかもしれない。
テキパキと エントリーシートを確認して、身分証明書を返し、そして、会社の説明など話を始めた。ざっとした仕事内容、給与支払いの話、そして いま 募集している職場情報。自分から話しながら、相手の細かい反応を窺い、次の話題と言葉尻をわずかに選んで変えていく。
僅かな会話だけど、さ。今後、もしかしたら 長い付き合いともなるじゃない?
あたしは、あたしなりに真剣だった。
目の前の朴さんは…
今は猫かぶってるだろうけど、本当はパンチ利いてると思う。多分、現場リーダーとか使う側の評価が二手に分かれるタイプかも。
なんかなー この人、付き合い方間違えたら 面倒くさいと思うの。きっと、筋とか約束とかを重んじる人。なんか筋が違った話したら、絶対 反発すると思う。
根が、ね。なんか 負けん気強そうなんよね。目の光とか、背筋とか体つきをみると、そんな雰囲気があるんだよね。
こんな感じで、長年のコーディネーター業の勘は、今や フル回転。
でも、あたしには、見た目の判断以外に、もう一つ過ぎる女の勘があった。
この人、多分 苦労人だ。
特別永住者は、簡単に言ってしまえば、在日韓国人か在日朝鮮人か、在日台湾人か、在日中国人か。そのどれかだ。名前だけ見たら、フツーの日本人のフツーの判断は、フツーに「ガイジン」扱いするだろう。
でも、特別永住者の中でも、在日2世か3世なら、日本で生まれて、日本で育った人が多い。中には、「祖国」へ行ったことがないという人も少なくない。だって、母国はあくまで「日本」だもん。
あたしの中には、勝手な想像が色々広がった。きっと、フツーの日本人では経験しない苦労を味わって生きてきた人だ。
一応聞いてみた。
「日本生まれの日本育ちな在日2世ですか?」
面接の相手は、ニヤッと笑う。
やっぱりそうか。
だとすると、日本語は問題ないだろうし、知る限り、在日の方の中には 本名と日本名の二つを持っている。頼んでみると、教えてくれることが多い。
「こちらで宜しいでしょうか?」
出されたフォークリフト免許証の名前はなんと
その名前は…
武藤 正一郎
あたしは、心臓が止まると思ったほど ドキッとした。
うそでしょう?
「武藤さんって。」
咄嗟過ぎて続きが出てこない。
「なんでえ?」
突然砕けた話し方…江戸っ子気質で、話せばすぐに分かるって、色んな人に教わった。
そうだ、きっと あの武藤さんだ。
今回の荷主の一番強力なOB。
武藤 正一郎さん
この人さえ、リクルート出来れば、現場は安泰と言われた、超S級。
確認の為に聞いてみた。
「あの、失礼ですが 前職は、」
武藤さんは笑った。
「匠、本当に言わなかったんだな…」
匠?
加藤さんの下の名前は、匠だ。
「匠って」
「おう、そこにいる 株式会社アマノの加藤匠でぇ」
振り向くと加藤さんは、ニッコニコしている。
「ちょ、ちょっと…!!」
何なのよ、この拍子抜けする展開っ!!
話の顛末はこうだった。
「最初に、前の職場の若い衆から連絡が来たんだ。そっから、パラパラと昔の仲間から連絡が立て続いてな?なんでえなんでえ?と思ったんだよ、俺も。
で、最後に、匠から話を聞いて、こちら様を知ったんでさあ。」
そうなんだ…あたしは、申し訳ないくらい 胸が震えていた
みんな、あたしの為に動いてくれてた。
牧瀬さんを始め、いろんな皆が 武藤さんに連絡付けてくれてたんだ。
そして、連絡は、届いてた。
そう、オファーは、届いていたんだ。
「加藤は、元々 俺のとこにいたんだ。バイトの身分から卒業してぇって、就職してな。ソフトウェアの会社に入ったんだ。元々俺たちとは、古い馴染みだ。」
ヤラレタ。そうだったなんて。
加藤さん、意地が悪いや。
道理で向こうの会社の内部事情に詳しいなあと思ったんだよね、元々向こうの人だったなんて、半分グルみたいなもんじゃない。
あー、ヤラレタ。
武藤さんは言ってくれた
「手前みたいな在日相手に、丁寧に説明してくれて、有り難かったぜ。」
武藤さんが 本当に…いい顔で笑うから、あたしも照れくさくて笑ってしまった。
なんか、好きだな。江戸のてやんでえ言葉でパンチ利いてるけど、あたしは良いなと思う。
あたしは、照れが引かないまま言った。
「このシゴトしてても、特別永住者の身分証って、あまり見掛けないんですよ…そこで 大体 見当が付きました。多分…日本で生まれ育った在日2世、かな?って」
武藤さんは、そうかい そうかい、と頷いた。
「若ぇのに、そこまでスパッと言えるってなあ、大したもんだ。」
武藤さんは、そのまま続ける。
「最近この身分証になったろ?法律、変わって。通称名…日本名っつた方がいいか? こいつが使えなくなっちまったんだ。
俺は今まで…俺のお袋が武藤でよ、それでいままで武藤で通してたんだけどな。」
武藤さんは、その先の言葉は笑って濁した…苦労したんだ。
つくづく思った。
真面目に仕事してて、よかった。
朴正一さんは、武藤正一郎さん。
気が付けるだけのヒントを掴む実力持っててよかった。
もし、あのまま気が付かないまま、適当にあしらって帰してたら?
…あっぶねー
心臓がまだドキドキ言ってる。
それみて、朴さん…いや、武藤さんは笑った。
「お払い箱からご帰還って噺だ。宜しく頼むぜ? 」
その笑顔に、あたしは久しぶりに ホッと笑えた気がした。
これで、このセンターは生き残れる。
あたしは、物流センターを救うコーディネートをしたかもしれない
長く先が分からぬままの道に、ようやく希望が見えた瞬間だった。
この後、実は、結構大騒ぎになって、あたし的には面白い展開だった。
すぐに、向こうの偉い人たち数人が飛んできて、
「うわ、マジで本物の武藤さんだ…」
「派遣会社、やるなぁ…どういう人脈とコネで連絡つけたのさ?」
まるで、私立探偵か警察をみるような目で見られた。まぁ、そうだよね。
ちなみに、加藤さんは シレっと知らん振りしてたけど。
うれしい誤算で大騒ぎになったのは、ウチの会社の上層部。突然、奇跡の大逆転劇が起きて、歓喜歓喜のウハウハ笑いが止まらない状態になっていた。
「その、武藤ってのがウチにいる限り、向こうとは縁が切れないんだろ?」
「新しいセンターを正式に立ち上げて、早く所長クラスを送り込め。」
一方、全く笑えない顔をしていたのは、我ら兵隊一般社員たち。
だってねぇ?
一般事務職で入社してるのに、明日から物流センター勤務になってみ?ただ何となく毎日過ごせば良かっただけのOLライフが、完璧に縁遠くなるのよ? 物流センターは、ほとんどが陸の孤島。アフターファイブなんて、確実に縁遠くなるし、土日出勤も増えるだろうし。
考えただけでも、イヤだろうな。
まぁ、営業活動、しなくて良くなるから、目の前の仕事だけ片付け続ければいいんだろうけど…
一般的なオフィスワークから戦線離脱させられるわけだし、見る人が見たら左遷人事かもね…
あたし、気にしないけど。
別に… 女子力アップ狙いの毎日とか職場とか…望んでないし。
あーもー。
あたし、物流センター勤務になっても良いなあ。むしろ、一般的なOL生活、もう疲れた。
どうせ、庄内カナコみたいな腰掛OLの面倒見させられるんでしょ?だったら、毎日現場で毎日収益直結の最前線にいたほうが、やりがいあるわ。
毎日、いろんな人と出会って、身体使って一緒にシゴトして、汗かきながら一緒に達成感味わうの。
山脈のように入荷してきた、大量のパレットたちが、細かく細分化されて仕分けされてさ、そこから呼ばれて届けられる行き先に届けられる細かい行程… 多くの手を隔てて、エンドユーザーの手元に届けられていく。
物流センターでは、人間の手を使うからこそ、間違いが起きたり奇跡も起こる。
そのドラマを目の前で展開されるのよ?毎日がリアルタイムなヒューマンドキュメンタリーだもの、飽きるわけが無い。
そんなあるときだった。
面談で辞令がでたのは。
「こんな湿っぽいトコでよく頑張ったな。もう、早く横浜事業部へ帰してやる。」
愛着と妄執でもって、センターの立ち上げを手配してきたのに、帰還命令は、無碍なものだった。
上層部にとって、最前線の現場は、湿っぽいのか。彼らにとって、現場は、物流センターは お払い箱なんだろうか。
そして、稼ぎ頭のあたしを、物流センターへ追い出しておいて、手柄上げたから惜しくなって引き上げるなんて…ご都合主義じゃない?
いうなれば、お払い箱からのご帰還
人にとっては、嬉しいのかも知れないけど… あたしは 全く喜べなかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。