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気持ちの悪い感覚
仕事中のあたし、基本ヒマじゃない…と思うんだけどな
なんで、一息ついてるときに 来客ってくるんだろ?
…あたしがヒマだと思われるじゃない…
あれから数日後、加藤さんがまた来た。今度は、一冊の単行本を持って。
「料理絡みのエッセイ本って、好きでよく読むんだ」
ぱらぱら… 加藤さんの手の中で、文庫本が軽くて、いい音をたてながらページが流れていく。
「面白いんだ、この本。
なんかこの組み合わせ、ウマそうだなーってのが、サラサラ続いててさ。
アタマ使わなくても、サクサク読める感じがいいんだよね」
ページをめくる加藤さんの手が、意外に堅くなってしまった職人さんみたいな肌なことに驚く
この人、SEさんだよね?…なんか、こっちの物流業界の人みたいな手じゃない、コレじゃ。
キーボード、いつも叩いてます。…じゃなくって。
重たいもの、いつも持ってます。…みたいな、この物流業界の現場にいる人の手。
「焼き納豆って、知ってる?」
加藤さんは、一方的に話し続けるけど、あたしは 硬くてしっかり厚そうなその手のひらに釘付けだった。
なけなしの義理が、加藤さんの会話に付き合う。
「サラダ油を引いたフライパンで、よく混ぜた納豆を蒸し焼きにするんだけど。
そのとき タマゴも半熟で蒸し焼くんだって。
味付けは、醤油と鰹節。醤油だけでもウマいけど、鰹節いれないと、マジで損するくらいウマいって。」
絶賛大注目中だった加藤さんの手が、鮮やかに動く。
「これ、ヤバそうじゃない?」
指先が写真を指す。その指先の爪は、小さくて四角くかった。キレイに切り揃えられて、艶のあるピンク色だった。
…手のひら、温かそうだな…血色いいから 体温も高そう。
「電車の忘れ物だったんだ。読み終えちゃったから」
あげる。
そう、手が言いたげに動いて、こちらへ向かってきた。
差し出されたのは、手のひらサイズの文庫本。ちょっとだけ汚れてるだけで、古本屋さんとかなら引き取ってくれそうなくらいの状態だった。
本が少しだけ暖かい。体温高いってことは、健康体なんだなあ。
冷え性目立ってきたあたしには、そうとう羨ましい。
加藤さんは、細かいことでクヨクヨ悩まなそうだから、総じてストレスにも強いんだろうな…気持ちを切り替えるのが早そうだし。
手のひらから離さないあたし。
いつからか、あたしは 加藤さんとの会話を楽しみにするようになっている。
なんか…やだな。
よく分からない男に、よく分からない期待をしてる自分がヤダ。
今じゃなくても、いつか バカをみるとかありそう。
それは、ヤダ。
そこからの会話も曖昧に、加藤さんは 入館受付を書いて、事務所から出て行った。
机の上には、例の本がずっとある。気持ち悪いくらい、視界から存在感を放ってる。
もう一度触ったら、あたしの心の中の何かが崩れ去って、何もかも ぐちゃぐちゃに化しちゃいそうな予感がする… 加藤さんのこと、考えるのも アブナいと思っちゃう。
そんな今のアタシに、「武藤さん」との取り持ちを頼む余裕は無くなってしまっていた…
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