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ブサイクの逆襲 作者:黒田容子

本編

8/31

それは、望んでない展開

 今日は、朝からあたしも現場にいた。目の前には、 新人10人。
「今日初めての皆様。どうぞ本日からよろしくお願い致します。
 私、権田と申します。これから30分、皆様が就労されるにあたっての入職者案内をさせて頂きます。
 どうぞ宜しくお願い致します。」


 今日はヤバいよー!いきなり発覚した緊急増量があって、こっちも増員で立ち向かう所存なんだけど、新人10人に対して、トレーニングが出来る社員と先輩作業員は、3人しかいない…!!
 出荷量も、デデンデン!デンデ!デン!と大量山積みオーダーなのにぃーっ!!

「「今日は、やばいだろう!?」」

 事務方サポートのみだったあたしも、ついに現場召集。
「新人を順番にトレーニングするから、それまで個別に時間稼いで!」現場からSOSが来た。

 そんなわけで、本日は、あたし開催の入職者講習。

 …意気込むあたしを、早速なんか新人二人笑ってやがるよ…もー、やりづらいなー

 笑われるにも、ワケがあった。笑う二人は、元々あたしが居た職場で登録をした作業員。面識があるどころか、あたしの配属以来の付き合いの二人組。

「権田さんが、ばっちり化粧してスーツでモノ喋ってるって、さあ? なんか、こっちが気恥ずかしくなっちゃうよねー」
 おい!
「見慣れない。やっぱ、見慣れない。女の子だったんだなあ。」
 おいおい!

 おっちゃん二人に茶化され、やりづらい事この上ないんだが、こう見えてこの二人は仕事が出来る。
「長期の連続勤務は無理だけど、手伝えるときは来るようにするよ」
「今日やってみて、感想をほかの仲間にも言うようにするからさ。まあ…いいのが誘えたら、宜しくってことで。」

 この二人は、あたしがいま、ここで働いている事を知って、わざわざ、単発勤務者枠へシフトインしてくれた。

 この二人。気に掛けて、会いに来てくれたという。笑って茶化す余裕なんか見せつけちゃってさあ。
 若干やりづらいけど、でもやっぱり、本音はなんか、泣けちゃう。有り難いなって思う。
 なんかあたし。久しぶりに、人で癒されたかも。


 人の手配で、一番デカいのは、口コミだ。
 登録作業員たちは、いろんな派遣会社を何ヶ所も登録しては、一番割のいい会社の仕事を比べて、仕事を決めている。
 仕事内容が自分と合わなければ、連絡そのものが付かなくなる。
 その逆もしかりで、超オイシイ仕事が有れば、呼ぶつもりのなかった人が噂を聞いて、ひょっこり連絡してくることもある。 
…登録保有数なんて、あってないようなよの。それが、この業界

 だから、登録作業員間の口コミは、結構侮れない結果を生むもんだと思っている。

 でも、こーいう事ふうに味わっちゃうと…この仕事してて良かったなって、しみじみ思っちゃうのよね。
 社内の人間関係でつまんない苦労する事もあるけど…こーいう事あると、苦労が吹っ飛ぶ。
 この仕事の醍醐味って、ここだと思う。

 説明は、粗はあるものの、なんとか滞りなく終わり、次の段階を迎えていた。
「では、ハンディを いよいよお渡ししますので、ここでお待ちくださいね」
 入荷情報を入れる情報端末の説明に移りたかったけど、余ってる機械がない。

 そっか…緊急増量でも、ハンディは簡単に増やさせてもらえないのかな。そういえば、借りれる申し出とかしてなかった気がする。…しょうがないー

 急遽、事務所の予備を取りに行こうと、振り返った時だった。
「権田さん!」
 加藤さんが向こうから歩いてきた。
「増員対応分のハンディ、品川センターから借りてきたよ。」
 手には、情報端末が5台。おっ!仕事速いっ!それ、借りたい!言葉よりはやく、手が加藤さんの腕へ伸びた。
「3分待って。設定しちゃうから」
 気が急ぐあたしを、穏やかに諭しながら、加藤さんは輪に加わった。

 加藤さんは、みんなの元に着くなり名乗る。
「株式会社テンマの加藤と申します。
 こちらでの端末機とシステム保守を担当しております。」
 誰が見ても、爽やかな営業マンの顔だった。いつも、あたしの前とかだと、若干チャラかったたりするのに、ね?
「こちらを、みなさんのお手元へお配りする前に、設定の最終確認をさせて下さい」

 加藤さんは、それだけいうと、近くのワゴンを徐に手元へ寄せて、ハンディを並べた。そして。
「3分だけお時間頂きます。」
 3分で、5台分の設定…終わるの?1台につき30秒~40秒ないと終わらないよ?
 でも、疑問は直ぐに解決した。すぐに目にも留まらぬ早業がはじまっていた。

 端末は、デカいテレビリモコンサイズ。それを手際よく、右手に1台、左手に1台と真ん中に1台置いていた。合計3台同時操作するの?

 パソコンのブランドタッチは知ってるけど、ハンディのブランドタッチは…初めてみた。右指と左指が、狭い端末の操作画面を器用に違う動きをしている…
 わずかな読込中ですら、他端末に操作可能なモノがあれば打ち込みをして処理を進めている。
 こんなに目まぐるしく操作しているのに、顔は涼やかで。いまもまた、目線は 新しく置いた端末の起動を待っている。
 そうこう見守っているうちに、右手のハンディの設定が終わったらしい。やっぱり、利き手の方が速いのか、既に右手は次の端末の操作が始まっていた。

「すごいね、お兄さん」
 登録作業員の一人がつぶやいた。
「いや、まあ。これ、ウチのシステムなんで。」
 加藤さんは、照れくさそうに笑った。でも、笑ったまま、指先は 相変わらず鮮やかに踊っている。

「これが終われば、お渡しが出来ます」
 加藤さんの左指が、いよいよ止まった。
「いま、読込中なんで…」
 申し訳無そうにいうけど、それにしても、見事な指捌きだったと思う。みてるだけでも、価値があった。

「終わりました。お待たせ致しました」
 加藤さんが顔を上げた。なんの申し合わせもしてないのに、ふと 互いの目が合った。

 …えっ、あの。

 互いがドキッとした、気がした。
「…せ、つめい…」「そう、だね…」
 言葉に紡げない不思議な緊迫が、そこにはあった。少しだけ初々しくて、脆くはかなげな空気が。

 最初に切り出したのは、加藤さんだった。
「僕で良ければやりますよ? 僕も、品川で立ち上げトレーニングは、受けているので。」
「あっでもそれは、」
作業員たちのトレーニング管理は、ウチの管轄だから、頼むわけにもいかない。
「そうですね、じゃあ 僕はここで」
 加藤さんが 二歩下がった

 加藤さんのあの…恥じらうような顔は何だったんだろう。ただ単に「終わったよ?」の顔じゃなかった。笑っていた。そして、どこか困っているような。あぁそうだ、妙に幼く…青々しく見えた。

 疑問は、解決しないものの、作業員たちが次の説明を待っている。続けなきゃ。加藤さんの視線を背中に浴びながら、あたしは、説明を引き継いだ。

 いや、視線を感じたのは気のせいかもしれない。自分の設定した端末が、正しく作動しているか…きっとそうだと思う。

 けど、変に意識し始めてしまったあたしは、何とも間抜けな説明ばかり。ようやく終わったかと思えば、何かを誤魔化すように、さっさと次の現場社員へ彼らを引き渡してしまっていた。

 勘弁してよ
 男なんかに、調子狂わされるなんて…望んでないのに…
 男にかまけて、仕事と自分の世界が崩れていくなんて、考えたくもみたくもない…

 世間の女の子たちが、泣いて喜びそうな展開が始まったというのに、あたしのテンションは、がた落ちだった。
 こんなあたしは、人間として幸せになれるんだろうか…

 そんな時だった。
「権田ぁ!」
 怒号のような現場社員の声が倉庫に響き渡った。
 その声に、身体がビクッとする。

 …あ、ボッとしてた。
 文字どおり 我に返ったときは、周囲は黙々とハンディでピッキングしていた…

 あたし、自分の世界入ってたなあ

 我に返ったときなは、いろんな電子音とともに、梱包材が擦れる音、カートが床を転がる音…煩雑に音が入り混じっていた。
 追い立てられるような仕事の声に、カチッとスイッチが入る。

 こうなってこそ、あたしだ。
 恋愛の妄想にウツツを抜かすなんて、あたしに似合うことじゃない。
 ガツガツ働いてこそ、あたしだったハズだ

 気持ちとともに振り返って返事をした

「はぁいっ!!」
よしっ、仕事するわよっー!



 このとき、この風景を見ていた人がいたことに、あたしは、残念ながら気が付かなかった。
「へえ?面白そうじゃねえか?」「でっしょ~?」
 この二人が、現場を生き残りに導いてくれるんだけど…事が大きく変わるのは、そこから少し後のこと。 
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